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悪魔が来る
しおりを挟む『ラブさん、消灯の時間になりました。動きが無いようですので室内の照明を消しておきます。必要でしたら手動で点灯して下さい。明日の朝は、七時に朝食となります。食堂にお越し下さい』
「何⁉」
ラブは、AIのハジメに語りかけられ、飛び起きた。
慌てて周囲を見回すが、薄暗い部屋には誰も居ない。
サクランボの実が、ベッドから転がり落ちた。
「今、誰か……しゃべってた! 誰? 暗い! 何⁉」
『消灯時間です。施錠しました。おやすみなさい』
再び室内に響くハジメの声に、ラブは頭を抱えて戦いた。
「悪魔が語りかけてきた……」
『何か問題が発生しましたか? そちらへ向かいましょうか?』
「いっ……いや! 来ないで!」
ラブは、手にした枕を投げた。そして恐怖に駆られて部屋から出ようと駆け出した。
飛びつくようにドアノブにしがみ付いたけれど、施錠されていて開かない。
「うそっ! なんで……どうして!」
すっかりパニックに陥っていた。ラブはボロボロと涙を流しながら、滅茶苦茶にドアノブを動かした。すぐ下にある鍵は目に入っていない。
『心拍数が異常値です。大人しく横になって下さい』
「いやああ!」
ラブの手が鍵を掴み、ドアが開いた。彼女は、廊下に転がりこんだ。
膝を打ち付けたけれど、痛みは感じ無かった。
とにかく、悪魔の手から逃げようと、三階から階段を駆け下り、ヘビの部屋を目指した。
「ヘビ! 助けて、怖いよ」
ドンドンとドアを叩くと、中からヘビが顔を出した。たった今、ハジメから、ラブの部屋で異常を感知したので確認を求められた。
「お前、どうかしたのか?」
「ヘビ!」
ラブがヘビの胸に抱きついた。思わずドアから手を離し、一歩後退する。すると、ドアはゆっくりと閉まった。
「悪魔、悪魔が来るの!」
ラブが泣きながらヘビを見上げ、訴えた。ヘビの眉が顰められていく。
「馬鹿な事を言うな。このコロニーには通常の生命体しか暮らしていない。なんだ、悪魔って」
ヘビは、センター分けされた長い前髪を掻き上げ溜め息をついた。
「だって、誰もいないのに声が聞こえてきたの! 永遠の眠りにつけとか、大人しくしろとか、今から迎えに行くって言ってたよ!」
『少し、違ったニュアンスに解釈されているようです』
ハジメがヘビに説明をした。
「ほら来た! 悪魔、もう来たよ! 食べられる? ラブ達食べられる⁉」
ラブは、右手でヘビにしがみ付きながら、左手を後ろへ振り回した。
「……」
ヘビは、呆れた顔でラブを見下ろしている。
「ねぇ、ヘビ……私が食べられてる間に、逃げて良いよぉ」
「……はぁ、悪魔なんていない。この声は、AI、人工知能、機械だ」
『そうです。私は人類の遺産、再びこの地に人々を繁栄させる為に活動するAIのハジメです』
「……」
ラブが理解していないことは、ヘビにも手に取るように分かった。彼女の綺麗な目が泳いでいた。
「俺達の指導者だ」
「あっ、神様?」
ラブは、表情が明るくなり、ヘビの胸から手を離した。
「いや、神とは違う。そもそも神とは、人類が存在していた際に」
「なーんだ、神様か」
ラブは、トコトコとヘビのベッドに歩み寄り、飛び乗った。
「おい、だから違うと説明している。いや、それより帰れ」
ヘビはドアへ向かって親指を向けた。
「……あのね、一人は寂しいし、怖いし、私、この部屋がいい。ヘビと一緒が良い」
「断る」
低いヘビの声が、更に低く唸った。長い脚で、ドカドカとラブに近づいて、目の前で犬を追い払うように手を振った。
「やだ、帰らない!」
ラブは、ヘビの布団にくるまった。ヘビは、ラブに触れないように布団を引いた。
「帰れ、迷惑だ」
「いーや、帰んない! あっ、そうだ……えっとね、私ね、ヘビの、ちょっとウネウネしてるヘビみたいな毛も好きだし、怒ってるみたいな目も素敵だと思うし、あと、背が大きくて大木みたいで安心するし、何だかんだ優しい所が良いと思う」
鳩の具体的に褒めろという台詞を思い出して、指折り数えて言葉にしてみた。
「……何なんだ、突然」
「あとね、あとは……渡してくる食べ物全部美味しくないけど、ヘビが食べさせてくれるときは、ちょっとだけ味がするよ。だから繁殖しよう」
「……」
ヘビが額に手を当てて天を仰いだ。溜め息が止まらない。
「ヘビ? どうしたの? 疲れてるの? 一緒に寝よ?」
ベッドに横になったラブが、隣のスペースを叩いた。
「もう良い。俺が出て行く」
「どうして⁉」
「いいか、ソコで寝ろ。ついてくるなよ。ついてきたら、二度とお前とは口を利かない」
「えー」
ラブは体を起こして、ヘビを追おうとしたけれど、キツく睨まれて横になり頷いた。ヘビが退室すると、施錠された。
ラブは不満げにベッドでゴロゴロと寝返りを打った。
「……ヘビの匂いがする」
くんくんと布団の匂いを嗅ぎながら、部屋を眺めた。
机には、武器や本が置かれている。枕元の本を一冊手に取った。
『愛されるリーダーになるには』と書かれている。
「私が、いっぱい愛あげるのに……難しいなぁ。明日頑張ろう」
ラブは、気持ち新たに、ヘビを思いながら目を閉じた。
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