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コロニーの人々
しおりを挟むラブは、居住区に戻ろうとして、迷子になった。
手当たり次第目に付いた部屋に入り込んだあげく、途方に暮れた。
「同じ様な景色ばっかりで、全然わかんない。どっちに行こうかな」
ラブの前には、二つの扉があった。扉はどちらも同じ形をしている。節電の為、自動で開閉する扉以外は、外開きの木のドアで出来ている。個室以外は、鍵は内側からしか掛からない。
ラブは、アゲハに習った。入ってはいけない場所は、自動ドアになっていて、権限がある人で無ければ入れない。開くドアは、入っても良い証拠だと。
「よし、こっちにしよう」
右のドアに手を掛けた。すると、鍵が掛かっていて開かない。
「あれ?」
じゃあ、左にしようかと、ラブが一歩下がったとき鍵が解除される音がした。ドアが中から開いて、男達が出てきた。皆、同じようなツナギを着ている。
「なんだ、お前」
最初に出てきたのは、土竜だった。
このコロニーの反体制派と称される、所謂はみ出し者のボスだ。
五十代後半になったが、まだまだガッシリとした鍛えられた体をしてる。頭髪には白い物が多く混じっているが、年寄りという印象は無い。しっかりした顎のホームベース顔だが、声は囁くよに穏やかだった。
しかし、視線を送られると、思わずゾッとするような、不穏な恐ろしさがある。
そして何よりラブの目を惹いたのは、耳だった。男には右の耳が無かった。
「……新入りか」
土竜は、ラブの前に立ち、値踏みするように見下ろした。ラブは、寒気がして体が震え、ぎゅっと自分自身を抱きしめた。
「おっ、親父、なんだよ、その女!」
彼の背後から現れた男達のなかで、一番背の低い男が前に出てきた。土竜の息子、驢馬だ。
驢馬は、離れ気味の目と、前を向いた呼吸のしやすそうな鼻の穴が特徴的だ。
「えっと……ラブです」
ラブは、後退しながら目を合わせないようにし、頭を下げた。
(凄く……嫌な感じがする)
「へー、悪くねぇじゃん。俺は、驢馬だ。こっちは、親父の土竜だ。覚えろよ」
「おい、これ以上遊んでる暇はない。行くぞ」
ラブに迫る驢馬に土竜が声を掛けた。驢馬は、不満そうな顔をしながらも、文句を言わず、土竜に付き従う男達の後ろへと駆け寄った。そして、ドアを潜る時に、ラブを振り返ってニヤニヤと笑って消えていった。
「……」
ラブは、男達が過ぎ去って、ほっとした。先ほど出会った犬のサルーキよりも、よっぽど怖いと感じた。
(運命じゃ無い男だからかな? ヘビは、ちっとも怖く無かったし。何が違うんだろう)
ラブが考え込んでいると、男達が現れた部屋の中から、ガタンと音が聞こえてきた。
「うぁ……ビックリした」
ラブは、恐る恐るドアに近づいて聞き耳を立てた。ガタゴトと微かな音が聞こえてくる。
(どうしよう……気になるけど、開けるの怖い)
ドアに手を当てて、うーんと考えた。そして、好奇心を抑えきれずに、コンコンとノックをした。ノックをしたが、ラブは返事を待たずにドアを開けた。
「……入るよ」
ラブが、そっとドアを開いた。そこは備品を保管する部屋だった。
コロニーの大切な資源などは、自動倉庫で厳重に管理されている。
長期保存に適した状態で保管されている為、人の立入は制限されている。ここに有るのは、あっても無くても構わない、そんなものだ。子供の玩具、直せない道具や機械もある。
部屋では、男が一人、散らかった部屋を片付けていた。男は、背が高く坊主で、カモメのような眉毛は、もうすぐで繋がりそうだ。ツナギの腕部分には血を拭った痕がある。
「あっ……すいません、すいません。何か必要な物が、ありますか……いてて」
男は、鳩と呼ばれている。鳩は、ヘビほどの身長があるが、少しふっくらした体つきだ。いつも困ったように腰を屈めて笑っている為に、威圧感や存在感が無い。
「あれ? 見たこと……ない、人ですよね?」
「ラブだよ。貴方、どこか痛いの?」
動く度に、お腹や腰を押さえる男に、ラブが心配して近づいて聞いた。
「あっ……ちょっと、転びました。鈍くさいんです俺……」
彼は、坊主の頭を掻きながら、乾いた笑いを浮かべた。彼のツナギの下には、暴行された痕が沢山ある。鳩は、このコロニーの男女から生まれた二世だ。両親は他界している。
気が弱く、注意力に欠け、何をやらせても失敗ばかりする為に、土竜に良いように利用されている。主に彼の仕事は、誰もやりたがらない汚く、キツい単純な肉体労働ばかりだ。さらには、土竜一味の憂さ晴らしに暴力を受けることもある。
「怪我してるなら、クイナがお医者さんしてるって言ってたよ。一緒に行こう」
ラブがドアの方を指さすと、鳩は、目を見張って大きく手を振った。
「とんでもない、クイナさんに面倒をかけるような事じゃありません!」
「そう? 貴方……えっと、誰?」
「鳩です」
鳩は、自分より、遥かに小さいラブに腰を屈めて答えた。
「鳩は、お部屋の方がどっちだか知ってる?」
「居住区ですか? ええ、知ってますよ」
「私、迷子なの。ヘビに捨てられたの。帰る道を教えて下さい」
「ヘビさんに捨てられた? ラブさんも何かやらかしたんですか?」
鳩は、失敗を繰り返す為に、ヘビとAIの判断で仕事を何度も変えられている。ヘビは鳩を怒る事は無いが、どんどん減らされていく仕事に無力感を感じていた。そして、その為に空いた時間で驢馬たちの雑用仕事を押しつけられていた。
「何だか全然分からないけど、繁殖しようって言ったら怒って居なくなっちゃったの」
ラブはこぶしを握って怒りを露わにした。
「はっ、繁殖ですか⁉」
「そう、鳩はしたことある」
「ま、まさか! 俺なんか女性陣で話をしてくれるのはクイナさんだけです」
クイナは、コロニーの人々の健康管理のために、定期的に一人一人話を聞いている。鳩は、その時間を密かに楽しみにしていた。
「鳩は、クイナと繁殖したいの?」
「滅相も無い! クイナさんにお似合いなのは、それこそヘビさんや、フクロウさん、アダムさんくらいです。俺なんて、とても……それに、ヘビさんも、クイナさんも繁殖に対して積極的じゃないですし」
「硬いってやつだね! ねぇ、男さんは、どうしたら繁殖したくなるの?」
「え⁉ えー、どうでしょうか、皆さん違うと思いますが……誰でも良いからしたい男もいますし、好きな人としたい男もいますし……誰ともしたくない人もいますし」
「何も参考にならないよ」
「はい、すいません。でもじゃあ、ラブさんは何故、ヘビさんと繁殖したいのですか? あぁ、もちろんヘビさんは、見た目もクールで格好いいですし、強くて賢くて、女性にとっては魅力的でしょうけど……」
鳩は大きな体を小さくして、もじもじと指先を弄っている。
「だって、ヘビはラブの男さんだから?」
「あー、そ、そうですか。でも……なんか、多分、そういう発言、ヘビさんは好きじゃ無いと思いますよ」
「そうなの⁉」
「多分ですけど……もっと、こう具体的な事を言われた方が嬉しいと思います。俺も……クイナさんに、坊主を褒められてから、ずっとコレです」
鳩は、照れて笑いながら頭を撫でた。クイナは、鳩が頭を怪我した際に、坊主って良いわね、と発言した。
「わかった、具体的ね」
「はい、頑張って下さい」
「鳩、凄く賢いね! ありがとう。また相談しても良い?」
「そ、そんな賢くなんてないですけど、俺なんかでお役に立てるなら、いつでも」
鳩は嬉しそうに笑った。
鳩に案内され、居住区に戻ると、ラブは、荷物を用意してくれていたアゲハに呼び止められた。鳩が大きな風呂敷包みを幾つも手にして、アゲハとラブの後ろをついて行く。
「ここが、あんたの部屋だって」
吹き抜けの三階まで上がってくると、開いているドアがあった。
中の作りは全て同じになっている。
トイレ、シャワールーム、簡易な洗面台、小さな冷蔵庫、クローゼット、ベッドが揃った、奥行きの広いワンルームだ。
「ラブさん、荷物、先に入れちゃいますね」
鳩が二人を追い越して、玄関先に荷物を置いた。
「どうもありがとう、鳩」
「いいえ、またお手伝いすることがあったら、呼んでください」
「おつかれ」
アゲハに追い払うように手を振られ、鳩はペコペコと頭を下げて去って行った。その背中を見送り、玄関先に立つと、アゲハがドアを閉めた。
「ねぇ、あんたヘビはどうしたのよ? なんでヘビが鳩に変わってんの。折角二人っきりにしてあげたのに」
「ごめんなさい」
ラブは、しょげて俯いた。
「まぁ、チャンスは幾らでもあるわ。でも、他の女にも狙われてるからノンビリもしてられないわね。あんたの、その可憐な美貌を生かして頑張りなさい。結局、男って見た目が許容範囲かどうかだから。似合いそうな服、詰め込んでおいたわ」
「ありがとうございます」
ラブは、深々と頭を下げた。
「じゃあ、またね」
アゲハが部屋から出て、一人きりになった。
此処が私の住む、家か。ラブは口をポカンと開きながら室内を見回した。
なんだか、思ってたのと違う。
家って太陽の光が差し込んで、雨とか風とかを防いでくれるけど、夜は暗くて寒いから、男さんとくっ付いて眠る場所なんじゃないの?
コロニーの自室には、窓は無い。
そもそもが、コロニーは地下に埋まっている。その上には山もあり、日の光も雨も風も、少しも影響しない。
コロニーの維持に電力を割くために、消灯時間が過ぎると必要の無い電気は全て消される。しかし、室内はその限りでは無かった。
「うーん」
ベッドに歩み寄り、座ったり、立ったり、歩き回ったりした。
ラブは、落ち着かなかった。誰かの隣に座りたい。美味しいモノが食べたい。
私には、何かが足りない。
ジッとしていられず、アゲハにもらった風呂敷を解いた。
ワンピースや、ブーツ、髪飾り、下着が入っていた。それを、部屋の中に綺麗に並べていった。彼女には、まだクローゼットの使い方が分からない。
ぐー、とお腹がなって、ペケットに詰め込んだサクランボを取り出して、口に入れた。
「……そんなに美味しくない」
さっき、ヘビに貰った時の方が美味しかった気がした。
ラブは、顔を顰めながら、なんとか咀嚼して、種をどうしたら良いか悩み、飲み込んだ。そして、もう一つのサクランボを握りながらベッドに横になり、いつしか眠りに落ちた
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