神様のひとさじ

いんげん

文字の大きさ
上 下
7 / 73

コロニーの人々

しおりを挟む



ラブは、居住区に戻ろうとして、迷子になった。

手当たり次第目に付いた部屋に入り込んだあげく、途方に暮れた。

「同じ様な景色ばっかりで、全然わかんない。どっちに行こうかな」

 ラブの前には、二つの扉があった。扉はどちらも同じ形をしている。節電の為、自動で開閉する扉以外は、外開きの木のドアで出来ている。個室以外は、鍵は内側からしか掛からない。

 ラブは、アゲハに習った。入ってはいけない場所は、自動ドアになっていて、権限がある人で無ければ入れない。開くドアは、入っても良い証拠だと。

「よし、こっちにしよう」
 右のドアに手を掛けた。すると、鍵が掛かっていて開かない。

「あれ?」
 じゃあ、左にしようかと、ラブが一歩下がったとき鍵が解除される音がした。ドアが中から開いて、男達が出てきた。皆、同じようなツナギを着ている。

「なんだ、お前」

 最初に出てきたのは、土竜もぐらだった。
 このコロニーの反体制派と称される、所謂はみ出し者のボスだ。
 五十代後半になったが、まだまだガッシリとした鍛えられた体をしてる。頭髪には白い物が多く混じっているが、年寄りという印象は無い。しっかりした顎のホームベース顔だが、声は囁くよに穏やかだった。

 しかし、視線を送られると、思わずゾッとするような、不穏な恐ろしさがある。

 そして何よりラブの目を惹いたのは、耳だった。男には右の耳が無かった。

「……新入りか」
 土竜は、ラブの前に立ち、値踏みするように見下ろした。ラブは、寒気がして体が震え、ぎゅっと自分自身を抱きしめた。

「おっ、親父、なんだよ、その女!」
 彼の背後から現れた男達のなかで、一番背の低い男が前に出てきた。土竜の息子、驢馬ろばだ。
 驢馬は、離れ気味の目と、前を向いた呼吸のしやすそうな鼻の穴が特徴的だ。

「えっと……ラブです」
 ラブは、後退しながら目を合わせないようにし、頭を下げた。

(凄く……嫌な感じがする)

「へー、悪くねぇじゃん。俺は、驢馬だ。こっちは、親父の土竜だ。覚えろよ」
「おい、これ以上遊んでる暇はない。行くぞ」
 ラブに迫る驢馬に土竜が声を掛けた。驢馬は、不満そうな顔をしながらも、文句を言わず、土竜に付き従う男達の後ろへと駆け寄った。そして、ドアを潜る時に、ラブを振り返ってニヤニヤと笑って消えていった。

「……」
 ラブは、男達が過ぎ去って、ほっとした。先ほど出会った犬のサルーキよりも、よっぽど怖いと感じた。

(運命じゃ無い男だからかな? ヘビは、ちっとも怖く無かったし。何が違うんだろう)

 ラブが考え込んでいると、男達が現れた部屋の中から、ガタンと音が聞こえてきた。

「うぁ……ビックリした」
 ラブは、恐る恐るドアに近づいて聞き耳を立てた。ガタゴトと微かな音が聞こえてくる。

(どうしよう……気になるけど、開けるの怖い)

 ドアに手を当てて、うーんと考えた。そして、好奇心を抑えきれずに、コンコンとノックをした。ノックをしたが、ラブは返事を待たずにドアを開けた。

「……入るよ」
 
 ラブが、そっとドアを開いた。そこは備品を保管する部屋だった。
 コロニーの大切な資源などは、自動倉庫で厳重に管理されている。
 長期保存に適した状態で保管されている為、人の立入は制限されている。ここに有るのは、あっても無くても構わない、そんなものだ。子供の玩具、直せない道具や機械もある。

 部屋では、男が一人、散らかった部屋を片付けていた。男は、背が高く坊主で、カモメのような眉毛は、もうすぐで繋がりそうだ。ツナギの腕部分には血を拭った痕がある。

「あっ……すいません、すいません。何か必要な物が、ありますか……いてて」
 男は、鳩と呼ばれている。鳩は、ヘビほどの身長があるが、少しふっくらした体つきだ。いつも困ったように腰を屈めて笑っている為に、威圧感や存在感が無い。

「あれ? 見たこと……ない、人ですよね?」
「ラブだよ。貴方、どこか痛いの?」
 動く度に、お腹や腰を押さえる男に、ラブが心配して近づいて聞いた。

「あっ……ちょっと、転びました。鈍くさいんです俺……」

 彼は、坊主の頭を掻きながら、乾いた笑いを浮かべた。彼のツナギの下には、暴行された痕が沢山ある。鳩は、このコロニーの男女から生まれた二世だ。両親は他界している。

 気が弱く、注意力に欠け、何をやらせても失敗ばかりする為に、土竜に良いように利用されている。主に彼の仕事は、誰もやりたがらない汚く、キツい単純な肉体労働ばかりだ。さらには、土竜一味の憂さ晴らしに暴力を受けることもある。

「怪我してるなら、クイナがお医者さんしてるって言ってたよ。一緒に行こう」
 ラブがドアの方を指さすと、鳩は、目を見張って大きく手を振った。

「とんでもない、クイナさんに面倒をかけるような事じゃありません!」
「そう? 貴方……えっと、誰?」
はとです」
 鳩は、自分より、遥かに小さいラブに腰を屈めて答えた。

「鳩は、お部屋の方がどっちだか知ってる?」
「居住区ですか? ええ、知ってますよ」
「私、迷子なの。ヘビに捨てられたの。帰る道を教えて下さい」
「ヘビさんに捨てられた? ラブさんも何かやらかしたんですか?」

 鳩は、失敗を繰り返す為に、ヘビとAIの判断で仕事を何度も変えられている。ヘビは鳩を怒る事は無いが、どんどん減らされていく仕事に無力感を感じていた。そして、その為に空いた時間で驢馬たちの雑用仕事を押しつけられていた。

「何だか全然分からないけど、繁殖しようって言ったら怒って居なくなっちゃったの」
 ラブはこぶしを握って怒りを露わにした。

「はっ、繁殖ですか⁉」
「そう、鳩はしたことある」
「ま、まさか! 俺なんか女性陣で話をしてくれるのはクイナさんだけです」
 クイナは、コロニーの人々の健康管理のために、定期的に一人一人話を聞いている。鳩は、その時間を密かに楽しみにしていた。

「鳩は、クイナと繁殖したいの?」
「滅相も無い! クイナさんにお似合いなのは、それこそヘビさんや、フクロウさん、アダムさんくらいです。俺なんて、とても……それに、ヘビさんも、クイナさんも繁殖に対して積極的じゃないですし」
「硬いってやつだね! ねぇ、男さんは、どうしたら繁殖したくなるの?」

「え⁉ えー、どうでしょうか、皆さん違うと思いますが……誰でも良いからしたい男もいますし、好きな人としたい男もいますし……誰ともしたくない人もいますし」
「何も参考にならないよ」
「はい、すいません。でもじゃあ、ラブさんは何故、ヘビさんと繁殖したいのですか? あぁ、もちろんヘビさんは、見た目もクールで格好いいですし、強くて賢くて、女性にとっては魅力的でしょうけど……」
 鳩は大きな体を小さくして、もじもじと指先を弄っている。

「だって、ヘビはラブの男さんだから?」
「あー、そ、そうですか。でも……なんか、多分、そういう発言、ヘビさんは好きじゃ無いと思いますよ」
「そうなの⁉」

「多分ですけど……もっと、こう具体的な事を言われた方が嬉しいと思います。俺も……クイナさんに、坊主を褒められてから、ずっとコレです」
 鳩は、照れて笑いながら頭を撫でた。クイナは、鳩が頭を怪我した際に、坊主って良いわね、と発言した。

「わかった、具体的ね」
「はい、頑張って下さい」
「鳩、凄く賢いね! ありがとう。また相談しても良い?」
「そ、そんな賢くなんてないですけど、俺なんかでお役に立てるなら、いつでも」
 鳩は嬉しそうに笑った。

 鳩に案内され、居住区に戻ると、ラブは、荷物を用意してくれていたアゲハに呼び止められた。鳩が大きな風呂敷包みを幾つも手にして、アゲハとラブの後ろをついて行く。

「ここが、あんたの部屋だって」
 吹き抜けの三階まで上がってくると、開いているドアがあった。
 中の作りは全て同じになっている。
 トイレ、シャワールーム、簡易な洗面台、小さな冷蔵庫、クローゼット、ベッドが揃った、奥行きの広いワンルームだ。

「ラブさん、荷物、先に入れちゃいますね」
 鳩が二人を追い越して、玄関先に荷物を置いた。

「どうもありがとう、鳩」
「いいえ、またお手伝いすることがあったら、呼んでください」
「おつかれ」
 アゲハに追い払うように手を振られ、鳩はペコペコと頭を下げて去って行った。その背中を見送り、玄関先に立つと、アゲハがドアを閉めた。

「ねぇ、あんたヘビはどうしたのよ? なんでヘビが鳩に変わってんの。折角二人っきりにしてあげたのに」
「ごめんなさい」
 ラブは、しょげて俯いた。

「まぁ、チャンスは幾らでもあるわ。でも、他の女にも狙われてるからノンビリもしてられないわね。あんたの、その可憐な美貌を生かして頑張りなさい。結局、男って見た目が許容範囲かどうかだから。似合いそうな服、詰め込んでおいたわ」
「ありがとうございます」
 ラブは、深々と頭を下げた。
「じゃあ、またね」
 アゲハが部屋から出て、一人きりになった。


 此処が私の住む、家か。ラブは口をポカンと開きながら室内を見回した。

 なんだか、思ってたのと違う。
 家って太陽の光が差し込んで、雨とか風とかを防いでくれるけど、夜は暗くて寒いから、男さんとくっ付いて眠る場所なんじゃないの?

 コロニーの自室には、窓は無い。
 そもそもが、コロニーは地下に埋まっている。その上には山もあり、日の光も雨も風も、少しも影響しない。
 コロニーの維持に電力を割くために、消灯時間が過ぎると必要の無い電気は全て消される。しかし、室内はその限りでは無かった。

「うーん」
 ベッドに歩み寄り、座ったり、立ったり、歩き回ったりした。

 ラブは、落ち着かなかった。誰かの隣に座りたい。美味しいモノが食べたい。
 
 私には、何かが足りない。
 ジッとしていられず、アゲハにもらった風呂敷を解いた。

 ワンピースや、ブーツ、髪飾り、下着が入っていた。それを、部屋の中に綺麗に並べていった。彼女には、まだクローゼットの使い方が分からない。

 ぐー、とお腹がなって、ペケットに詰め込んだサクランボを取り出して、口に入れた。

「……そんなに美味しくない」

 さっき、ヘビに貰った時の方が美味しかった気がした。

 ラブは、顔を顰めながら、なんとか咀嚼して、種をどうしたら良いか悩み、飲み込んだ。そして、もう一つのサクランボを握りながらベッドに横になり、いつしか眠りに落ちた


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

宮廷の九訳士と後宮の生華

狭間夕
キャラ文芸
宮廷の通訳士である英明(インミン)は、文字を扱う仕事をしていることから「暗号の解読」を頼まれることもある。ある日、後宮入りした若い妃に充てられてた手紙が謎の文字で書かれていたことから、これは恋文ではないかと噂になった。真相は単純で、兄が妹に充てただけの悪意のない内容だったが、これをきっかけに静月(ジンユェ)という若い妃のことを知る。通訳士と、後宮の妃。立場は違えど、後宮に生きる華として、二人は陰謀の渦に巻き込まれることになって――

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

薔薇と少年

白亜凛
キャラ文芸
 路地裏のレストランバー『執事のシャルール』に、非日常の夜が訪れた。  夕べ、店の近くで男が刺されたという。  警察官が示すふたつのキーワードは、薔薇と少年。  常連客のなかにはその条件にマッチする少年も、夕べ薔薇を手にしていた女性もいる。  ふたりの常連客は事件と関係があるのだろうか。  アルバイトのアキラとバーのマスターの亮一のふたりは、心を揺らしながら店を開ける。  事件の全容が見えた時、日付が変わり、別の秘密が顔を出した。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる

佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます 「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」 なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。 彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。 私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。 それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。 そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。 ただ。 婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。 切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。 彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。 「どうか、私と結婚してください」 「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」 私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。 彼のことはよく知っている。 彼もまた、私のことをよく知っている。 でも彼は『それ』が私だとは知らない。 まったくの別人に見えているはずなのだから。 なのに、何故私にプロポーズを? しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。 どういうこと? ============ 番外編は思いついたら追加していく予定です。 <レジーナ公式サイト番外編> 「番外編 相変わらずな日常」 レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。 いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。   ※転載・複写はお断りいたします。

処理中です...