神様のひとさじ

いんげん

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お腹空いた

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「あのね、ヘビ。私、凄くお腹空いたよ」
「は?」
 まるでヘビに責任があるような言い方に虚を突かれた。しかし彼は、それは大変な事だと感じたのか、何を考えているんだと、頭を振った。

「携帯食なら所持している」
 ボディーアーマーに備えていたブロック形の携帯食を取り出し、ラブに差し出した。

「これ、砂の塊?」
「食事だ。栄養もカロリーも程よく配合されている」
 ほら、とヘビがラブの顔に近づけると、彼女は少し躊躇いながら口を開いた。

「……」
 手渡すつもりで差し出した食事を、直接囓られ、ヘビの胸が騒いだ。指にかかる彼女の吐息がくすぐったくて、つい、携帯食を粉砕した。

「あー、不味いの壊れちゃったよ」
 零れおちたソレをラブが眺めている。石畳の上の砂と一体化し、回収は難しそうだ。

「……人に貰った食事に文句をつけるな。旨くも無いが、不味くない」
 指に少し残った粉を自分の口に押し込み、ヘビが言った。
「だって美味しくない。お口の中がジャリジャリするよ」

 ラブは、あーんと口を開けて見せた。ヘビは目を逸らしたが、手が無意識に水筒を探し当てた。腰から取り外した水筒の蓋を開け、先ほど自分が口をつけた事を想いだした。

「お水、あーん」
「なっ……じ、自分で飲め」
 ヘビに水筒を押しつけられたラブは、中を覗き込み、上下に振った。

「おい、何をする!」
 水しぶきがラブの前髪と、ヘビの腕を濡らした。ヘビの非難も耳に入っていないのか、ラブは楽しそうに水筒を口に近づけた。
 ばしゃ、と勢いよく飛び出した水が、ラブの頬と喉を潤した。

「美味しいね。嬉しいね」
 水筒を握りしめるラブは、満面の笑顔でヘビを見上げた。彼女の細い顎から、ポタポタと水が滴る。
「……何なんだ……お前」
 ヘビは、ラブの喜ぶ顔を見て、胸に広がる温かい何かに驚いた。
「ラブでしょ。名前、オマエにするの?」
「……しない」
 ラブは、黒い瞳を輝かせながら、頭を揺らしヘビの顔を覗き込む。ヘビの吊り上がった鋭い眼差しが、最大限に横に逸れている。

「じゃあ、ラブって呼んでよ」
「呼ばない」
「どうして?」
「俺は、お前と気安く名前を呼び合う仲じゃ無い」
 ヘビの大きめの口は、引き結ばれ辛うじて開いた隙間から、ボソボソと言葉が漏れている。

「ヘビ、ヘビ、へービ、ヘビー。もういい? 仲良し?」
 ラブが彼の大きな手を取って握手をしたが、振り払われた。

「良くない。頼まれたから命名したが、呼ぶ予定は無い。そもそも、お前は何処から来たんだ。なぜ此処に……どうして、そんな無防備な格好で居る」
「何処から? 此処から来たよ。無防備ってなに?」
 まさか、此処には隠された空間かコロニーがあるのかと、ヘビは周囲を見渡したが、以前此処を調べた時と変化は無さそうだ。

「お前は記憶喪失なのか? 何かの事件に巻き込まれて、此処に捨てられたのか?」
「記憶喪失ってなに? 私、捨て子? 迷子? ヘビも置いて行く?」
 ラブは、今此処からヘビが居なくなったら、とっても寂しいと感じた。なぜ此処に自分が居るのかはわからない。ただ、此処に居る事は、とても自然な事だと感じていた。

(たった一人の男……ヘビじゃないのかな?)
 ラブは、俯いた。

「……一緒に来るか?」
 人が増えれば、人類の繁栄に有利だ。そのために、ラブを連れて帰ることは、合理的だ。ヘビは、ラブをコロニーに連れて帰る、尤もたる理由を幾つも頭の中で考えた。

「うん! 行く。やったー!」
 ラブは喜び、裸足で跳びはねた。そして痛い痛いと、つま先立ちをしてヘビの肩に手を乗せた。
「……まさか」
 自分が背負って行くしかないのか、その事実にヘビが気がついた。フィジカル的に問題は無い。数十キロの装備を背負って資材を集めに行くこともある。外の生物との戦闘の為にも訓練を欠かさない。ただ半ば裸のラブと密着することに戸惑いがある。妙に背中を意識してしまった。
「ん」
 ラブが至極当然のようにヘビに向かって腕を広げた。
 ヘビが頭を抱えて地面に膝をついた。



「ヘビ、大っきいね。大蛇だね」
 結局、ヘビは全ての装備を胸側に移し、ラブを背負ってコロニーまでの数キロの道のりを歩き出した。
 ラブは見た目通り軽く苦労は無かったが、足をブラブラさせたり、突然身を起こしたりと、行動が予測不能で、彼はハラハラしていた。

「嬉しいな、楽しいね!」
「黙っていろ。コロニーの外には、恐ろしい生命体が生息している。警戒しないと危険だ」
 ラブは、素直に口を噤んで大人しくすることにした。ヘビに謝ろうと彼の耳に顔を寄せた。

「ごめんね、私も見張ってるね」
「……耳元でしゃべるな」
「かゆい?」
 ラブは、彼の耳を隠す髪を掻き上げて耳にかけた。ヘビの長めのショートの黒髪は手触りが良く、楽しくなって、うねる毛先を指にクルクル巻き付けて遊び始めた。

「おい、もう何もするな……頼むから寝ていろ」
「捨てていかない?」
「ああ、そんな無責任な事はしない」
「へへ、そっか……お家、ついたら、美味しいものある?」
 ラブがあくびをしながら彼の頭に顔を乗せた。

「美味しいものとは、どんなものだ」
「うーんとね、赤くて……丸いの……」
「赤くて、丸い……トマトか、さくらんぼか? お前の居たコロニーと同じ食物のDNAが残されていたかは不明だ」

 ヘビのコロニーでは、数々の野菜や果実が栽培されている。
 アダムという男が、ヘビのコロニーに現れるまで、人類は自分たちだけなのでは無いかと思っていたが、一縷の希望を持った。AIが目指す人類の再興も夢では無いと。

 今日、ラブに出会い、更に期待値が上がった。上手くいけば、まだ見ぬ植物のDNAや素材が手に入る。

 人間の繁殖パターンや機会も増えるだろう。コロニーのことを思えば、この少し変わったラブの面倒も率先して行うべきだ。そう自らの使命と考え、彼はラブを背負い直した。

「ヘビ、あのね……お腹すいて……眠れ……ないの」
 その言葉を最後に、ラブの寝息が聞こえてきた。

「おい、寝たのか? 子供か……」

 ラブの外見は、十代後半か、二十歳くらいに見える。なのに、言動は幼子のようでヘビの調子は狂わされっぱなしだ。ヘビは一度立ち止まり、溜め息をついて、ラブを背負い直した。起こさないように、そっと。


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