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第五十三話 搬送先で

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 病院に着いた寧々の容態は思わしく無かった。
 寧々の入った処置室で、医師とスタッフが慌ただしくなり、詠臣は血の気が引いた。
 共に寧々を病院まで運んだ、同期の岡前が、隣に座る詠臣の肩を抱いた。
「……大丈夫、きっと大丈夫だ」
「……何でもする……誰でも良い……助けてほしい……」
 詠臣は、悲痛な面持ちで組んだ手の上に額を乗せた。どんな時も冷静沈着な詠臣の手が震えているのを見て、岡前の心も締め付けられた。
 岡前は、二人が出会った頃から知っている。どれほど詠臣が寧々に惚れて大切にしているか、どれほど愛情を注いできたか……知っているからこそ、辛かった。
 寧々が現れて、初めてこの同期に人間らしい所があるのを知った。彼が、誰より愛情深い男だと気がついた。もしも、彼女に何かあれば……そう思うだけで、詠臣の事が心配だった。
 男性看護士の一人がこちらに歩いてきた。

「妻は⁉ 無事ですか!」
 立ち上がった詠臣が看護士に詰め寄る。
「すいません、私は、貴方の方の処置をするように言われだけで……分かりません。あの、傷の手当てを……」
「必要ありません。大丈夫です」
 詠臣が暗い顔をして、下がった。
「平……でも、お前、あっちこっち血だらけだぞ、ほら、不衛生だからやって貰えよ! すいません、ここ、ここでお願いできませんか!」
 岡前が詠臣の体を引いて長椅子に座らせると、頭を下げて頼み込んだ。看護士は頷いて、医療カートを押して戻ってきた。
 詠臣の体には、細かい傷が無数に出来ていたが、寧々を助けるために必死で、全く気づかなかった。今も、染みますよと声を掛けられ、処置を受けているが、姿勢を崩さず、眉一つ動かさず、ひたすら寧々の処置室のドアを見つめていた。

 そこへ、琳士と匠が駆けつけて来た。
「寧々は⁉」
 琳士が、ドアに衝突する勢いで走ってきたので、体勢を崩してフラつきながら聞いた。匠は、歩いてくると険しい表情で詠臣に視線で問いかけた。
「まだ、何も……」
「……そうか」
「平、俺戻って、色々片付けてくるな。きっと大丈夫だから、あんまり心配すんなよ」
あまり大勢で待っていても迷惑になると判断し、岡前が詠臣の肩を叩いて、二人に会釈して立ち去った。

「……あの男達の事は何か分かりましたか?」
 詠臣の顔が、ドアから匠へと移った。その瞳光は暗く、光がない。
「言葉にするのも胸糞が悪くなる……」
 匠が地を這うような声で言った。
「残ってた、アイツらの撮った映像見たけど、脳の血管が切れなかった事が奇跡だと思った! ぶっ殺してやる!」
 琳士は自分の頭を掻きむしりながら、憤りを露わにした。
「……データは?」
「お前は、見ないことを勧める。一人、最後まで撮影していた男が、まだ息があったから、軍で必死に治療させている」
「……」
 詠臣が匠に向かって、無言で掌を指しだした。

「見ても、まだ……駄目だぞ」
「……今、此処を離れる気はありません」
「見るのは後に……寧々の前で、ちゃんと笑ってろ」
 匠がため息をついて、詠臣に透明なプラスチックケースに入ったマイクロSDカードを渡すと、詠臣の手がソレを握りしめた。
「ソイツのことは、葉鳥仁彌を捕まえてから、一緒に処理する予定だよ……」
 琳士が、抜け駆けしないでよと釘を刺した。
「とにかく、今は寧々だ……」
 匠の声に三人の視線がドアに集まった。
 すると、ドアが開いて、中から医師が出てきた。寧々の主治医の表情は、決して明るくなかった。

「先生……寧々は、無事ですか……」
 詠臣が立ち上がり、医師に詰め寄った。そして、もどかしそうに、少し開いているドアの向こうに目を向けている。
「……今は、落ち着きましたが……状態は良くありません。このまま、回復してくれれば良いのですが、急変する可能性もあります……」
「……そう、ですか……中に入っても?」
「移動までの少しの間でしたら」
 医師が体をずらし、詠臣に道を譲った。
 駆けつけたい気持ちを堪えて、努めて冷静に寧々のベッドへと歩み寄った。
 沢山の医療機器に繋がれた寧々は、顔色が悪く、消えてしまいそうに真っ白だった。

「……寧々」
 寧々へ向けて手を伸ばしたけれど、怖くなり躊躇していると、匠が反対側から寧々の枕元に手をついて顔を覗き込んだ。
「おい、寧々……大丈夫か? お前、人生で何回入院するんだ」
 匠の声は、優しかった。
「でも、偉いよ、寧々。ちゃんと無事なんだから。早く良くなってよ」
 匠の後ろから顔を覗かせた琳士も、微笑んでいる。

「……」
 詠臣は、二人の様子を見て自分が少し情けなくなった。自分は寧々を失うことが恐ろしく動揺して取り乱すばかりだった事に気がついた。もっと強くなりたい。そして、自分が寧々の夫だと胸を張れるようになりたい。
 一度強く握った手を、寧々の手に重ねた。

「寧々……もう大丈夫です。安心して下さい。もう恐ろしいことは有りません。だから、ゆっくり休んだら、一緒に帰りましょう。大丈夫、すぐに良くなります」
 自分に言い聞かせるように、寧々の心に届くように、言葉に心を込めた。
 詠臣は、匠と琳士の視線を感じたが、気がつかない振りをして、寧々の手を撫でた。手首の傷を、寧々の今の状態を、目に焼きつけた。もう二度と、こんな事は繰り返さないように。
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