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第五十ニ話 殲滅作戦終了(恐竜、残酷表現)

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「寧々……寧々⁉」
 高台には柵は設置されていない。ギリギリまで進み出た詠臣が叫んだ。
 詠臣の目は見開かれ、恐ろしいものを見たかのように驚愕している。
(詠臣さん……なんで……)
 予想していなかった詠臣の声に、思わず寧々が顔を上げた。
 昨夜の前衛島襲撃の余波で、海竜の縄張り争いが起こり、一部の海竜がSDIへと向かった。その大型海竜を詠臣たちの部隊が、沖に近づいたタイミングで殲滅し、早々に帰還した。そして彼らは、AIドローンによる小型海竜とデイノスクスの殲滅作戦を見守りに来た。
 まだ導入して間もない為に、失敗も想定内で、空にはアパッチも待機し、詠臣たちの部隊もヘリで何時でも出撃できるようになっている。海竜用のライフルを装備した狙撃班も後方で待機中だ。
 ドローンでの海岸の作戦は、あくまで周囲が無人である事を前提にしている。
 海竜用の地雷を設置し、上陸してきた海竜を捕捉し追尾し自爆する。
 海に設置されたレーダーに反応があり、ドローンの管制塔からドローンが動きだし駆けつけてみればこの事態だ。
勝手な行動を取った民間人が作戦中に死亡するのは、世界各国よくある事だ。批判は起きない。しかし、事故や事件ならば、別だ。更に……仲間の家族とあれば……。
「……何故……くそっ」
 マイクを通して、匠の声が聞こえた。
「寧々! 今、行きます!」
詠臣が、寧々に向かって叫び、手にしていたヘルメットを投げ捨てた。
「平⁉」
「こな……来ないで!」
 高台から降りる階段を走り出した詠臣に、同じ部隊の隊員たちが驚き、静止しようとしたが間に合わなかった。寧々の懸命の叫びも届かない。
「平 詠臣! 地雷のポイントだ!」
 匠が、詠臣にタブレットを投げた。ざっと目を通して記憶した詠臣は、ソレを追ってきたサムットに投げた。
『周囲の海竜の位置と数を正確に把握しろ! 平夫妻に影響が無い所からアタックさせろ、狙撃班構えろ』
 キエト少佐の指示で、一斉に部隊が動き出した。
『うあっ……あ……ぐっあ……』
 その間にも、ぐったりしているサングラスの男はノトサウルスの大きな顎に噛み砕かれ、沈められて行った。
 幸いな事に寧々には見えていなかったが、男の声が耳にこだまする。
『うわあぁあ』
 先に高台へと向かったピアスの男は、現れたデイノスクスに追われていた。
 彼らがワニだと馬鹿にしていたデイノスクスは、全長十二メートルに及び、大型トラックと変わらない大きさで、海竜をも食らい尽くす獰猛さだ。前衛島の産卵場所を荒らされ、ここまで来たのだろう。
『来るなああ!ひいいい!うわ、うわあ』
 もう少しで食らいつかれそうだったその時、デイノスクスの後ろ足が地雷を踏み、爆発した。ピアスの男は、衝撃と爆風を背後から受け、砂浜に叩きつけられるように倒れ込んだ。
 デイノスクスは片足を失って、一瞬動きが止まり、そこへドローンが近づいた。砂埃に覆われた空間に、ドローンが飛び込み、ライトの光が乱射している。
『うぅ……くそっ』
 砂埃から這うようにピアスの男が出てきた。
そして、その後ろから、ピピッと軽い電子音が聞こえると、再び爆発が起こった。
 爆発に巻き込まれ男は、砂浜に倒れ込んで唸っている。辺りに肉の焼ける匂いが充満している。闇に包まれた白い砂浜は、血液で黒く泥濘んでいる。
 リーダーの男が、高い声で笑いながら、瞳孔の開いた目をせわしなく動かし、興奮した様子で倒れた仲間と、無残な姿になったデイノスクスを撮影していた。
「……あっ……あ…」
 寧々が呆然としている間にも、寧々から遠い場所で、いくつかのドローンが爆発している。それほど多くの海竜が近くに居るのかと思うと、寧々は気が遠くなりそうだった。
 しかし、まだ正気を保っているのは、自分を助けようとする詠臣の事が心配でならなかったからだ。
(こわい……凄く怖い……だけど……来ないで欲しい……私も、この人達も……詠臣さんが命をかけるような価値は無い……)
「こなっ……こないで……」
 寧々は必死に声を出そうとしたけれど、呼吸も胸も苦しく、海に沈められたダメージもあり、声が思うように出ない。涙で歪んだ視界で詠臣の姿を探した。
「寧々!」
 階段を駆け下りた詠臣は、目線だけを動かし、寧々に向かって走る。
― グォォ ―
何かの唸るような声が聞こえ、寧々が後ろに視線を向けると、サングラスの男を食いっぱぐれた二頭のノトサウルスが、寧々と、寧々の腕を掴む男を狙って海から顔をだしていた。ライトを受けた目が、爛々と光っていた。
『くそっ』
 男は、寧々をノトサウルスの方に突き飛ばすと、走りだした。
「きゃああ……」
 寧々は、波打ち際に倒れ込んだ。
「寧々、そのまま伏せていろ!」
 マイク越しの匠の声が聞こえた。もう立ち上がりたくても、そんな力の残っていない寧々は、波打ち際に四つん這いで倒れ込んだまま、荒い呼吸を繰り返した。
 何かが破裂するような音が、数回聞こえると此方に向かっていたノトサウルスの一体が鳴き声を上げて銃弾を受けていた。
『すげぇ! すげぇな!』
 すっかり正気を失っているように見えるリーダーの男が、カメラを持ってウロウロ歩き回り撮影を続けている。
「寧々!」
「え……い…し…さん」
(来て欲しく無かったのに……嬉しいって思っちゃう……怖く無くなる…)
 寧々の元に辿り着いた詠臣が、砂浜にしゃがみ込み、寧々の事を力強く抱きしめた。
「詠臣さん!」
 ほんの一時の抱擁だったけれど、寧々は泣きながら。詠臣の首に腕を回して、その頼もしい体に抱きついた。
「もう大丈夫です」
 詠臣は、寧々を担ぎ上げるように抱き上げると、直ぐに元来た道を走り出した。
 一頭のノトサウルスが、海の中に浮かぶ仲間の亡骸を首でなぎ払い、雄叫びを上げて詠臣を追い始めた。
「えい……しんさん……もういいです……私の事…置いていって……」
「断ります!寧々、目を閉じて!」
 ノトサウルスに追われ、自分など投げ捨てて欲しいと思った寧々だったが、いつにない詠臣の強い声に反射的に従い、寧々は目を閉じた。
『た……助けて……助けてくれ……』
 途中、詠臣は倒れて動けないピアスの男の体を飛び越えた。助けを求めているのは理解していたが、詠臣は、自分でも驚くほど心が揺れなかった。むしろ、ごく当然であるように、この男を餌にしようと考えついた。
思惑通り追って来たノトサウルスが、落ちていた獲物に食らいつき始めると、狙撃班の海竜用の銃弾がノトサウルスを仕留めた。
 高台への階段まであと50メートル。詠臣の後方でドローンが二機爆発した。
 先を走る寧々を捕まえていた男に飛び散ったデイノスクスの肉の一部が直撃し、転倒した。その横を走り去るとき、男が詠臣を引き倒そうと腕を伸ばした。
 それも予想出来ていたが、その腕が詠臣に向かう途中、他の男に踏みつけられた。
 そして、そのまま……その男、匠によって、まだ息があるデイノスクスの方へと蹴り飛ばされた。
 詠臣は構わず走り、その背中を守るように匠が銃を構えて後退する。
 詠臣の足が、高台へと昇る階段に掛かった時、後を行く匠の腕が大きく振り下ろされた。
 一斉にドローンが、残る海竜へと向かった。辺りに爆音と砂埃が舞う。
 砂埃が少し収まり、サーチライトに照らされた海岸には、もう海竜は生存していなかった。一定以上の大きさの生存する生物が、指定する範囲内に存在しないと判断したドローンが、作動しなかった地雷の回収を始めた。
 静かな海に響き渡る、虫の羽音のようなドローンの音を、離陸準備を始めたヘリの音が掻き消す。

「寧々!」
 ドローンの管制業務に関わっていた琳士が、高台に上がってきた詠臣に駆け寄った。
 待機していた医療班がストレッチャーに詠臣を誘導する。
「寧々、下ろしますよ!」
 詠臣に担がれた寧々が、ストレッチャーの上に下ろされた。
「……」
 辛うじて意識を保っていた寧々が、少し目を開けたが、何も喋ることが出来ず、苦悶の表情を浮かべている。顔色は真っ白で、唇も紫になっていて呼吸も浅かった。
 ちらりと詠臣の顔を見て、無理して微笑むと、そのまま意識を失った。
「寧々……寧々! しっかりして下さい! 寧々!」
 取り乱した詠臣が寧々の手を掴み、その手が結束バンドで拘束されて傷だらけになっている事に、衣服が海水に濡れて砂だらけになっている事に……目の前が発火したかのように怒りが込み上げてきた。
「おい、早く病院へ運べ!」
 追いついて来た匠が、取り出したナイフで寧々のバンドを切った。そして、医療班に行けと指示を出して、詠臣の背中を強く押した。
「お前に任せるぞ!」
 匠には、この場を指揮する仕事が残っている。そして、寧々にとって何者でも無い自分には、彼女の医療行為に同意することも出来ない事を痛感した。
 詠臣が冷静さを取り戻し、匠に頷くと医療班を追ってヘリへ向かった。
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