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第五十話 撮影
しおりを挟む寧々には、彼らの思考が全く理解できなかった。海竜が殺される映像が最高というのも、ヘリからの攻撃が動き回る海竜だけに当たると思う発想も……その前に食べられると考えないところも、作戦の邪魔にしかならないということが考えられない事も。
『海竜と……一緒に殺されるか……食べられますよ!』
『もう、五月蠅いから黙ってろよ、海に着いたら勝手に戻れ』
助手席のタトゥーの男が手にしていたペットボトルを、寧々に投げつけた。
「きゃあっ」
寧々の頭に当たったボトルが足下に転がった。しかし、寧々は怯まなかった。
『軍の活動の……邪魔になるので、もう止めてっ……』
(こんな、こんな人達の為に……詠臣さんたちが危険にさらされるなんて……許せない……)
『黙れ! 突き落とすぞ!』
怒鳴った運転手がアクセルを踏み込んだ。車が進む。海への一本道を。
『ほら、良い物あった。大人しくしてろよ』
寧々の後ろの席から身を乗り出してきたサングラスの男が、寧々を羽交い締めにすると、寧々の隣の女に白い結束バンドを渡した。
『いっ、嫌! 離して! 車を停めて!』
身をよじり抵抗するが、歯が立たず、両手がバンドで繋がれしまった。
後ろから口も塞がれ、見知らぬ男の体温や匂い、呼吸を間近で感じて、寧々は、不快感で気持ち悪くなってきた。抵抗する元気も無くなりつつある。
『あはは、凄ぇ興奮してきた!』
ピアスの若い男が、ぐったりする寧々の姿をスマホで撮影している。
『おい、今日はレイプショーじゃねーよ。海竜の殺戮ショーだからな』
『えー、こんな可愛いのに? なぁ、撮影終わったら遊ぼうよ』
ピアスの男が女を押しのけて、寧々の隣に座った。近づいてくる体を、繋がれてしまった腕で必死に押し返した。しかし、力の差は歴然で、相手は抵抗すらも楽しそうに笑っていた。
『おい! 見えて来たぞ』
運転手の声に、皆が一気に前に注目をして、寧々の押さえられていた口も解放され、必死に呼吸をした。
車は海岸へ向かう長い坂道にさしかかり、更に加速した。軍が設置した侵入防止のカラーコーンを吹き飛ばし、助手席の男が歓声を上げた。
夕日が沈みかけてきた周囲は、段々と薄暗くなっている。
『おい、機材を用意しろ! 日が沈んだら映像の迫力が半減するぞ!』
『よっしゃー‼』
後部座席の三人が慌ただしく動き出した。重そうな大きなカメラから、一般家庭でも使われそうなサイズのカメラ、取付も出来そうな小型のカメラなど、それぞれ、タイプの違う物を用意し始めた。
(この人達……本当に、やるつもりなんだ……もう、海竜が現れない事を祈るしか……)
寧々は、止めることが出来ず、無力感に苛まれていた。
(でも、詠臣さんの部隊が戻ったって事は、大型の海竜を倒したか……もう威力の高いミサイルを使えないくらい、接近してしまったか……でも、アバッチもヘリも、減らないのに攻撃している様子が無い……これから来るの?)
寧々が、胸苦しさに耐えながら、外を眺めていると、車は海岸の下までたどりついてしまった。
砂浜の前の広い車両スペースに、車が乱暴に停車した。
海岸は恐ろしいくらいに静かだった。軍の車両も一台も止まっていない。
(こんなに、誰も居ないものなの? 海岸へ向かう途中でも軍の車両に一台も会わなかった。ヘリが飛んでいる高度も凄く高いように思える……それ程の脅威が迫っているの? それとも何か作戦が?)
寧々の体は恐怖に震えていた。
今、目の前に海竜が現れても、走れないし走ったとしても陸でも自在に活動できるタイプの海竜に追いつかれないはずが無い。
『よし! 行くぞ!』
五人が我先にと車から飛び出した。寧々の目の前でドアが閉まった。
(私……ここで死ぬの? 今まで病気による死の恐怖は感じていたし、運命だと思うしか無いと諦めていたけれど……嫌、こんな、こんな最後は嫌……もしも、私が海竜に食べられて死んだら、詠臣さんはどう思う……匠さんや琳士は? 駄目……逃げないと! 海竜が現れる前に、戦闘が始まる前に)
寧々は苦しい呼吸を整えて、肩で大きく息を吸うと、束ねられて上手く動かない手で、車のドアを握った。体ごと移動させて「んっ!」と勢いを付けて必死に開けた。
南国特有の温かい海風が、車内に吹き込んでくる。
海が夕日に照らされて、オレンジ色と赤の中間のような色に染まっている。
静かな海に、微かなヘリの音と、避難警報が聞こえる。
『なんだよ、一匹も居ねぇじゃん』
『ヘリも遠すぎて迫力ねぇな。なんだアレ? ドローン?』
砂浜に散り散りに立っている五人は、カメラを構えて、どんどん海の方へ歩いている。
寧々が、車の外に降りたった。
『海竜ちゃんは何処に居るんだよ、遠くの海で戦われても面白くねぇな!』
この集団のリーダーの、運転席に居た男が、振り返って寧々を見ると、不吉な笑いを浮かべた。嫌な予感で背筋が震えた。
『なぁ、戦闘が始まるまで、あの女が逃げ惑う様子、撮影しようぜ』
『良いね! 再生回数伸びそう!』
身の危険を感じた寧々は、走りだそうとしたけれど、呼吸も心臓も苦しく、腕も動かせない為に、歩く程度の速度しかでない。それでも、必死に逃げる寧々を、男達がカメラを構えながら追って来た。
『ほら、もっと早く走ってよ』
『捕まっちゃうよ』
獲物を弄ぶ強者のように、男達が寧々を煽りながら近づき、あっという間に追いついた。
『捕まえた!』
タトゥーの男が、カメラをリーダーに渡すと、寧々の体を担ぎ上げた。
『嫌! は、離して!』
寧々は、拘束された腕で男の背中を叩いたが、体格の良い男は寧々を担いだまま砂浜に降りて、海に向かって歩いた。
『やめて! 下ろして! 離してっ……いや……』
必死に抵抗して涙を流す寧々にピアスの男が寄ってきた。
『泣いちゃったね、可哀想だね』
楽しそうにカメラを向けながら、男が笑っている。
『ほらっ、出てこいよ海竜、餌だぞ!』
『いやああ!』
男が寧々を海に投げ捨てた。
驚きと衝撃で、寧々はパニックに陥った。水位は腰よりも下くらいの深さだったが、頭から投げ落とされ、腕も動かせない寧々にとっては、状況を理解することも出来なかった。ただ目の前が海水と泡、水しぶきで世界がグルグルと回っていた。日が落ちてきて薄暗い水の中は何も見えなかった。
(なっ……なに……どうなってるの? 苦しい……息が出来ない……)
寧々が立ち上がる事も出来ずにいると、ピアスの男が寧々を引き上げ、波打ち際に突き飛ばした。
「っう……」
盛大に咳き込み咽せる寧々を、五人が楽しそうに笑っていた。
(苦しい! 痛い……息が……出来ない……何が、楽しいの……怖い! この人達も……海竜が来るかもしれない海も……もう、帰りたいよ……詠臣さんの所に……)
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