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第四十九話 避難誘導
しおりを挟む(詠臣さん……海竜と戦っているのかな……お願い、無事に帰ってきて……)
寧々が祈るように空を眺めていると、なにやら揉める声が聞こえてきた。
『さっさと車から降りて、避難しろ』
バンに乗っている人々に向けて、SDIの現地職員が怒鳴るように声を掛けていた。
『此処にはカメラも、高い機材も一杯乗っているんだ、置いてなんて行けない!』
運転席のパーマの男が反論している。今回のフェスティバルの為に来た撮影クルーのようだ。
『死にたいのか!』
バンの前に立つ、もう一人の職員が車を蹴った。
『あー、やめて下さいよ。車で避難できる場所を探します』
『車両で地下の避難場所に入れる道は入り組んでいる、諦めろ』
職員は、心底面倒くさそうに言うと、下りろと怒鳴っている。
『じゃあ、ほら、そこのアンタ!』
運転席の男が、ゆっくり歩きながら事態を見守っていた寧々に声を掛けた。突然騒ぎの当事者にされて。寧々は、ドキリと心臓が震えた。
『え……』
『案内してくれよ、避難場所』
『あっ、私ですか…』
どうしようかと困ってSDIの職員を見ると、向こうで車椅子の人が手を貸してくれと叫んでいた。
『道はご存じですか?』
車椅子の青年の方へ体を向けた職員が、寧々に聞いた。
『あ、はい。知ってます』
『お願いしても?』
『……分かりました』
寧々が頷くと、バンのドアが開いて、中から身を乗り出した若い女性がお礼を言いながら、寧々を招き入れた。バンには四人の男性と一人の女性。それにカメラや沢山のコードに繋がった機材、脚立などが載っていた。
『さっさと行け』
『りょーかい』
四十代くらいの助手席の男性が、軽い口調で答えた。両腕にはタトゥーが入っている。
(何だろう……凄く、嫌な軽率な感じがする……)
この車に乗っている五人の人達は、どこか軽い感じで、警報にも危機感がまったくないように思えた。
(確かに地域や国によっては海竜の被害なんて、遠い世界のことのようかもしれないけれど……海の無い地域からきたのかな?)
寧々は、言い知れぬ不安と緊張で、顔が強ばっていた。
『あ、あの。この坂道を下ってから、暫くは真っ直ぐです』
『了解でーす』
バンが、乱暴な運転で走り出した。
(どうしよう……なんだか運転だけでもう不安。詠臣さんとも匠さんとも全然違って、怖い……どうして避難する人が歩く道で急発進? 安全の確認は?)
寧々は普段、詠臣の安全かつ信頼できる運転に心地よく車窓を眺めている。戦闘機でもヘリでも大型の飛行機でも乗りこなし、危機予測も回避能力も抜群で、過去に相手が悪い貰い事故をしそうになったときも、見事に回避していた。
今、このバンを運転するパーマのリーダー格の男は、開けた放った窓に肘を乗せて、タバコをくわえながら、チラチラとよそ見をして運転をしている。そして、同乗者も、誰一人シートベルトなど締めること無く、楽しそうに車内から避難する人をスマホで撮影したり、飛び交う軍のヘリを指さして興奮している。
(この人たち……お酒でも飲んでるの? 凄く降りたい……一緒に居たくない……)
『もうすぐで、海に向かう道と内陸に行く道に分かれるので、左に曲がって下さい。真っ直ぐ行ってしまうと、引き返せる場所が海岸までありません。必ず、左に曲がってください』
相手が本当にちゃんと理解したのか不安になり、寧々は二回も言ったけれど、リーダーと呼ばれている運転手は、頷くでも返事をするでもなく、ニヤニヤ笑っていた。
寧々は、得体の知れない不安に襲われて、心臓の鼓動が高まり、息苦しいような気までしてきた。
『あの、そこを左です』
分かれ道にさしかかり、寧々は後部座席から少し身を乗り出して、大きめの声で言った。
しかし、バンのスピードは緩まない。
『あの……』
恐怖と焦燥感で声が引きつった。
そして、減速しない車が、左折せずに直進した。
『待って! 止まってバックして下さい!』
寧々が驚愕して叫ぶと、運転手が振り返った。その表情は、寧々を馬鹿にするように笑っていた。
『ちょっと静かにしてくれない? 俺達、海竜との戦闘が撮影したいんだ』
『こんなチャンス無いだろ、つまんないフェスの撮影より、動画上げたら凄い金になるだろ』
『な……何を……辞めて下さい! 危険すぎます! 戻りましょう!』
寧々が更に身を乗り出すと、隣に座っていた女が、寧々を押し戻した。
『騒がないでよ、どうせ大した事ないんでしょ、ほら、なんだっけ良くテレビで紹介されてるデイノスクス? あれって結局ワニでしょ、それに、この辺に多い、ノトサウルスっていうの? ネットでニセのトカゲって言われてたよ』
女は、寧々の肩を叩きながら、高い声で笑った。
『おい、笑いすぎだぞ。でも、どうせ一匹、二匹出てきたのを、最新の兵器構えた軍人がリンチみたいに殺すんだろ? メチャクチャ面白そうじゃん』
女性の隣に座る、若い男が手を叩いて笑った。彼の耳には沢山のピアスとチェーンが付いている。
『な……あ……』
寧々は、強い怒りと、ショックで上手く言葉が出てこなかった。
『そんな邪魔するつもりないよ。後ろの方から撮るだけだからねー』
『も、戻って下さい! 止めて下さい!』
寧々は、痛む胸を押さえ、少し苦しくなってきた呼吸を必死に紡ぎながら、彼らを止めようとした。
『居ません、海岸に、兵士なんて……近年の海竜との、戦闘は、空からの爆撃が基本で……飛んでいる……海竜用のアパッチが、みえませんか……』
寧々が、はぁはぁと息を切らしながら、夕日で紅く見えるヘリを指さした。
『へー、すげぇじゃん、それ、すごい面白い映像撮れるじゃん、蜂の巣みたいな穴だらけの恐竜だろ! 最高じゃん』
『おっ! すげぇ戦闘機の部隊が帰ってきた。なんだ終わっちゃった? ちっこい海竜くらい残ってるかな』
ピアスだらけの若い男がスマホをヘリに向かって構えている。
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