あの時、君の側にいられたら 【恋愛小説】

いんげん

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第四十六話 幸運

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 匠の運転する車で、島の西側にある高台に着いた。高台から見える東側には、軍の管制塔と滑走路がよく見えた。そして西側は崖になっていて、その下は海だ。よく目を凝らすと近くの島の灯りが見える。
「うわあぁ、あそこが皆さんが働いている場所ですか……すごい」
 高台の手すりに掴まって、滑走路と管制塔を眺めた。
(今、あそこで詠臣さんも働いているんだ……)
「別に何も面白くないだろ、それより、その先を見ろよ……」
「先?」
 視線を滑走路の先に向けると、夜の海が広がっていた。満月が夜空に浮かび、その輝きが海の上に光り輝く道を作り出していた。

「あっ……」
 ふと、寧々の頭に過去の記憶が蘇ってきた。
 両親が海で殉職した後、海が大っ嫌いになって泣いて過ごしていた時に、匠と琳士が必死に寧々を励ましてくれた。その時に、いつかもっと安心して海が見られるようになったら、海に輝く光の道をを見せてくれると約束した。
 寧々の心が疼いた。温かい涙が込み上げてくる。
(駄目……駄目、駄目。)
 心の奥底に閉じ込めておいた感情が溢れないように、涙を飲み込んで、唇を噛みしめた。

「凄く、綺麗ですね」
 自分の中の複雑な気持ちを隠すように、とびきり明るく微笑んで匠を振り返った。
 ズボンのポケットに手を入れて、此方を見ている匠の視線が、昔の様な優しい眼差しをしていて、寧々は見ていられずに、海に視線を戻した。
「こんなに自然な夜の海を見たの、初めてです。海から遠いビルとか、そういう所からしか、見たことない……」
 目の前の手すりをギュッと握りしめた。
「海の音って、こんなに優しいんですね……」

 寧々の両親の遺体は見つからなかった。捜索はされたが、海自体が危険なので、空から一通り捜索されてお終いだ。きっと、もう海の一部になってしまっているのだろう。
「お父さんと、お母さんも見えてるかなって思うのは、子供っぽいですよね……」
 ははは、と乾いた笑いを浮かべると、自分の手の上に涙が落ちてきた。
 匠は何も答えずに、隣に立つと、寧々のパーカーのフードを引っ張って被せ、頭に手を乗せた。
 少し重くて温かい感触に心が溶けていく。涙が止まらないけれど、悲しくない。

(あったかい……やっぱり、匠さんは変わっていない。いつだって私と琳士の兄のような存在で……優しい。でも……匠さんは、いつも一人で無理して人の事ばかり考えてる……なのに、こんな約束まで覚えていてくれた)
「……」
 寧々は、ぐっと顔を上げてフードを外して匠の腕をどかすと、手すりの下に足を掛けて高さをかさ増しすると、腕を伸ばして匠の頭に手を置いた。
「お前っ…何してんだ……」
 不安定になった寧々を心配して匠の腕が寧々の肩を支えた。向かい合うような体制になってしまい、仕方なく前から匠の短い髪を掻き回すように撫でた。
「何なんだ」
 匠の険しい顔が更に凶悪になっているが、どこか困惑していて、寧々には可愛く見えた。

「私が、今日から匠さんの姉になります」
「は?」
「匠さんは何時も面倒を見て、助ける方ばっかりなので、そろそろ交代しましょう。今日から琳士がお兄ちゃんで、私が姉です。私たちが匠さんを甘やかします」
 匠の頭から手を離して、地面に降り立ち、胸をドンと叩いた。
「……」
 匠の目が細められて、最後は閉じて呆れたように大きく息をすって上を向いた。
「わるい、寧々。お前が退化したのは二年どころじゃなかった……お前、子供の時も同じ事言ったぞ」
「ええ⁉」
 匠が自分のコメカミの傷を指さした。琳士と木に登って、落ちたときに助けて貰い、匠を怪我させた傷だ。
「あっ! そういえば……あはは……これから、これからが重要です」
「で、何をしてくれるんだ、姉ちゃん」
 匠が腰の高さまである柵に体を預けて、寧々を見つめた。

「んー、そうでした、前回もソコが問題でした。琳士と子供の時、話し合った結果、私たちには何一つ匠さんより優れている事がないって話になって、あっ……そうそう、結局、神頼みしたんです」
 子供の頃の二人にとって匠は、絶対的な存在だった。誰よりも優秀で、達観していて、大人だった。自分が大人になって思い起こせば、匠だって十分子供だったはずなのに。環境が無理に彼を大人にしていた。
「は?」
「神社に行って、これから先の私たちの幸運を匠さんに分けてくださいって」
 寧々は海に向かって手を合わせた。
「でも効かなかったですね」
 寧々は見下ろす匠に、苦笑して謝った。
「何でそう思うんだ?」
「だって、私、凄く幸せですから、幸運が減った気がしないです」
「そうか、そりゃ良かったな……俺も、幸運かどうかは知らないが、願いは叶っている」
「そうなんですか⁉」
「あぁ…」
「そっか、それは凄く嬉しいです……あっ! 光った! 流れ星?」
 海の先の島付近の地平線が輝いたように見えた。匠も海を振り返って目を凝らした。
「皆に、もっと幸せが訪れますように」
 寧々は、手を組んで必死に願った。
 頭に浮かぶのは、詠臣に匠、琳士、美怜だった。
「……」
 寧々が必死に願っていると、興味を失ったのか、匠がスマホを取り出して操作していた。
「匠さん?」
 その表情が、とても険しくて寧々は心配になった。
 メールを送信した匠が、睨むように海を見ている。
「どうかしましたか?」
 寧々が匠の視線の隅に入るように顔を傾けた。

「何でも無い。直にお前の旦那の部隊が出てくるぞ」
「え?」
 匠が滑走路を指さした。
 すると、数分後に滑走路にライトが灯り、慌ただしく軍人が動き出した。
 寧々は、警報でも鳴るのかと、ビクビクしながら周囲を警戒した。すぐ後ろの海から海竜が昇ってくるような気がして、怖くなった。そっと匠に寄り添って服をつかみかけてから、自分が姉になるんだったと思い出して、拳を握り匠の背中を守るように立った。
「何してるんだ?」
 匠が寧々の腕をつかんで引き寄せ、下を見せた。
「巡回みたいなもんだ、海竜が出たわけじゃない」
「そうなんですか……良かった……」
 ほっとした寧々が滑走路を見下ろすと、誘導に従った戦闘機が三機出てきた。
 機体には日本の国旗とSDIのシンボルがプリントされている。
「詠臣さんですか?」
「だろうな」
 忙しく動き回る人々を見ていると、戦闘機の発進準備が整ったようだった。
 匠が手すりから離れると、寧々の後ろに立って、寧々の耳を塞いだ。
 飛び立った戦闘機の後から音が響いてくる。
 ふと気がつき、寧々は腕を上げ、背後の匠の耳を探して、塞いだ。
「……」
(格好いい……詠臣さん……格好いい……)
 飛び立った戦闘機を見送り、寧々はニヤけていた。いつの間にか匠は移動してスマホを弄っていて、寧々はひとりで腕を上げていた。恥ずかしくて、コソコソと腕を下げた。

(それにしても、今見ているこの空を詠臣さんが飛んでいるの、なんだか不思議……海竜退治だと心配でしょうがないけど……巡回と聞くと単純に素敵って思う自分、現金だなぁ)

「詠臣さんは、流れ星とか一杯見るのかな……」
 今度聞いてみよう。そう笑っていると匠が戻ってきた。
「あの男は、そんな夢見がちな思考をしていない」
 匠が白い目で寧々を見ている。
「何でですか、詠臣さんは、いつだってロマンチックですよ」
「気持ち悪い話をするな」
「匠さんも見習った方が良いですよ、きっとモテます」
「不自由してない」
 しれっと言葉にする匠は、確かに魅力に溢れている。頬に傷のある、鋭い目つきの野性味溢れる容姿、傷だらけの鍛えられた体。優秀な能力と、人を従わせるカリスマ性のある支配的な雰囲気。全てが圧倒的に人の目を引いている。

「そうでした、匠さんはいつでもモテてました。お子様な私や琳士と違って」
 寧々が不満げにウロウロと歩いた。
「言っておくが、今の琳士は不自由してないぞ」
「えー⁉ 琳士が? あの、琳士が?」
 目を丸くした寧々は、匠の目前まで迫り腕を掴んだ。
「不憫だな、アイツ……」
「琳士が裏切り者だった……でも、確かに190㎝の長身に、弟系の綺麗な顔してる気も……琳士だけが仲間だと思ってたのに……」
「何の仲間なんだよ……」
「私だけがお子様でした……」
「はぁ? おい、人妻。そろそろ、帰るぞ」
 呆れた顔の匠が車に向かって歩き出した。

「人妻って、なんだか熟女感あって良いですね」
 寧々が走って駆け寄ると、匠が走るなと注意をした。
「……お前、やっぱり中学生だろ」
「匠さんと話していると、あの頃みたいで、精神年齢が下がる気がします。今度、サムットさんも誘ってカードゲームしますか」
「辞めておけ……お前が一人負けするか、平がワザと負けて終わる。茶番に付き合わせるな、暇じゃない」
 匠が助手席のドアを開いてから、運転席へと乗り込んだ。
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