46 / 56
第四十六話 幸運
しおりを挟む匠の運転する車で、島の西側にある高台に着いた。高台から見える東側には、軍の管制塔と滑走路がよく見えた。そして西側は崖になっていて、その下は海だ。よく目を凝らすと近くの島の灯りが見える。
「うわあぁ、あそこが皆さんが働いている場所ですか……すごい」
高台の手すりに掴まって、滑走路と管制塔を眺めた。
(今、あそこで詠臣さんも働いているんだ……)
「別に何も面白くないだろ、それより、その先を見ろよ……」
「先?」
視線を滑走路の先に向けると、夜の海が広がっていた。満月が夜空に浮かび、その輝きが海の上に光り輝く道を作り出していた。
「あっ……」
ふと、寧々の頭に過去の記憶が蘇ってきた。
両親が海で殉職した後、海が大っ嫌いになって泣いて過ごしていた時に、匠と琳士が必死に寧々を励ましてくれた。その時に、いつかもっと安心して海が見られるようになったら、海に輝く光の道をを見せてくれると約束した。
寧々の心が疼いた。温かい涙が込み上げてくる。
(駄目……駄目、駄目。)
心の奥底に閉じ込めておいた感情が溢れないように、涙を飲み込んで、唇を噛みしめた。
「凄く、綺麗ですね」
自分の中の複雑な気持ちを隠すように、とびきり明るく微笑んで匠を振り返った。
ズボンのポケットに手を入れて、此方を見ている匠の視線が、昔の様な優しい眼差しをしていて、寧々は見ていられずに、海に視線を戻した。
「こんなに自然な夜の海を見たの、初めてです。海から遠いビルとか、そういう所からしか、見たことない……」
目の前の手すりをギュッと握りしめた。
「海の音って、こんなに優しいんですね……」
寧々の両親の遺体は見つからなかった。捜索はされたが、海自体が危険なので、空から一通り捜索されてお終いだ。きっと、もう海の一部になってしまっているのだろう。
「お父さんと、お母さんも見えてるかなって思うのは、子供っぽいですよね……」
ははは、と乾いた笑いを浮かべると、自分の手の上に涙が落ちてきた。
匠は何も答えずに、隣に立つと、寧々のパーカーのフードを引っ張って被せ、頭に手を乗せた。
少し重くて温かい感触に心が溶けていく。涙が止まらないけれど、悲しくない。
(あったかい……やっぱり、匠さんは変わっていない。いつだって私と琳士の兄のような存在で……優しい。でも……匠さんは、いつも一人で無理して人の事ばかり考えてる……なのに、こんな約束まで覚えていてくれた)
「……」
寧々は、ぐっと顔を上げてフードを外して匠の腕をどかすと、手すりの下に足を掛けて高さをかさ増しすると、腕を伸ばして匠の頭に手を置いた。
「お前っ…何してんだ……」
不安定になった寧々を心配して匠の腕が寧々の肩を支えた。向かい合うような体制になってしまい、仕方なく前から匠の短い髪を掻き回すように撫でた。
「何なんだ」
匠の険しい顔が更に凶悪になっているが、どこか困惑していて、寧々には可愛く見えた。
「私が、今日から匠さんの姉になります」
「は?」
「匠さんは何時も面倒を見て、助ける方ばっかりなので、そろそろ交代しましょう。今日から琳士がお兄ちゃんで、私が姉です。私たちが匠さんを甘やかします」
匠の頭から手を離して、地面に降り立ち、胸をドンと叩いた。
「……」
匠の目が細められて、最後は閉じて呆れたように大きく息をすって上を向いた。
「わるい、寧々。お前が退化したのは二年どころじゃなかった……お前、子供の時も同じ事言ったぞ」
「ええ⁉」
匠が自分のコメカミの傷を指さした。琳士と木に登って、落ちたときに助けて貰い、匠を怪我させた傷だ。
「あっ! そういえば……あはは……これから、これからが重要です」
「で、何をしてくれるんだ、姉ちゃん」
匠が腰の高さまである柵に体を預けて、寧々を見つめた。
「んー、そうでした、前回もソコが問題でした。琳士と子供の時、話し合った結果、私たちには何一つ匠さんより優れている事がないって話になって、あっ……そうそう、結局、神頼みしたんです」
子供の頃の二人にとって匠は、絶対的な存在だった。誰よりも優秀で、達観していて、大人だった。自分が大人になって思い起こせば、匠だって十分子供だったはずなのに。環境が無理に彼を大人にしていた。
「は?」
「神社に行って、これから先の私たちの幸運を匠さんに分けてくださいって」
寧々は海に向かって手を合わせた。
「でも効かなかったですね」
寧々は見下ろす匠に、苦笑して謝った。
「何でそう思うんだ?」
「だって、私、凄く幸せですから、幸運が減った気がしないです」
「そうか、そりゃ良かったな……俺も、幸運かどうかは知らないが、願いは叶っている」
「そうなんですか⁉」
「あぁ…」
「そっか、それは凄く嬉しいです……あっ! 光った! 流れ星?」
海の先の島付近の地平線が輝いたように見えた。匠も海を振り返って目を凝らした。
「皆に、もっと幸せが訪れますように」
寧々は、手を組んで必死に願った。
頭に浮かぶのは、詠臣に匠、琳士、美怜だった。
「……」
寧々が必死に願っていると、興味を失ったのか、匠がスマホを取り出して操作していた。
「匠さん?」
その表情が、とても険しくて寧々は心配になった。
メールを送信した匠が、睨むように海を見ている。
「どうかしましたか?」
寧々が匠の視線の隅に入るように顔を傾けた。
「何でも無い。直にお前の旦那の部隊が出てくるぞ」
「え?」
匠が滑走路を指さした。
すると、数分後に滑走路にライトが灯り、慌ただしく軍人が動き出した。
寧々は、警報でも鳴るのかと、ビクビクしながら周囲を警戒した。すぐ後ろの海から海竜が昇ってくるような気がして、怖くなった。そっと匠に寄り添って服をつかみかけてから、自分が姉になるんだったと思い出して、拳を握り匠の背中を守るように立った。
「何してるんだ?」
匠が寧々の腕をつかんで引き寄せ、下を見せた。
「巡回みたいなもんだ、海竜が出たわけじゃない」
「そうなんですか……良かった……」
ほっとした寧々が滑走路を見下ろすと、誘導に従った戦闘機が三機出てきた。
機体には日本の国旗とSDIのシンボルがプリントされている。
「詠臣さんですか?」
「だろうな」
忙しく動き回る人々を見ていると、戦闘機の発進準備が整ったようだった。
匠が手すりから離れると、寧々の後ろに立って、寧々の耳を塞いだ。
飛び立った戦闘機の後から音が響いてくる。
ふと気がつき、寧々は腕を上げ、背後の匠の耳を探して、塞いだ。
「……」
(格好いい……詠臣さん……格好いい……)
飛び立った戦闘機を見送り、寧々はニヤけていた。いつの間にか匠は移動してスマホを弄っていて、寧々はひとりで腕を上げていた。恥ずかしくて、コソコソと腕を下げた。
(それにしても、今見ているこの空を詠臣さんが飛んでいるの、なんだか不思議……海竜退治だと心配でしょうがないけど……巡回と聞くと単純に素敵って思う自分、現金だなぁ)
「詠臣さんは、流れ星とか一杯見るのかな……」
今度聞いてみよう。そう笑っていると匠が戻ってきた。
「あの男は、そんな夢見がちな思考をしていない」
匠が白い目で寧々を見ている。
「何でですか、詠臣さんは、いつだってロマンチックですよ」
「気持ち悪い話をするな」
「匠さんも見習った方が良いですよ、きっとモテます」
「不自由してない」
しれっと言葉にする匠は、確かに魅力に溢れている。頬に傷のある、鋭い目つきの野性味溢れる容姿、傷だらけの鍛えられた体。優秀な能力と、人を従わせるカリスマ性のある支配的な雰囲気。全てが圧倒的に人の目を引いている。
「そうでした、匠さんはいつでもモテてました。お子様な私や琳士と違って」
寧々が不満げにウロウロと歩いた。
「言っておくが、今の琳士は不自由してないぞ」
「えー⁉ 琳士が? あの、琳士が?」
目を丸くした寧々は、匠の目前まで迫り腕を掴んだ。
「不憫だな、アイツ……」
「琳士が裏切り者だった……でも、確かに190㎝の長身に、弟系の綺麗な顔してる気も……琳士だけが仲間だと思ってたのに……」
「何の仲間なんだよ……」
「私だけがお子様でした……」
「はぁ? おい、人妻。そろそろ、帰るぞ」
呆れた顔の匠が車に向かって歩き出した。
「人妻って、なんだか熟女感あって良いですね」
寧々が走って駆け寄ると、匠が走るなと注意をした。
「……お前、やっぱり中学生だろ」
「匠さんと話していると、あの頃みたいで、精神年齢が下がる気がします。今度、サムットさんも誘ってカードゲームしますか」
「辞めておけ……お前が一人負けするか、平がワザと負けて終わる。茶番に付き合わせるな、暇じゃない」
匠が助手席のドアを開いてから、運転席へと乗り込んだ。
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
【R18】国王陛下はずっとご執心です〜我慢して何も得られないのなら、どんな手を使ってでも愛する人を手に入れよう〜
まさかの
恋愛
濃厚な甘々えっちシーンばかりですので閲覧注意してください!
題名の☆マークがえっちシーンありです。
王位を内乱勝ち取った国王ジルダールは護衛騎士のクラリスのことを愛していた。
しかし彼女はその気持ちに気付きながらも、自分にはその資格が無いとジルダールの愛を拒み続ける。
肌を重ねても去ってしまう彼女の居ない日々を過ごしていたが、実の兄のクーデターによって命の危険に晒される。
彼はやっと理解した。
我慢した先に何もないことを。
ジルダールは彼女の愛を手に入れるために我慢しないことにした。
小説家になろう、アルファポリスで投稿しています。
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
モササウルスとの夏休み ~憧れの従姉と古生物~
武州人也
恋愛
突如として絶滅した恐竜や古生物たちが現れた世界――夏の海水浴場で、絶滅したはずの巨大海棲爬虫類が発見された。モササウルスの泳ぐ海を眺めながら、僕は遠くに行ってしまったお姉さんのことを思い出す。
【R18】幼馴染な陛下は、わたくしのおっぱいお好きですか?💕
月極まろん
恋愛
幼なじみの陛下に告白したら、両思いだと分かったので、甘々な毎日になりました。
でも陛下、本当にわたくしに御不満はございませんか?
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
若妻シリーズ
笹椰かな
恋愛
とある事情により中年男性・飛龍(ひりゅう)の妻となった18歳の愛実(めぐみ)。
気の進まない結婚だったが、優しく接してくれる夫に愛実の気持ちは傾いていく。これはそんな二人の夜(または昼)の営みの話。
乳首責め/クリ責め/潮吹き
※表紙の作成/かんたん表紙メーカー様
※使用画像/SplitShire様
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる