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第四十三話 仲直り
しおりを挟む詠臣とちゃんと話をしようと決意をした寧々は、タイミングを計っていた。しかし、二人の間には、相変わらず、ギクシャクした雰囲気が流れ、距離を感じる為に中々切り出せないでいた。
今は、お風呂から上がった詠臣が、黒いTシャツと黒いジャージ姿でペットボトルの水を飲みながらタブレットを操作している。手が大きくて小指と薬指だけで大きめのボトルのキャップ部分を支えて持っている。
(ジャージって……背が高くてスタイルの良い人が着ると、どうして素敵なお洋服に見えるんだろう……私が着ると、美怜ちゃん笑うのに……)
ソファに座って、ニュースを見ている振りをしながら、チラチラと詠臣を眺める。
(水飲むだけで、格好いいです。お風呂上がりは、何時もは後ろに流されている前髪が眉毛にちょっとかかって、少しだけカジュアルに見えます。どっちも好きです……夫婦なのに片思い……悲しい。そういえば……詠臣さんの女性のタイプって全然知りません。テレビに出ている女優さんなんかも、この人綺麗ですね、とか聞いたことが無い。私が、綺麗、素敵ですねって同意を求めても、全然興味なさそうに、そうですか? と返されるし……詠臣さんの昔の恋人とか話題にした事も無い。初恋とか……どんな女性だったのかな……)
ニュースの画面をそっちのけで、ソファの背に手をのせて詠臣をじっと見つめだした寧々に、詠臣の目が泳ぐ。
「何か問題がありますか?」
「あっ……ごめんなさい! あの、詠臣さんの女性のタイプってどんな方ですか?」
「は?」
虚を突かれた詠臣が、タブレットとボトルをリビングのテーブルに置いた。
「詠臣さんの初恋の方とかは、やっぱり……飯島さんのような素敵な女性でしたか?」
つい、余計な事まで口に出してしまったけれど、放った言葉は取り消せない。
「なぜ……そのような事を? では、寧々の初恋はどうなのですか?」
詠臣が歩み寄って、ソファの背に両手を広げてつき、寧々を見下ろした。
「わ……私は……」
思い出されるのは、昼間の匠だ。墓穴が深すぎて酸素が足りない。
「きっと、私なんかより優秀で素敵な方でしょうね……」
詠臣の目が悲しそうに伏せられ、口は歪んで失笑している。
「詠臣さんより素敵な人は、この世に一人も居ないです!」
ギュッと手を握りしめて叫んでから、あっ、と正気に戻り、何を言っているのかと焦り始めた。
「……」
呆れているのではないか、迷惑そうな顔をしているのではないかと、寧々は、詠臣の顔を見上げると、彼は呆然とした顔をしていた。そして、ぐっと唇を噛みしめた。
「……例え、嘘でも……喜んでしまう」
詠臣が片手で顔を覆った。色白の詠臣の耳が、ほんのりと紅い。
「……嘘じゃないです」
寧々は、直ぐ側についている詠臣の手に自分の手を乗せた。やっと痣も消えて詠臣に見られても嫌じゃない体になった。怪我をしていたときは、見る度に詠臣が痛ましい顔をするから、逆に心が痛かった。
「……寧々」
詠臣の顔に当てられていた大きな手が、寧々の手を包み込むように乗せられた。
温かい、その温もりに胸がジーンとする。
「貴方に触れても良いですか?」
詠臣が心配そうに尋ねた。
「どうして、そんな事……」
「私は、寧々の期待に添えない事ばかりで……貴方に、辛い思いもさせました。貴方は、怖い思いもしましたし……なるべく不用意に近づかない方が良いのかと……」
「私……てっきり、詠臣さんに避けられるているのかと……」
「違う!」
「っ⁉」
詠臣の強い否定に寧々が驚いた。
「……すいません」
詠臣が気まずそうに頭を掻いた。珍しく背筋が曲がっている。
いつも頼りがいのある詠臣が、所在なさげに小さくなっている姿が愛おしい。
「私は、詠臣さんが好きです。出会ってからずっと」
「……」
寧々を見つめる詠臣の目が、少し潤んでいる気がした。寧々の手が詠臣の顔に伸びる。
寧々の細い指が詠臣の頬を撫でた。
「寧々、私の初恋は貴方です。愛しいと思うのも、誰にも奪われたくないのも、誰より幸せになって欲しいのも、貴方だけです」
「そう、なんですか?」
幼い頃に詠臣に出会った記憶が無い寧々は、すこし不思議だったが、真面目な詠臣は恋心を持ったのも遅かったのだと納得した。
「口付けても良いですか?」
詠臣の手が寧々の頬を包み込んだ。
「いっぱい、して欲しいです」
寧々が微笑むと、詠臣の顔がゆっくりと近づき、少し躊躇ってから、キスをした。
匠のとは違う、好きな人とするキス。匠としたキスはドキドキしたけれど、こんなにも心を満たすような温かさは生まれなかった。相手を離したくないなんて、このまま幸せな気持ちに溺れたいとは思わなかった。
ただ、古い傷跡が胸にあって、そこがヒリヒリと痛むような、目を逸らしたい苦しさがあった。多分、その傷を開いた先の感情は知らない方が良い……きっと、今の自分では居られなくなる。匠の暗い、焼き尽くすような情に呑まれてしまう。
「寧々……好きです、愛しています」
熱く愛おしそうな目をした詠臣が、寧々に微笑んでいる。
寧々の心に、温かくて、甘い、幸せな気持ちが溢れた。
詠臣の唇が、寧々を優しく愛撫するようにキスをした。それに応えるように寧々がソファに立ち上がり、詠臣の首に抱きついて、ちゅ、ちゅっと可愛いキスをした。
「私も、詠臣さんが好き、私の方が愛してます」
「私は、寧々には何も敵いません。貴方の愛の方が、私のものよりも価値があり、綺麗で素晴らしいものです」
詠臣が寧々の腰を抱いて微笑んだ。
「そういうことじゃ無くて、私の方が詠臣さんに惚れているって事です」
寧々が、詠臣の頬を軽く摘まんだ。その寧々の手にチラリと視線を向けた詠臣が、小さく笑った。
(可愛い……格好いいのに、可愛い……コレがギャップ……胸がきゅんきゅん苦しいです)
「私は幸せ者です。誰よりも」
詠臣の言葉に、寧々は何も言えず手を離した。
「私、もっと詠臣さんの役に立ちたい、詠臣さんを支えられるような人になりたい」
寧々は素直な気持ちを吐き出し、ソファに膝を抱えて座り込んだ。
「私は、そんなに頼りないですか?」
詠臣は、ソファの前に回ると、寧々の前に跪いた。
「そうじゃなくて……」
寧々は、決して詠臣が一人で立っていられないような人間だと思っているわけじゃない。
(あれ……でも、詠臣さんを支えるって……何? 実際、突き詰めて考えたことがなかったけど……例えば、詠臣さんは、一人で此処に来たとしても、何の問題も無く、その能力を遺憾なく発揮するはず……詠臣さんが、パートナーに求めていることって何なんだろう)
「私は、寧々が微笑んでくれるだけで、功績を挙げるより高揚します。貴方に口付けるだけで、この世の誰よりも恵まれていると思います」
「待って! ちょっと待って下さい……」
貴方のと、なおも続けようとする詠臣の唇に指を立てて止めた。恥ずかしくて、いたたまれなくて聞いていられなかった。
「私、そんなに大層な女じゃないです……それは、恋は盲目とか、そういうアレかと……」
「そうですか? 寧々は私には勿体ないほどの人ですが、何か問題が?」
あまりに当たり前に言われて、段々と、悩んでいた事がどうでも良くなってきた。
「ありません……私も、詠臣さんが何をしていても素敵に見えます」
「私は……素敵とは、ほど遠いです。貴方を守れなかった事が一番情けない……」
詠臣が立ち上がり、顔を寧々の首筋に近づけ口付けた。そして、怪我の治った後頭部を撫で、肩に触れ、腕にもキスをした。
「貴方に触れられるだけでも許せないのに……」
詠臣の漆黒の瞳が怒りで纏っている雰囲気を変えた。
「貴方を拘束し、恐怖を与え……暴行するなんて……」
「詠臣さん……私、もう大丈夫です。怪我も治ったし。詠臣さんの事、怖いと思ったりしないです……だから、もっとキスして下さい」
寧々が顔を紅くして、ソファに寝転ぶと、腕をのばした。
「……貴方は」
目を閉じで息を吐いた詠臣が、寧々に覆い被さるようにソファに乗り上げた。
二人は、お互いしか視界に入らないくらい近くで見つめ合った。
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