あの時、君の側にいられたら 【恋愛小説】

いんげん

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第三十七話 琳士との再会

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目の前に現れた匠のバイクに乗り、その背中にしがみつくと、バイクが走り出した。
(そういえば、琳士とは自転車の二人乗りしたことあるけど……バイクは初めてかも。詠臣さんは、何でも運転できるけど、バイク乗っているの見たことない……ちょっと怖くてしがみ付いちゃう分、密着しちゃって、凄く気まずい。詠臣さんと匠さんは、身長同じくらいで二人とも鍛えているけど、何だが匠さんの方が……硬い……)
 抱きついていると、匠の体温まで感じた。
 人の温もりを感じて、最後に詠臣に抱きついたのは、いつだったか。寧々には凄く遠い昔の様に思えた。付き合い始めたころは、距離が遠くて、触れあう事なんて少なかったけれど、一緒に住むようになってからは、寄り添うことが多かった。隣に座るだけで、抱き寄せてくれる長くて逞しい腕が大好きだった。
 でも、どこから歯車が噛み合わなくなったのか、今では詠臣は寧々の隣に座らない。一緒に歩いていても手を繋ぐどころか距離を感じる。

(一緒にいるのに……寂しい……やっぱり、無理に着いて来ようとしたのが良くなかったのかな…)
 ボンヤリ流れる景色を見ていると、バイクが止まった。

 この人口島は、かなり大きい。当時は周辺諸国の海竜被害が深刻だったために、環境被害について論じる事が少なかったけれど、この島が出来たことによって、住処を失った生物も居ただろう。しかし、海竜の被害が大幅に減ったことが評価されているので、批判的な意見は少ない。

 寧々の住む居住区とは、少し趣が違った。島の東に位置する、船着き場や軍事施設の近くにある辺りだった。坂が多く、ゴチャゴチャとコンクリート住宅が建っている。車は通れそうもない。
 バイクが止まった目の前には、家が建っている。
(日本のお家とは全然違う……灰色のコンクリートのお家が計画なしに密集している感じが、どこかスラムっぽい気がする……)
 寧々がキョロキョロしていると、匠にヘルメットを取られた。
「行くぞ」
 匠が歩き出して、目の前に家にノックもなく、鍵を開けることもなく入った。慌てて寧々が後を追った。

「おかえり」
 家の中の住人が、振り向きもしないで言った。
 部屋はお世辞にも整っているとは言えなかった。テーブルの上には、書類が散乱し、無造作に銃や弾薬が置かれ、棚の上にも食品や物が溢れている。そして、奥のパソコンの前には、大きな男性が座っている。
(あれが琳士?)
 後ろ姿なので、寧々には判断が出来なかった。しかし、声は琳士だった。
「琳士?」
 寧々が思わず声に出して聞くと、相手が作業を止めて勢いよく振り返った。
 それは、大分印象が違ったけれど、琳士だった。最後に見た時は、背ばっかり高くて、ヒョロヒョロの高校生だった琳士が、大人の逞しい男性に変わっていた。
「寧々⁉」
 椅子を倒して立ち上がった琳士が、駆け寄ってきた。
 近くに来ると、余計大きく感じる。184㎝ある詠臣より、さらに大きい。ふわふわの鳥の巣のような髪は、今では眉の下くらいのマッシュショートになっている。半袖のTシャツは肩幅と胸の筋肉の所がピチピチだ。

「琳士、大人の男の人になってる! 誰なの?」
「はあ? 何なのその感想!」
 見た目は、変わったけれど、琳士の、顔をくしゃっとさせて笑う笑顔は変わっていなかった。変わらない様子の琳士に嬉しくなった寧々は、目の前の琳士に抱きついた。
「ちょ……ちょっと、ねぇ……寧々、何なのその怪我、どうしたの?」
 琳士は、抱きついてきた寧々に困惑し、両手を挙げながら聞いた。

(どうしよう……二人におじさんの事は伝えたいけど……こんなに直ぐに会えるとは思ってなかったから、怪我治ると思ったのに。余計な罪悪感とか持って欲しくないし……)
 寧々は、琳士の質問には答えずに、抱きついていた腕を解いた。
「長い枝だった琳士が、ムキムキになってる」
 寧々は、琳士の胸をパンパン叩いた。
「そりゃあ、もう八年も軍人やってるからね」
 琳士は、頭を掻きながら照れたように笑った。目はパッチリしているのに、相変わらず笑うと目が閉じているように見える。
「良かった、二人にまた会えて……凄く嬉しい」
 匠に会った時は、あまりの変貌ぶりと、命を狙われているという事態に、再び会えた喜びよりも心配の方が勝った。でも、今は、嬉しくて涙が流れてきた。

「俺も嬉しいけど、なんでこの島に? それに、その怪我、ほんとにどうしたの? 全然素直に喜べないんだけど」
 琳士が自分のシャツの端を引っ張って、寧々の涙を拭った。
「お前、あの男に殴られているのか?」
 二人の様子を一歩引いて見守っていた匠が、テーブルに腰掛けて聞いた。
「……え?」
(あの男って誰?)
 あの男に思い当たりがない寧々は、視線を彷徨わせた。

「寧々……これ殴られた跡だよね」
 琳士の長い指が、寧々の唇の端に優しく触れた。
「……あの……事故、事故に遭ったの!」
「お前の嘘が通じると思ってるのか?」
 匠が腕を組んで、寧々を怖いくらい真剣な顔で見ている。その鋭い目に見られると、全てを見通されている気がした。
「寧々、教えて。俺達、ずっと寧々のことが気になってた。寧々が元気にしているか、寂しい思いをして泣いて無いかって。おじいさんが亡くなったって知った時は、心配で堪らなかったんだよ」
 琳士が大きな体を屈めて、寧々を覗き込んだ。

「これは……その……強盗みたいなもので……」
「寧々……」
 匠がテーブルから離れ、琳士を押しのけ、寧々の目の前に立った。威圧感のある匠が目の前に立つと、嘘をついている寧々は前を見られなかった。
 匠が、寧々を驚かせないように、緩慢な動作で寧々の肩に手を置いた。

「平 詠臣に暴力を受けているのか?」
「っ⁉」
 予想外の質問に、寧々が目を見開いて匠を見上げた。
「それなら……お前を此処から帰さない」
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