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第三十二話 逃亡(暴力、モブレ未遂)
しおりを挟む「……っ……いた……」
他人から暴力など受けたことがなかった寧々は、痛みと恐怖で震え、抵抗することもできず、倒れたまま痛む頭を抱えた。
「素直に教えた方がいいぞ……覚えてるよな? 俺が殺人犯だって」
仁彌は、床に上がり寧々の足を跨ぎ、上半身を倒して寧々の髪を掴んだ。
「……二人とは、もうずっと会ってないから…あっ……やめっ……いやああ!」
弱いものにも暴力を振るい慣れている仁彌は、寧々を容赦なく殴ると、その細い腕を踏みつけた。
「きゃああ!」
仁彌は、薄ら笑いを浮かべながら、興奮した様子で寧々を見下ろしている。
痛みも強いけれど、今までの人生で出会ったことの無い、得体の知れない人間に……寧々は心底、怯えていた。
(何が……楽しいの……)
「知らない事ないだろう……あんなに仲良しだっただろう。アイツらは何処に隠れているんだ?」
仁彌が寧々の右手首に体重を乗せて、グリグリと押しつぶし始めた
「あっ……いっ……いやぁ……いたっ……」
何とか腕を引き抜こうと、反対の手で仁彌の足を掴んだけれど、体格も力も違い過ぎて全く歯が立たない。それどころか、寧々の些細な抵抗を、声を立てて笑い、楽しんでいる。
「骨が折れる前に、言ったほうがいいんじゃないか? ほら」
仁彌が、ぐっと足に体重を乗せ、寧々が声にならない悲鳴を上げた。
(この人……刑期を終えただけで、何も更生なんてしてない……あの時のまま……二人を苦しめたあの頃のままだ………怖い、凄く怖いし、痛い……逃げ出したい! でも、こんな人に何も教えたくない!)
「……知らない……知ってても……貴方になんて……なにも……あああ!」
仁彌の足が一度持ち上げられて、逃げようと体を動かした寧々の肩を踏みつけた。
「きゃああ!」
寧々が痛みと衝撃に叫ぶと、仁彌は満足そうに微笑んだ。
「ほら、さっさと話せ……それとも、こっちの方が良いか?」
仁彌が倒れている寧々に覆い被さり、太股に手を差し入れてきた。
「ひっ」
息を呑んだ寧々は、パニックになった。
顔を寄せて間近で見下ろされ、仁彌の興奮した息づかいが耳に響く。荒れた熱い手が、寧々の足を撫で回している。
「やっ……いや……」
気持ち悪い。体の痛みも、恐怖も忘れるくらい、仁彌の触れている手が、重なった体が、気持ち悪くて、息ができない。
「いや……やめて……詠臣さん! 詠臣さん!」
仁彌の体を押し返そうと、痛む体にむち打って抵抗をするが、相手はビクともしない。
(呼吸ができない……頭がぼうっとしてきた……だめ、このまま意識がなくなったら……絶対だめ……)
『寧々!』
「えい、しんさ……」
寧々の意識がおぼろげになってきた時、玄関ドアの向こうから、詠臣の叫び声が聞こえ、鍵が一つ、二つと解除された。
舌打ちをした仁彌は、寧々から離れると、ドアに張り付いた。
「寧々⁉」
ドアを開けた詠臣が、突進してきた仁彌を驚くこともなく、引き倒した。寧々には抵抗も出来なかった仁彌が、首の後ろと腕を掴まれ、床に押しつけられている。
「くそっ……離せ!」
仁彌の体は半分玄関から出てる状態で取り押さえられた。詠臣を振り払おうと抵抗しているが、全く歯が立っていない。
「……寧々!」
詠臣は直ぐ側で、無残な姿で倒れている寧々を見て、驚愕した。
同時に、この男に対して、強い殺意が湧く。つい捻り上げた腕を強く引いて肩の関節を外したくなった。
「……詠臣さ……んっ……あっ……」
体を横に倒して、何とか詠臣の方を向いた寧々が、胸を押さえて苦しみ始めた。
「寧々⁉」
「平さん!うわあ」
騒ぎを聞きつけた隣の住人が部屋から出てきて、取り押さえられた仁彌を見て驚いている。
「部屋に戻って、救急車と通報を!」
「は、はい!」
隣人が、走って部屋に戻ると、詠臣は仁彌を取り押さえるのを辞めて寧々に駆け寄った。その隙に、仁彌が走り出して逃げることは分かっていたが、今は寧々の方が最優先だった。
「寧々!」
詠臣は、駆け寄った寧々の姿に、心臓が凍るかと思った。どうして、こんな頼りない華奢な女性に暴力を振るえるのか、理解が出来ない。いっそのこと殺してやればよかったとさえ思った。しかし、今はそれどころではない。常に携帯している寧々の薬を取り出した。
「寧々、起こします」
詠臣は、寧々の背中に腕を回して抱き起こした。
「……んっ……はぁ…はぁ……いっ……痛っ……えい……しん…さ……」
胸を押さえて、呼吸も絶え絶えになる寧々に、詠臣の顔色も真っ青になっている。
「呑んでください! 寧々……寧々……」
頭を支えて、その頭から出血している事に気がつき戦慄する。顔も殴られて唇が切れ、腕にも擦過傷がある。きっと時間が経てば、彼方此方が腫れてくるだろう。
詠臣は、作戦中に大けがをしたり、海竜に喰われる陸軍の人間を何人も見たが、比べものにならない動揺をしていた。
あの男は何だったんだ。押し込み強盗か? 寧々のストーカーか? どちらにせよ、只では済まさない。殺さない程度に痛めつけて、ヘリから海竜の上に投げ捨てたい。詠臣は、冷静に対応しようと必死に寧々の様子を窺いながら、思考の端で男への殺意が止まらなかった。
救急車が到着し、詠臣は、寧々に付き添いながら、警察の聴取も受けた。
監視カメラの映像によると、あの男は、昼頃からずっと寧々が出てくるのを伺っていたようだった。
詠臣は、部屋まで寧々を迎えに行くと提案しなかった自分が悔やまれた。そうしていれば、不審な男に気がついただだろうし、寧々はこんな目に遭わなかった。
「……すみません」
病室のベッドで眠る寧々の怪我をしていない方の手を握り、何度も謝罪した。
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