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第二十六話 可哀想な……
しおりを挟む「最近、詠臣さんの様子がおかしいの」
「はぁ? 何が?」
寧々は、久々にあった美怜に、かつてのように相談を始めた。
美怜は卒業後、対海竜兵器からロケットの部品までを手がける民間の企業に就職をした。二人の交流は、途絶えることなく、頻度は減ったけれど、よく会って話をしていた。
「心、ここにあらずだったり、前は出かける時は、聞いてないのに、何処へ何をしに行って、何時に帰ります。って話してくれてたのに、所用で出てきます。って何時間も帰ってこなかったり……あ、多分これが普通なのかもしれないのは分かってるんだけど……とにかく、何だかおかしいの……」
「まぁ、仕事も色々有るんじゃない? あの男に限って浮気路線だけはないわ。もう夫というか、アンタの事を天使かなんかだと思っている信者だから、下々の女に一ミリも興味ないから」
「そ、それは言い過ぎだと思うけど……相談されないのが情けなくて悲しい」
寧々は、詠臣との関係に当初からずっと、不安を抱いていた。出世の馬でないなら、自分は詠臣にとって、ただのお荷物なのではと。
金銭的には、両親の死亡時に支払われ、祖父が管理してくれていたお金も、祖父の遺産もあり、多くないけれど自分で稼いでいる分もあるので、詠臣の稼ぎを当てにする必要もないし、彼もそれを理解しているのに、寧々に有り余る生活費を振り込んでくれている。じゃあ、家事は在宅の自分が頑張ろうと思うけれど、士官学校卒の詠臣は、とにかく手がかからない。自分の事は自分できっちりやるうえに、寧々が気がつく前に色々やってくれている。だから、余計に自分がいる利点を見いだせないでいた。
すぐ体調を崩して、心配と迷惑を掛けるし、自分の体を考慮して、子供はつくらないと決めた。
「私、なんの為の妻なんだろう……」
「愛妻でしょ。友達だって、役に立つから一緒にいるわけじゃないでしょ。寧々は、私にとって落ち着くが二割、面倒くさい三割、面白い五割くらいじゃないかな。総評、なんか癖になるってかんじ?」
美怜の物言いに、ビックリして目を丸くしながら、寧々が喜んでいる。
「そっか」
「もっと腹を割った会話すれば? あんた達、喧嘩とかしたことないの? まって、無いわね。有るわけ無い。想像できないわ、怒鳴る武士も、ぎゃーぎゃーする寧々も。たまには、ぎゃーぎゃーしてみれば?」
「ぎゃーぎゃー、む、むずかしい」
「私なら、彼氏が少しでも不審な所を見せれば、胸ぐら掴んで、おい! 最近、コソコソと何やってんだ! バレてないと思ってんのか! 他の女だったら覚悟出来てんだろうな……ってやるわ」
美怜は、寧々に顔を近づけてチンピラのようにガンを付けた。
「そっか、うん……意見交換、大事だよね……うん……」
「意見交換! あっ、寧々ならポロポロ涙ながしてみれば? 超かわいい、可哀想かわいいよ! どうして話してくれないの……って、あー!見たい、武士のギョッとして慌てふためく姿が見て見たい!」
乗り出していた体を、座席にもどして、美怜は自らの膝をバシバシと叩いた。
「そんなに都合良く泣けないよ。それに、私、強い女性になりたいの!」
「あ? アンタ、結構頑固で強い女だと思うけど」
「本当⁉ 嬉しい。ちょっと頑張って聞いてみる」
仕事のトラブルが発生した美怜と早めに別れ、自宅に戻ると、マンションのエントランスから見覚えのある女性が出てきた。黒髪のベリーショートで、詠臣と同じ頭から足の先まで意識されている美しい姿勢。詠臣の部下の飯島だった。
(どうして、飯島さんが此処に? 詠臣さんに何か用があったのかな)
「こ、こんにちは」
「……」
声をかけて良いものか悩んだけれど、隠れるのもおかしいな、と勇気をだして挨拶をした。すると、飯島は、唇を噛み寧々を睨んだ。
「ちょと、よろしいですか」
飯島は、ついて来いとばかりに顎をしゃくって寧々の横を通り過ぎた。
「は、はい!」
命令や指示に慣れた彼女の圧に、寧々は圧倒され返事をして、歩く速度の速い彼女の後を必死に追った。飯島は、すぐ側の公園まで来ると、自動販売機の側面に背中を預け、腕を組んだ。
「単刀直入に言いますけど、離婚して貰えませんか」
「り、こん?」
飯島の口から出てきた予想外の言葉に、声がうわずった。飯島は、寧々を射貫くように見つめて居るが、寧々の視線が地面を彷徨っている。
「そうです」
「なぜ……飯島さんが、そんなお話しを……」
寧々は俯いて顔を覆うように流れた髪を耳にかけ、飯島の足下を見ながら聞いた。飯島の履いている靴は、詠臣も持っているアウトドアシューズだった。目に映る自分の可愛いパンプスとは違う。
「貴方が彼の人生を狂わせるからです」
「……」
狂わせるとは穏やかではないが、お荷物であると思っている寧々には二の句が継げなかった。沈黙し自分の右手で左手をギュッと握りしめた。
「貴方は知っていますか? 彼が貴方のせいで軍を辞めて、民間企業に移るつもりなのを!」
「え……」
思わず、顔を上げて飯島を見た。
(もしかして……最近、詠臣さんの様子がおかしかったのは……)
「彼は、特別な任務で、私たちとSDIに行く予定なのに、貴方がそれに連れていけないからと、仕方なく辞令を断りました。この任務は、平 詠臣でなければならないのに!貴方のせいで、彼は使命を捨てた。そして、それによって何人の部下が命を落とすことか! アンタなんかのせいで‼」
飯島が声を荒げて寧々の二の腕を掴んだ。
「……」
「アンタは、彼に相応しく無い! もう少しまともなら目障りだけど、一緒に連れて行って貰えるのにね……それも不可能なら、別れてよ。彼の人生の邪魔ばっかりしないで!」
飯島の言葉が寧々の心に刺さる。自分の情けなさと、彼女の威圧感に泣きそうになったけれど、ここで泣いたりしたら、目も当てられないと必死で堪えた。
(飯島さんの言うこと……真実すぎて苦しい。もしこの話が全部本当なら……まさに、その通り過ぎる)
寧々は昔から、何でも周囲と同じように出来ない、普通じゃない自分を嫌っていた。普通じゃない事で、家族には沢山心配をかけた。両親も、祖父も最後まで自分の心配をしていた事だろう。そして、そんな彼らに、何の孝行も出来なかった自分を悔やんでいた。
詠臣にも、いつも気遣って貰い、助けて貰うばかりで、心苦しかった。
自分も誰かの役に立ちたい、大好きな人に心配など掛けず、何かの助けになりたい……それが出来ないなら、せめて邪魔になりたくないと思っていた。
「黙ってないで何とか言ったらどう? そうやって可哀想な女になるの?」
「っ⁉」
駄目だと思うのに、涙が流れた。
寧々は自分を良く思わない人間に、笑って可哀想と言われる事が多かった。何度、匠や琳士に「可哀想なのはお前の方だ」と庇って貰ったことか。思い起こせば、大人になってからは言われた事が無かった。
寧々が泣き出した事で、飯島は大袈裟にため息をついて、呆れたという態度を取った。
「よく考えて、優しくて面倒見の良い彼は、義川元空将亡き後も、今更捨てられないからアンタと一緒にいたけど、もう解放して」
「……」
何か答えなければと思って、焦れば焦るほど言葉は出てこなかった。寧々の腕を掴む飯島の力が強くなった。
「アンタが、少しは彼の事を考えるって信じてるわよ」
涙を流しながら見つめる寧々の腕を、突き飛ばすように離すと、飯島が背を向けて去って行った。
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