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第二十五話 詠臣と匠
しおりを挟む詠臣は、先に眠った寧々を見つめていた。
「……」
見る度に、どうしてこんなに綺麗な顔をしているのかと不思議に思う。そして、年々愛しさが増している。
詠臣が、初めて寧々を見たのは小学生の時だった。
両親の仕事の都合で、引っ越しの多い子供時代だった。しかし、成績も優秀で、スポーツにも自信があり、人当たりも良かったので、何処へ行っても人気者だった。色んな街で暮らし、どこでも一番優秀な生徒になれた。寧々の暮らす街に来た時も、何の不安もなかったし、大きな期待もしていなかった。
ただ、生まれて始めて、勝てないかも知れないと思う相手に会った。葉鳥 匠という少年だった。
彼は、その場の中心で王様だった。勉強する素振りもない、授業中も他の本を読み、テストも適当に終わらせる、体育も本気では参加しない。それなのに、誰より優秀だった。周囲の人間は彼に群がって、どうにか視界に入ろうとしていたが、彼はまったく興味が無さそうだった。もちろん、転校してきた詠臣にも。
彼が本気でやらないから、詠臣が全てトップに立ったが、子供ながらに分かった。自分は、努力し優秀である、秀才で、彼は天才といわれる人間だと。
不思議と嫉妬心は、湧かなかった。ただ、目が覚めた。少し羨望もしていた。
そんな、葉鳥 匠が唯一興味を示すのは、弟の琳士と、幼馴染みの義川 寧々だった。
初めて寧々に会ったとき、詠臣は弟二人の付き添いで公園にいた。そこへ、匠と琳士、寧々がやって来た。最初は、匠の妹だと思った。凄く可愛い顔をした目を引く子で、落ち着きのある賢そうな雰囲気で、流石、彼の妹だな、と思った。
自然と寧々に目が行って、ぼうっと見ていたら自分の弟を見失って、焦っていると寧々が「向こうにいったよ」と詠臣に声を掛けてくれた。
その後、学校で見かけてクラスメートに名前を聞いて、妹ではないと知った。
葉鳥兄弟と寧々は、いつも一緒だった。
校庭で、近くの公園で、道で見かけると目が彼女から離れられなかった。
初恋だった。ただ、どう見ても寧々は匠が好きだったし、匠も寧々を大切にしていた。よく体調を崩す寧々を口うるさくも、大事にしているのが分かった。
彼女に近づくでもなく、月日は流れ……事件が起きた。葉鳥兄弟の父親が逮捕され、周囲は彼らも犯罪者であるかのように接した。孤立し、様々な嫌がらせを受ける彼らだったが寧々だけが変わらなかった。毅然とした態度で、周囲に注意をし、彼らに笑顔を向け続けた。羨ましかった。葉鳥 匠が。そんなにも想われている彼が、とても羨ましかった。
詠臣は、自分も彼女に想われるような人間になりたいと思った。だから、今まで以上に努力をした。いつか、相応しい男になりたいと。
しかし再び、街を離れる事になり、彼女の近くには居られなくなった。
そして、人づてに葉鳥兄弟が居なくなった事を聞いた。
士官学校を卒業し、入隊すると空軍で寧々の祖父である、義川空将に目を掛けて貰い、空将から寧々の話を聞き、変わっていないのだと嬉しかった。
幸運な事に、詠臣は、寧々と交際をして、結婚することも出来た。一緒に過ごす時間が長くなるほど、より大切な存在になった。
ただ、常に本当に自分で良いのだろうかと、不安が付きまとった。
今更、葉鳥 匠が帰ってきたとしても、絶対に寧々の事は手放せないけれど……今、一心に自分に向けられている寧々の気持ちが、離れてしまうことが恐ろしかった。
パーティーで、寧々がキエト少佐を、匠さんと呼んだときは、心臓が凍った。やはり、寧々は彼を忘れていないし、彼は天才だった。今回のSDIの新システムの発案者も、キエト少佐だ。
葉鳥 匠は、自らの命も惜しまず、あの島で戦い遺憾なく、その能力を発揮している。一方の自分はどうだろうか。海竜対策の進んだ日本の整った環境で、そつなく任務をこなし、仲間にも恵まれ、愛する人と幸せを謳歌している。
自分はこのままで良いのだろうか、詠臣は悩んだ。
一生、男として、軍人として、葉鳥 匠に劣等感を抱き続けたくなかった。もう、いっそSDIに派遣され、功績を残し、彼を越えたかった。しかし、そんな自分のエゴの為に、寧々と十年も離れて暮らすなんてあり得ない。彼女と共に居たいし、心配が尽きない。
詠臣は、寧々の額にキスを落とした。
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