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第二十四話 海外派遣

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 冬の寒さが少し緩んできた二月、詠臣は空軍の本部に呼び出しを受けた。
 一体何事かと、幕僚長の執務室を訪れると、そこには、幕僚長の他に、直属の上官、外務省、SDI日本支部のトップが揃っていた。嫌な予感が詠臣の頭をよぎった。初めは各々の挨拶が交わされ、その後、本題に入った。

「君と、その部下数人を最新の戦闘機ごと、十年ほどSDIに派遣したいと思う」
「十年ですか……」
 通常の辞令よりも、遥かに長い。しかも、国外に派遣されるのは、有事でもない今、何故なのかと誰しもが疑問に思うだろう。
「SDIの海岸防衛で新システムの試験的導入が決まった」
 かねてから予定されていた要塞堤防の案は、棄却された。東南アジアの海岸を海竜被害から守る、今後のシステムは、AIを利用したシステムに変わる。
「このシステムの成功が、我が国の海岸防衛において重要なものとなる。高度経済成長期に建設が進んだ、我が国の防衛堤防は老朽化が進んでいる。日本全国の海岸の堤防を作り替えるには膨大な費用が掛かる。将来的に地方の過疎化が進む事は明白であり、全てに金を掛けるわけにはいかない。もし、このAIシステムがSDIで成功すれば、防衛費は大幅に抑えられる、将来的に殉職する軍人も減るだろう。我が国としても、このシステムを導入したい。だから、SDIでの試験的導入に費用も人員も協力する事に決まった」
 幕僚長が、演説するように語ると、SDIの日本支部の人間が前に出た。
「SDIは、日本の空軍の兵器と戦闘技術、マニュアルを新システムにくわえたいと考えています。沖に現れた巨大な海竜には、戦闘機による攻撃。海岸線では設置する管制システムに引っかかった海竜を、追尾自爆型ドローンとヘリからの迎撃を予定しています。日本ではもう戦闘機が主流ですが、ご存じでしょうが、他国では未だに古い装備で砲撃する国も多い。酷いところだと出稼ぎの外国人労働者を海岸で使い捨てる国もある。このシステムは、日本の財政だけではなく、多くの命を救うものとなります」

「私は、海外への派遣を希望しておりません」
 これ以上、御託を並べられても、詠臣はSDI島に行くつもりはなかった。
「君の部下は、君が行くならば辞令に従うそうだ。今回の派遣には、通常ではない手当が出る。帰国後、階級も上がる」
 デスクのパソコンの向きを変えられた、モニターには現在の三倍の金額が記されている。しかし詠臣は、今でも、平均的な社会人の年収を遥かに超えている。金銭的に困っていない。

「私の妻は、複数の心疾患を抱えて、体も強くありません。国内の異動辞令には従いますが、SDI島での生活は出来ません」
 SDI島は、東南アジアの海に作られた、対海竜用の人口島で、東に一つ。西に一つある。先進国の出資と軍隊の派遣で成り立っている。島には軍人と十五歳以上のその家族、島で営業や活動を許可された人間のみで構成されている。日本も軍人を派遣しているが、SDI派遣を謳って募集した志願兵が大半だ。
「義川元空将のお孫さんだろう。承知しているが、SDIにも各国の優秀な医者が揃っている。住み心地も悪くないと聞いている」
「両親を海竜に殺された妻を、海竜の襲撃が頻繁にある場所に住まわせる事はできません」
「今回の派遣は、君無しでは考えられない。日本としては君を派遣することは痛手だが、家族を置いてでも行って欲しい」
「二、三年であればと思いますが」
 十年とは壮大な話だ。確かに、日本に新しいシステムを導入する為の実績としては、それくらい求められるのだろうが。十年も禄に帰る事が出来ない単身赴任をするには、詠臣には不安が強い。寧々には自分以外、近くに家族が居ない。自分の両親と兄弟は全国に散っていて、いざというときに頼りにならない。
「行ってくれるならば、出来る限り融通する。医療スタッフも、生活環境も。春までに考えてくれ」
 

 帰宅途中の詠臣のため息は深かった。寧々を連れて行く事は考えられない。しかし、十年も一人で残して行き、寂しく過ごさせる事が寧々の為だとは思えなかった。
 軍を離れて、民間の飛行機乗りに転身するか、そんな考えまで彼の頭をよぎった。戦闘機に乗り、海竜と戦い国を守る事は彼の誇りでもあったし、生涯をかけて従事しようと考えていたが……。

「……寧々」
 最寄り駅で電車を降り、自宅マンションへと歩いていると、少し先のカフェから寧々が出てきた。今日は打ち合わせがあると聞いていた。寧々の為に店のドアを開けた男の笑顔が心をざわつかせる。彼女の美しさや、朗らかで優しい性格、すこし愛らしい失敗をするところ……全てが男の目に魅力的に見える。自分もそうであるのかと心配になる程、彼女を前にした男達は締まりの無い笑顔を浮かべ、照れたように鼻の下を伸ばす。
 彼女の薬指に填まる指輪も、何の抑止力にならない。

 例えば自分が彼女を自由にしたならば、後任に志願する男が沢山居るだろう。
 想像するだけで、腹立たしい。嫉妬が止まらない。結婚しても、未だに一抹の不安が残っている。
 それは、最大のライバルが、自分で倒したわけではなく、相手が勝手に堕ちていったからだろうか。寧々を信じていないわけではない。詠臣は自分に自信が持てなかった。
「詠臣さん!」
 向こうで詠臣に気がついた寧々が、大きく手を振っている。男の視線が此方を向いて、明らかに暗い表情に変わった。寧々が男に頭を下げて、此方に向かってくる。
 詠臣が、男に向かって、会釈をすると、相手もそれに答え、此方とは反対に歩き出したが、二度も寧々を振り返っていた。

「偶然ですね。私も、今終わった所なんです」
 寧々が笑顔で詠臣を見上げ、腕に抱きついた。
「お疲れ様」
 詠臣は、まだ少し嫉妬心が残っていたが、寧々が相手を全く意識していない事は分かっているので微笑んだ。寧々が嬉しそうに自分を見上げている。それが愛おしくて、つまらない感情が消えていった。そして、先ほどの話を思い出した。

「詠臣さんも、お疲れ様です。大変だったんですか?  何だがお疲れですね」
「大丈夫です。ただ、慣れない堅苦しい場でした」
「そうですか。じゃあ今日は、帰ったらのんびりしましょうね」

行きたくない。この幸せを手放したくない。詠臣には、その思いが何より強かった。しかし、自分が行かなかった場合、どのような編制になるのかと考えると、頭が痛い。SDIに行って、世界各国の軍隊の入り交じった場所で、良いように使われるだけでなく、同等に渡り歩き立場を確立した上で、自分の部隊を纏め、一人の犠牲なく海竜と戦いきる事ができる戦闘機乗りは、いるのだろうか。 もしも、日本人を派遣し、多くの犠牲など出た日には、新システムの導入はあり得ないだろう。軍への批判は強くなる。
 
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