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第四話 お見合い
しおりを挟む美怜の指示通り、寧々はタクシーに乗り、ホテルについた。
(お見合いって、何となく誰か付き添いの人とかが居て、料亭とかで行われると思ったけど、違った。二人っきりで、ホテルの上層階のオシャレなレストランの個室なんだ……)
寧々は、早く到着しすぎたので、ホテルのロビーをウロウロしていた。
すると、何度が耳にした事がある、緊急警報がスマホやロビーのテレビから流れてきて、心臓がドキッと跳ねた。
『ただいま入りました情報によりますと、神奈川県沖にスピノサウルス数体の接近が認められました。避難対象区域の住民は自治体の退避勧告に従って速やかに身の安全を確保してください』
テレビではアナウンサーが避難対象地域の地図を映し出しながら警告をしている。
ホテルの従業員が、せわしなく動きだした。此処は上層階では海が見えるけれど、海岸からは距離があるので、避難は必要ないと声をかけている。
そして、ホテルのロビーのガラス張りの窓の向こうでは、近くの基地から発進しただろう戦闘機が轟音とともに海へ向かっていった。
「……」
(もしかして……今の戦闘機の中に、今日お会いする予定の平さんも?)
海竜対応の軍人さんは、非常時には緊急招集が掛かる。きっと、平さんも此処には現れずに現場に向かっただろう、と寧々は心配になった。
(緊急警報が出るくらいだから、危ないよね……)
寧々は急いでエレベーターに乗り、海が見えると言われていたお見合い予定のレストランへ急いだ。
(怖いけど……気になって、心配でしょうがない……)
招集されずに来るかもしれないと、一応席を予約している時間ギリギリまでは、待ってみることにした。食事が喉を通る気がしなかったので、謝ってお支払いだけして料理は断った。
海に面した方角が全面ガラス張りだったので、寧々は窓の前に立って海を眺めた。
ホテルに着いた時は、まだ夕方だったけれど、今はすっかり外は暗くなっている。恐らく海岸の防衛ラインよりも遠くで戦闘が行われていて、時より光る閃光は遠い。
白亜紀から存在しているスピノサウルスは、現代までに更に進化を遂げ、体長は三十メートルを超し、凶暴さが増したと言われている。背中の長い帆を利用して、器用に海を泳ぎ回り水中と陸を自在に移動する。空から攻撃するヘリを長く太い尻尾で撃墜させることもあるという。
寧々の握りしめている手が微かに震えている。
島国である、この国の海竜対策は、国民にとっても最も重要視されている事項であり、世界を見渡してもトップレベルだ。
国土が広く海から離れて暮らす事の出来る国と違って、我が国は海岸近くの街も多く、海竜が入り込める大きな川も多い。いかに海岸線で海竜を駆除するかが焦点だ。
(きっと……大丈夫……きっと……無事に終わるよね)
呼吸が浅くなり、ドキドキと何時もより早くなる胸をギュッと抑えた。
(やっぱり……無理、絶対に軍人さんと結婚なんてしたくない、毎日こんな気持ちで過ごしたくない……誰かがやらなければならないのは分かる……でも、もう大事な人を海竜のせいで失いたくない)
海上で戦闘をしている、見合い相手と、遠い空の下で戦っているかもしれない二人の無事を祈った。
二時間ほど経った頃、戦闘機やヘリが帰還し、緊急警報が解除された。
ニュースでは、被害が報告されていない。
寧々は、深く息を吐き出して、倒れ込むように椅子に座ると、個室のドアがノックされた。
「はい、すいません。すぐに……」
帰りますと寧々が腰を上げて言いかけると、やって来たスーツ姿のスタッフが「そのままで」と制して、テーブルの上に紙袋と紅茶を置いてくれた。
「ちょっとした軽食をご用意しましたので、お持ち帰りください。緊急警報のせいでお客様も殆どいらっしゃいませんでしたから、どうぞごゆっくりなさっていって下さい」
「ありがとうございます」
お店の方々の優しさに、つい涙が流れそうになった。
折り目正しく挨拶をして、スタッフが立ち去った。
(今度、お爺様を此処に誘おう……)
人の優しさと、温かい紅茶に一息ついて、立ち上がった。
(緊急警報があって交通も混乱していそうだから、タクシーどころか、電車も直ぐには乗れないだろうな……少し散歩がてら近くを歩こう)
紙袋を手に、ロビーへとエレベーターで下りていった。
やはり、周囲の交通は混乱しているのか、帰る事を諦めた人達が、ホテルの部屋を取ろうとフロントには列が出来ていた。
ホテルを出て、ライトアップされている敷地内の公園を見て歩いた。
そこかしこに、恋人達が座って愛を囁きあっている。寝てしまった子供を負ぶってホテルへ向かう家族もいた。
(今、こうして何事もなく過ごせているのは……私たちの見えない所で、頑張ってくれている人のお陰なんだよね)
さっき飛び立った戦闘機を見て、今日はとてもリアルにその事を感じた。
(琳士と匠さんの頑張りで救われている人もいるんだよね……今まで、何処か二人を盗られてしまたって心の片隅で感じてたけど……自分だけが凄く子供だったな……)
寧々は、噴水の前に立って、さっき眺めていた海を思い出していた。
(怖くないのかな? だって……恐竜だよ……どうして皆、戦闘に行けるんだろう……)
「あっ、すごい。空軍だ」
「かっこいい……」
「フライトスーツ……」
周囲の人達がザワザワしているのを感じて、寧々も彼らの視線の先へと顔を向けると、凄い早さでホテルに走ってくる軍人さんが居た。
軍の基地から此処へは、十キロメートルはある。電車も動かない、車も渋滞している為に走ってきたのだろうか。すこしも疲れた様子がない。
(あれは……まさか…)
空軍のワッペンのついた灰緑のツナギで走る、背が高く脚の長い若い男性。
「ねぇ、あなた、アノ男の子、すごい男前ねぇ……」
近くのご婦人が、旦那さんと思わしき男性に言った。
お見合い写真で見たよりも、少し髪は乱れているが、涼やかな目元と、凜々しい眉、しゅっとした小顔。逞しい肉体。
(平さんだよね……)
寧々が驚きながら見ていると、彼は全速力でホテルの入り口に向かい、走り去っていった。
(ど…どうしよう! どうしよう! お見合いに駆けつけた? えっ……どうしよう!)
何と声を掛けたら良いか迷っているうちに、彼はホテルの中に入り、姿が見えなくなった。
追いかけないと、と思い焦って走りだしたが、噴水の前のベンチに置いた紙袋を忘れたことを思い出して戻った。そして、ほんの五十メートル程度なのに、はぁはぁ息を切らしながらホテルに着いた頃には、寧々は、もう彼の姿を見失っていた。
とりあえず、急いでお店に戻ろうとエレベーターを待ったけれど、中々やってこないので、とてもやきもきした。しばらく待ってやってきたエレベーターに飛び乗った。
「義川様! 丁度、丁度いま、お相手の方がいらして、義川様を探しに出て行かれました!」
お店に戻ると、対応してくれていたスタッフから、そう告げられた。
「え! ありがとうございます」
再び、やってこないエレベーターを待って、フロントへと戻ってきた。
相手は背が高い。
(大きい人、大きい人! 琳士や匠さんみたいに頭がとびててる人……)
フロントをキョロキョロと見回したけれど、見当たらなかった。
「すみません、あの……フライトスーツの若い軍人さんを見かけませんでしたか」
外へ出てポーターに話しかけ、相手の行方を尋ねた。
「あっ……あれ? あの……今……多分、貴方を探して声を掛けられたのですが、分かりませんと答えたら、向こうへと走って行かれました」
「そうですか、ありがとうございます」
なぜ、自分を探していると分かったのだろう、と疑問に思いながらも再び噴水へと急いだ。
「……ほんとに……華みたいな女性だった……」
(もう……あそこまで行って会えなかったら諦めよう……ちょっと、苦しい……)
小走りになりながら、寧々が噴水へと走ると、そこには目当ての人の後ろ姿があった。
先ほどの老夫婦と話をしている。
「さっきまで居たのよ。こう……ふわっとした凄い可愛い女の子。でも、貴方をみて走って追いかけていったのよ。デートの予定だったの? もー、良いわね、美男美女! 若い頃をおもいだすわぁ。私も昔は美人だったのよ」
「……はい、あの、では、すみません私はこれで…」
「お仕事だから仕方ないけど、駄目よ、ちゃんと連絡しないと! 彼女泣きそうな顔してたわよ」
「おい、お前……やめなさい、困っているだろう、ほら、彼女が来た」
「あら、じゃあ」
手を振るご夫婦に頭を下げた平が振り返った。
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