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噛まれたの?

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「ポチ!」

俺の身長くらいの土嚢でできた壁を豹兒が乗り越えてきた。擦れてできている土嚢の隙間から生えた草が揺れた。コンクリートの上に溢れて広がった砂が、豹兒に踏まれて音を立てた。

「豹兒…」

舞い降りてきた豹兒は、素早く俺を抱き込んで、銃を構え周囲を警戒した。
豹兒から伝わる緊張感で肌がビリビリする。肩を掴まれ胸に押し付けられるような姿勢から抜け出せない。豹兒の心臓がドクドクと早く鼓動している。

「豹兒!ゾンビ!ゾンビがバイクに乗って工場に来たと思う!」
「……そう」
急に豹兒の力が弱くなった。しかも、豹兒は銃を構えるのをやめて、俺を引き剥がすと、上から下まで眺めた。
「ひょ…豹兒!早く工場に戻って危険だって…「コレ噛まれたのか!?」

皆を助けに行かなきゃ、と言おうとしたのに豹兒が俺の右手を強く掴んで、怖い顔で迫って来た。
突然詰め寄られるように迫られて、豹兒の迫力に驚いて言葉が詰まる。豹兒の顔が怖いし、がなるような声だった。

「ポチ!!」
豹兒が怒鳴って、右手首を更に握りしめた。凄く痛い。しかし……それよりも豹兒のもう一つの腕が、腰のナイフを掴んだことに目を剥く。まさか……俺ゾンビになるって思われている!?

「ちょっと!待って!ゾンビじゃないの!自分で噛んだの!嘘じゃないから、殺さないで!」
俺は必死に豹兒に掴まれた腕を抜こうとしたけれど、無理だった。豹兒の顔の高さまで振り上げられた鋭利なナイフが振るえている。
怖くて目を瞑って豹兒から顔を逸らした。



「………」
カツンと音がして、豹兒の、ナイフが地面に落ちた。それは土嚢の一つに刺さって、砂が流れ出ている。
そして豹兒もその場に崩れ落ちるように、しゃがみこんだ。まだ掴んでいる俺の手首から、豹兒の震えが伝わってくる。

「豹兒!?どうしたの?」
心配になって、すぐ隣にしゃがみ込んだ。
豹兒は空いている方の腕で頭を抱え込んで、地面を睨み付けている。
「あ゛ー!!」
「ひょっ豹兒!?」
豹兒が。突然、慟哭するように叫んだので俺はビクッと体を震わせて、豹兒に抱きついた。
しかし、豹兒は無反応で硬く目を瞑っている。
「豹兒……ゾンビ、工場に行ったよ……ジフたちが……」
「黙って!」
豹兒の肩を揺すりながら言ったら、顔を上げた豹兒に怒られ……腕を離して貰えたと思ったら、項を掴まれた。
「っ!?」
豹兒の頬と俺の頬が潰れるくらい、強く抱きしめられた。豹兒の上に倒れ込んだ俺の体も隙間無く密着している。
俺の耳に豹兒の震えているみたいな息づかいがかかる。
心配…してくれたのかな。
感じたこと無いくらいの充足感に心がくすぐったい。
「ジフ達のことは……どうでもいい。あの人が負けるわけない」
「…そっか」
凄い信頼感だなぁと、羨ましく感じた。
「ポチが……居なくなったのに気がついて、探してた。ゾンビに噛まれたかと思ったら……凄く怖かった」
「豹兒…」
一度腕が緩んだけれど、離しては貰えず、すぐにまた抱きしめられた。豹兒の頬が、俺の頬にすり寄せられ、彼の髪が耳をくすぐる。首の後ろに組まれた逞しい腕が熱い。
砂が散っているアスファルトの上に座り込んだ豹兒の足の間に挟まれた。

「俺……お前は殺せない……今まで、仲間だったやつ、何人も殺したけど……お前は……無理…」
「……」
それって……どういう事だろうか。
何と答えて良いか分からない。ゾンビにはなりたくないけど、ゾンビになって豹兒やジフ、レッドを襲いたくない。だから、そうなった時は、終わりにしてほしい。
「……ポチ」
まるで縋り付くような声で俺を抱きしめる豹兒の背中に手をまわした。
「……ごめん」
勝手に出て行って心配をかけた事に謝罪するけど、豹兒から返事は無かった。


□□□□

「それで……どうしてゾンビに会ったの」

長い間抱き合っていたけれど、すぐソコの工場の方からは発砲音や物騒な音は聞こえてこなかった。
あのバイクのゾンビは、もうジフとレッドにやられてしまったのだろうか?
よくよく思い出してみると、あのゾンビ、本当に生きている人間みたいだったなぁ。

「畑に来た猿を追い払おうと、あのコンビニまで行ったら、ゾンビが居たんだ!慌てて逃げて隠れてたら工場から銃声が聞こえて、多分あのゾンビ向こうに行ったと思う……」
「……」
目の前に立つ豹兒が目を細め、俺を見下ろしている。
わかる。豹兒の表情がよめるようになってきたから分かる。呆れているのだ。
「凄い背の高い美形のゾンビだった!一瞬しか顔見てないけど、凄かった。眉目秀麗?超絶美形?」
「……」
豹兒の顔が呆れを通り越して、怒りに変わっている気がする。
あのゾンビは豹兒よりも大人っぽかった。豹兒の格好良さには、まだやっぱり20歳の若さというか未完成な蕾っぽさあるけど、あのゾンビは今が最高に花盛りな感じの完成された美しさだった。

「……ゾンビ褒めてどうするの……行こう」

拳銃を手にした豹兒が顎をしゃくった。
とりあえず、俺も拳銃を手にして豹兒の後ろを着いていく。もしかしたら、ゾンビは工場の方へ行かずに、周囲に潜伏しているかもしれない。
全ての物陰が怪しく思えて、緊張する。手に汗が浮いてくる。

「……近くには、居ないと思う。工場の方も凄く静かだ」
工場へ続く道まで戻ってきて、目を瞑り耳を澄ませ周囲の音に集中した豹兒が、俺を振り返って言った。
「それって、どういうこと?」
「アソコ、見て」

豹兒の長い腕が上がって、工場の柵の内側を指さした。そこには、先ほどの大型バイクがある。
真っ黒で割と色々剥き出しなそのバイクは車高が高く、前輪のタイヤが大きくて、後輪は太い。

「柵をなぎ倒したわけでも無く、中に駐車している」
「うん」
「見たの、本当にゾンビだった?」
「え!?」
そう言われると現代での『戸締まりちゃんとした?』の質問くらい自身が無くなる。
「人間だったんじゃ無い?」
豹兒が自分の拳銃をしまい、俺の手からも抜き取って安全装置を確認して戻してくれた。
「人間……人間だったのかな……初めて三人以外の人間見たから……ゾンビだって思い込んでた!確かに、どこがゾンビかって聞かれたら、特に無かった!とにかくビックリしたから、怖くてゾンビだって思った!」
あははは、と恥ずかしくてピンクの毛を掻きむしりながら、笑った。
「昼に出てくるようなゾンビが綺麗っていうのも変だ。明日、ジフが下野の方の人間とゾンビ退治に行く。その相手じゃない?」
「あー、あー、そうか。あれ?でも人間さん、俺の事追いかけて来たよ!なんで?」
随分必死な感じで追いかけて来たから、余計に勘違いしたんだよ。
「……ポチの……昔の知り合い?」
「そう……なのかな?あんな美形忘れそうも無いけど」
一瞬しか見てないけど、マネキンみたいに完璧な顔だった。
「……会わない方が良い」
豹兒が俺の肩をガッシリと掴んだ。

「え?」
「今日は隠れていたら。もしポチに恨みでも抱いていたら……危ないし」
歯切れの悪い感じで話す豹兒の顔は、横を向いている。

「……確かに。ものすごく真剣に追いかけて来た!俺、何したんだろ」
正確には、俺の体に前の持ち主がいるならだけど…。

「……とにかく、裏から入ろう」
豹兒の提案に頷いた。





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