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ジフ視点、犬との生活。
しおりを挟むあの日、あの廃墟であの店に入ったのは、偶然だ。
とくに服や装飾品を探していたわけじゃなかった。ただ、すごく気になって中を覗いた。
すると、店の中には凄く綺麗な顔をした少年が寝転んでいた。
余りに綺麗で、一瞬幻覚かと思った。
しかし、近づいて見ると、腹部が上下して呼吸をしている事が分かった。
顔はベビーフェイスで、髪は見たこと無い少し藤色のはいった淡いピンクだった。
前に、ウィルスに感染した女性から産まれた子供を見たことがあるが、その子も不思議な髪の色をしていた。この少年もそうなのだろうか?
何時でも撃てるように銃口を少年に向けながら、ざっと観察をする。
見える所に噛み跡の傷も、ゾンビ化して腐っている所も無い。だが、そもそもコイツは生きているのか?
俺は、少年を足で蹴った。
□□□□
その出会いから、ポチはウチのグループの一員となった。ポチは役に立たなそうだったが、ポチ一人面倒を見れないほど困窮もしていない。ウィルスのせいで人類は滅亡寸前だが、昔のように街にゾンビは溢れていない、ゾンビも腐って数を激減させた。当初に比べればかなり平和に暮らせるようになった。平和になった分、生き残った者たちは畑を耕したり、家畜を飼ったり、各々の仕事を全うできるようになってきた。俺達グループは戦闘を売りにして生きている。無線を使って他のグループとも連絡を取り合って、時々仕事が入る。
まれに連絡用の無線にはグループの仲間が行方不明になったとの情報提供を望む声も入ってくるが……ポチの捜索はされていないようだ。どんなに人数が多いグループでも、あんな目立つ奴、居なくなったら誰よりも先に気づくだろう? ポチには謎が多すぎた。
記憶喪失というモノがよく分からないから何とも言えないが、知識にムラがありすぎる。誰でもしっているような常識をしらず、誰も知らないような話をする。
最初は警戒して見ていたが、アイツの余りに無邪気な、暢気な姿にすぐにバカバカしくなった。
「ポチが来てから、楽しいっすね、兄貴!」
レッドが馬鹿な事を言っていた。
アイツが来てから、戦えないアイツに付き添ってやる無駄な時間が増えた。一々、人のトイレに付き合うなんてアホくさい。本当に犬の散歩だな。
まぁ、ただアイツの馬鹿みたいな行動に爆笑することは増えた。
「何にもできねぇし、馬鹿だからな」
「可愛いと思ってるくせにぃ、あ、に、き」
レッドが丸太のような腕で俺を押してくる。やめろ、気持ち悪い。
「うるせぇ、黙れ」
まぁ、確かに顔は可愛い。長い睫毛に縁取られた大きな瞳。桜と藤が混ざったみたいな綺麗なピンクの髪。戦う為に鍛え抜いている俺達とは違う、つい抱きしめたくなるような華奢な体つき。良く喋る少し高い声。人懐っこい性格。
まぁ、可愛い……と認めねーわけじゃない。まぁ、可愛いな。
「豹兒とお似合いっすよね」
「ああ?」
「可愛いポチとクールで美形な豹兒、絵になると思いません!?これぞ恋愛漫画の王道っすよ!」
レッドが早口で何事かまくしたてはじめた。
こいつ、こんなゴリラみたいな体しているが、若干乙女みたいな所がある。アイツの荷物を詰め込んでいる部屋には、いわゆる恋愛漫画が所狭しと並んでいる。なぜなら街に物資を調達に行く度に、本ばかり詰め込む、文句を言いたい所だが、誰よりも荷物を担ぐから黙っている。
「あいつら二人ともまだガキだろ」
「甘いっすよ、兄貴。二人ももう大人。きっかけが有れば、すぐに恋人からの……ぐふふですよ」
レッドの言葉など全く本気にしていなかったが、いつの頃からか豹兒の態度が変わった。食事の時も、畑仕事や、トレーニングの際も、目に見えてポチのことを見つめているし、その顔が……いつもの顔じゃ無い。普段は無表情でポーカーフェイスのくせに、ポチを見るときは目が輝いていて、口角がやや上がっている、アレが恋する顔っていうやつなのか?
そのうえ俺が犬と二人で何かしていようものならば、俺を睨んでくるようになった。
「豹兒……お前最近可愛くねぇな。すっかり男じゃねぇか」
言いながら、豹兒の子供の頃を思い出す。
出会った12歳の頃は、多少は可愛さが残っていたが……アイツは、とにかく昔から喋らねぇし、自分で何でも出来たからな。子供の頃から大人っぽかった。まぁ、口答えはしないが生意気な所もあった。
でも、必死に戦う術を習い、着々と実力を発揮していく可愛い弟分だったが。
あの豹兒が恋。
ポチと恋か。
確かに、二人で並ぶ姿はレッドの言う通り、お似合いかもしれない。俺とポチでは違和感がすげぇしな。
そうか……。
「……」
なんだか変な気持ちだ。
なんだか、もやもやして寝付けずにいると、夜中にベットからポチが抜け出した。
「怖くない」だとか「大丈夫」などと小さな声で独り言を言いながら、部屋を出たポチを、またしょんべんか?世話がやけるな……と追った。
別に足音も気配も消さずに、普通に付いていったのに、アイツは怖がりながらも後ろなど一度も振り返らず歩いている。
犬……警戒心があるのか無いのか……なぜ後ろに敵は居ないと思い込んでいるんだ……本当に一人にしたらすぐに死にそうだな。もう少し注意力を鍛える必要がある。
「……」
ポチが向かっているのは守衛室だった。トイレに行くのかと思ったが、何か持っているし違うのか。
まさか……豹兒と逢い引きか。
それなら、俺は退散すべきだろうが、ポチがドアの前で固まっている。何事かと思って覗き込めば……豹兒がマスかいていやがった。
おー、若ぇな。自慰くらいで、ポチの接近にも気がつけないとは豹兒も訓練の必要があるようだな。
俺は、ポチを連れて会議室に向かった。
そこで、犬は……手作りのお守りをくれた。
思い起こされる『兄貴!恋には手作りプレゼントがつきものらしいですよ!見てくださいよ、この唱和のレジェンド漫画を!ヒロインが双子の妹に変わってソフトボールの全国大会に行くのに、彼氏が手作りのお守りを!萌える!』というレッドの叫びが。
別の日には『恋の告白の代わりに手作りのチョコとかマフラーとか作って告白する文化があったみたいっす!』と無駄な報告をしてきた。
まさか……犬…俺の事が……す、す、好きなのか!?
いや、いや……違う。そんな事無いだろう、勘違いするな俺。あのトイレ行きたい事件の時も、すっかり勘違いさせられた……ポチ、こいつは恐ろしい男だ!
蝶のようにフワフワと飛び回り、華のように相手を誘うのだ。いや、ポチが悪いわけじゃない、これまで、醜悪なゾンビ相手に戦うだけの日々を過ごしてきた俺達には、綺麗すぎる。魅力的過ぎるのだ。
それこそ、女すらまともに見たことの無い豹兒など……一撃で勃(や)られる!
「……」
俺は、ポチに貰ったお守りを握りしめ、胸ポケットの奥深くにしまった。
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