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手作りの
しおりを挟む俺は、次の日の夜裁縫セットを手にして、ベッドを抜け出した。
夜の住処は、昼の10倍怖い。時々小型の野生動物の足音聞こえるし、コウモリとかがガラスをバシバシ叩く事がある。でも、今日は重要な目的があるから、駆け足で守衛室に向かった。
守衛室には、ソーラーで電気を貯めるライトがあるから、開け放たれたドアから微かな光が漏れている。
ゾンビに間違われたら怖いなぁとドキドキしながら、ドアに近寄った。
今日の見張りは豹兒だ。何となく、難しい小説とか読んでいそうなイメージがある。外には音がなる系の仕掛けが沢山あるから耳、ピクピクさせながらね。
ドアのところから、顔を覗かせて、声をかけようと思って、息をのんだ。
豹兒が……診察ベッドに座って、黒いズボンの前を寛げて……。
「っ!!」
自慰していた。
うわあああぁ!俺は頭の中で絶叫した。
顔が紅くなるし、心臓がドキドキ五月蠅い。それは、気持ち悪いとかじゃなくて、むしろ鼻の穴が広がるっていうか、見てはいけないと思うのに、むしろガッツリ見たいそんなスケベ心が生まれる。これは、エロいものに興味をそそられる青少年のサガ!?
だって、豹兒って男でも見とれるほど格好いいもん。
何時もは無表情なのに、今は男らしい眉を寄せて、目を閉じ……快楽に耐えるように唇を噛みしめ、ペニスは、完全に勃起して張り詰めている。
うわぁ…うわあぁぁ……豹兒……エロい!エロいよ!
20歳の若い、危うい色気がダダ漏れだよ。
どうしよう、ここは静かに退散するべきだよね。
そう考え、くるりと後ろを向くと……。
「っ!?」
口元に人差し指を立てたジフが立っていた。顔は怖いのに何だか可愛い。唇をちゃんとタコにしているところ、なんだか笑っちゃいそうです。
押し黙った俺の手首を掴んで、ジフが歩き出した。
うん、そうだね。好きな人の自慰すがた覗かれたら嫌だよね、うん。素直に従うよ。
俺は裁縫セットが音を立てないように気をつけて歩いた。
そして守衛室から遠ざかり、二階の会議室にやって来た。
先に入ったジフが中の安全を確認して、俺の腕を引き中に突っ込んだ。
この部屋は外灯の明かりが窓から入って来ていて、結構明るい。災害対策なのか節電対策だったのか、有難う送電のいらない外灯付けてくれた工場の人。
この世界で生活するようになって、こういう人類の遺産的なモノに凄く感謝している。
後ろでドアを抑えてくれていたジフが、音を立てないように慎重にドアを閉めた。
「ぶはぁぁ」
コッソリ コッソリ歩いて、何故か呼吸も小さくしていたので、ドアが閉まるのを合図に大きく息を吐き出して深呼吸した。
「ジフ、どうして守衛室に来たの」
歩いている間に浮かんだ疑問を、聞いてしまってから、あっ…しまったと思う。そりゃあ豹兒に会いたいからに決まっているだろう。
「お前がコソコソ部屋を出て行くのを見て、何しでかすのか心配になって後を追ってやったんだよ」
「へぇー、そう、なん、だ」
「なんだ、その下手な芝居みたいなのは……お前こそ、この前はトイレも一人で行けなかったくせに、一人で抜け出して何しようとしてたんだ……」
ジフが、顎を突き出して絡んでくるチンピラみたいに、俺の胸に抱く裁縫セットを指でコンコン叩いた。
「ちょっと、作りたいモノがあって守衛室でやろうと思ったんだけど……ね」
思い出される豹兒の艶姿に、こっちが照れた笑いを浮かべてしまう。
「あー、あれだ。あれは……なんつーか、男のアレだ。お前、まさか!アレも覚えてないとかいうなよ」
ジフが恥ずかしそうに、首に手を当てて天井を仰いで言った。
「知ってるよ!男のアレくらい」
むしろ知らなかったのは豹兒だよ。
「……そうか、ならアイツに見たなんて言うなよ……アイツにもプライドってもんが有るからな、立ち直れなくなるぞ……」
いや、あれ教えたの俺だから大丈夫だと思うけど……野暮な事は言うまい。
「うん。黙ってる」
「おぉ、そうしろ」
「ちなみに、みんな夜の見張りのときにアレしているの?アレしてる時に何かあったらどうするの?すごい怖くない?」
ちょっと疑問に思ったことを思い切って聞いてみた。裁縫セットをテーブルに置いて、ジフの顔を見上げる。
「なっ!なんつー事を聞きやがる。当たり前だろう。何の為にあの部屋にテッシュ沢山あると思ってるんだ」
「うわー!うわー、自慰室なのアソコ!うわー!」
俺はピンクの髪の毛をかき回して、ウロウロと歩いた。
「チンコの一本くらいおっ立ててるくらいで、どうにもなんねぇ。こっちは戦闘のプロだぞ」
「変態なのか、格好いいのかわかんない!あー!あー!もういい聞きたくない!」
変態おじさんのを前にすると、自慰もしらなかった可愛い豹兒が懐かしい。
これか?主人公に恋愛対象にされなかったのは、皮肉屋な所ではなく、作中の会話に出てこなかった、変態おっさんな部分が問題だったのかな?
悲しい結末は迎えて欲しくないから、ぜひ豹兒と結ばれて欲しい。
ただ、そうすると、主人公を守る人が居ないから、主人公は死んでしまうのかな?
うー、どうすれば良いんだろ。
「で、お前の用事はどうすんだ?」
「えっ…あっ……うーん、ジフ、ここに座って外の方見てて」
俺は会議用の椅子を一脚、テーブルから少し離した所に置いた。座面をポンポン叩いたら、劣化したビニール素材の上にたまった埃が舞った。
「はぁ?何でだよ」
そう文句を言いながら、素直に従って足を開いて座るジフ。座ってはくれたれど、首をまわしてこちらを見ている。
「見られたくないから!見たら、鶴みたいに、キエェェ!て本来の姿になるから」
「なんだよ、本来の姿って…」
「とにかく、30分くらいで終わるから、夜空の星でも眺めてて…ぶっ……」
ちょっとロマンチックな提案をして、ジフには似合わないなと勝手に吹いてしまった。
ジフは渋い系の格好良さだけど、ロマンチックはちょっと違う。
「あー、眠ぃ……終わったら起こせよ」
そういうと、ジフは椅子から降りた。そして窓際まで歩き、こちらを向いて胡座をかき壁に寄っかかって目を瞑った。
よし、ジフが目を瞑ったのを確認して、俺はテーブルの裁縫箱を開いた。
静かな夜の会議室で、ジョキン、ジョキン、チクチクと裁縫に興じる。レッドに言って用意して貰ったハンカチを昼の間に洗濯し乾かしておいた。それを使って作っている。
「できた…」
なんとか小さな巾着を作った。そして、今、その中に手頃な金属を入れる。何の為かというと、もちろん、此処が『小説』の世界だからの行動だ。
名付けて、お守りのお陰で命が助かった作戦だ。超絶ベタでもはや出てくることない手法かも知れないが、この手の創作物あるあるを全てぶっ込む事により皆の生存確率を高めるのだ!
最終的には、豹兒とレッドの分も作ろうと思うけど、今はとにかくゾンビ退治に行くジフのを用意している。
急ぎだったから手頃の金属がステンレスのかけら二枚しか手に入らなかった。重さが無い代わりに厚みが薄い。心元ない。
「これも入れるか」
右手に付けていたポチ腕輪を外して、ステンレス片二枚を重ねてグルグル巻きにした。
そして、それをお守りの中に入れて、左右の紐を引いて口を閉じた。
「ジフ!お待たせ、出来たよ!」
俺は勢いよく椅子から立ち上がって、目を開いたジフの元へしゃがみ込んだ。
「はい、これあげる」
俺がお守りをジフの目の前にぶら下げて持つと、ジフの目が顰めらた。
「ん?何だこれ?」
ジフが手を出してくれたので、その掌の上にお守りを置いた。ジフは不思議そうな顔をして、それを眺めている。そして袋を開こうとする。
「待って!開けちゃ駄目だよ!お守りだから」
「お守り?」
ミニ巾着を開こうとしたジフの手が止まる。
「そう、ゾンビ退治から無事に帰ってこれるように、お守り」
残念ながら、俺には他にすぐ浮かぶ創作あるあるが思いつかない。他にも何かあれば全部やりたいんだけど。これしか出てこない俺の脳が恨めしい。
「……」
ジフの眉間の皺が深まっている。
あれ?そういう文化嫌いだった?でも、これは何としても持っていて欲しい。
「ほら、嫌がらないで持ってて!重くないし、邪魔になるほど大きくないでしょ!」
ジフの手からお守りを奪って、ジフの胸ポケットに無理矢理突っ込む。
あれかな?これ、子供が買った車に交通安全のお守り勝手にぶら下げようとする親みたいになってる?ウザい?ダサいから嫌かな?
「良い。ジフが怪我しないように願いを込めて作ったから、捨てないでね」
「……あぁ」
「よし!良い子」
少し安心した俺は、急に眠気を自覚した。
あくびが出る。
「じゃあ戻ろうか」
腰を上げて裁縫セットのあるテーブルに向かった。
「……あぁ……ありがとよ」
「え?」
俺の背中に掛けられた小さな言葉に、胸がぎゅってなった。
そしてすぐに嬉しさが広がって、自分が満面の笑顔になっているのが分かる。
「どういたしまして!」
応援ありがとうございます!
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