太陽と可哀想な男たち

いんげん

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ヒコさん視点

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渡辺 レオンに出会って数ヶ月。あっという間だった。

自分の感情にこんなに振り回されたのは初めてだった。
頭の中を支配されたのも初めてだ。

恋をして空回りしている奴らを「馬鹿だな」と冷めた目で見られていたのは恋したことが無かったからだ。
馬鹿になるんだな、恋をすると。

どうせ叶わないと想いながら『もしアイツと付き合ったら』を沢山考えた。
何を見ても、何をしていても気がつくと『アイツならどうだろうか』『アイツ今頃なにしているのか』と考えていた。

もっと会いたいし、もっと一緒に居たい。
見る者全てを魅了する屈託の無い笑顔がもっと見たい。

アイツは表現力が高い。
嬉しい、楽しい、コレが好き、寂しい、困った……そういう感情を、ストレートに表現する。それがコチラの目を釘付けにする。目が離せない。

特に、俺の料理を「おいしい!おいしい!」とニコニコ笑って食べている姿が堪らなく可愛かった。
何でもしてやりたくなったし、何でも出来るきがした。

あいつは、特別な人間だ。外見の華やかさも、実は優れている頭脳も、人たらしな所も。
だから、調子にのるな、アイツにとってお前なんて、その他大勢も良い所だ。

でも、別に良い。側に居られるなら…アイツの物語の脇役で良い。

そう言い聞かせる自分がいたが、段々その声も遠くなっていった。

アイツに近づく度に、一緒に過ごす時間が増える程……もしかしたら、と馬鹿な期待をした。


そして、将を射んと欲すればまず馬を射よ、と言うが…将が射られているのに馬まで射られた。
親父がレオンと楽しそうに寿司を食っている写真を見て、深いため息を吐いて崩れ落ちた。

親父よ……分かるぞ…あの可愛い顔を見ると、旨いモノ食わせたくなる気持ち…分かるぞ。
だが…その寿司は頂けない。あまり良いものじゃない。
どうせ金有るんだから、ちゃんと握ってくれる所へ連れて行け。
もっと輝いた目の笑顔が見れるぞ。

いや…違う、そういう事じゃ無い。

本当にアイツは何なんだ?
「歩かなくて良いバイトしてまーす」って何だ?
何故、昨日今日知り合ったオッサンに仕事貰って居るんだ?
どうして、俺の親父と俺を飛び越えて仲良くなれるんだ?

親父の気持ち悪いくらいの笑顔は何なんだ…。

宇宙人だ。
アイツは、キラキラ輝く宇宙人に違いない。

もう…仕方ない。アイツに皆、落とされるのは。もう自然現象なのだろう。

そして、次に見た写真に、再び崩れ落ちた。

浴衣…日本の夏の風物詩…浴衣。
何という破壊力だ。

可愛いが過ぎる。
白地に青が入った浴衣は、あいつの色白な肌が良く映えて似合っていた。
二十歳過ぎの男の肌じゃない…綺麗すぎる。
目鼻立ちが整いすぎていて、どの角度から撮った写真も完璧に決まっている。

よくアイドルや俳優が朝の番組に生出演すると……あ?なんか違わないか?
思ったよりも普通だな。いつもは照明や、完璧なメイク、修正が効いているんだなっと斜めな目で見てしまうが……アイツはどんな時も綺麗で可愛い。
店長も常に美形だが、あいつは…内から何か出ている、きっと。
輝きが漏れて…眩しい。

あぁ…俺も大概引き返せない所まで来てしまったと思う。


□□□□□

気がついたら、夏祭りの会場にいた。
一目会えたらという気持ちだった。
人より頭一つ分は大きい為に、人混みの中で周囲がよく見える事は、ありがたい。

きっとアイツの事だから、目立っていてすぐに見つけられるのでは……っと探していたら。

居た。
まさに騒ぎの渦中に居た。

酔ったサラリーマン風の中年に、絡まれていた。

初めて人を殴りたいと思ったが、耐えて追い払った。
腕に縋り付いてくるアイツが可愛くて仕方ない…。

しかし、現れた親友君に俺の心は荒れた。

アイツの腰を自然に抱き寄せ

「いつもウチのレオンがお世話になっています」

とマウントをとられた。
この青年が同居中のレオンの親友。一番近いところにいる奴か……。


二人を見ていると、改めて34歳にもなって20歳の男の子に初恋をしている現実を突きつけられた。
彼は、店長のような煌びやかな容姿ではないが、レオンによく似合ってると感じる相手だった。

レオンに対する気持ちも、明らかに恋愛感情のようだ。隠すこと無く敵意を剥き出しにしてくる……そんな所も若さを感じて眩しい。

「邪魔するつもりはない。会えて良かった……足が痛くならない程度に楽しめよ」

いたたまれなくなった俺は、逃げるようにその場を後にした。


□□□□


それから、祭りの日を思い出し、ため息が止まらなかった。
叶わない恋だとは分かっていたが、馬鹿みたいに期待していた自分も居たようだ。

あんな若くて夢も希望もあり、輝かしい未来ある青年の間に割って入れるわけがない。

ため息をついて、仕事上がりにロッカーの鏡で自分を見ると……レオンの言うとおり、治安の悪い顔がある。目つきの悪い鋭い目は、周囲に怯えられるし、無駄にデカイ身長も威圧感しかない。

華やかで綺麗なレオンの横に立っても……親友君のように、しっくり来ない。

「………はぁ……」

店長のような美形だったら……なんて考える自分の女々しさに嫌気がさす。
そう、外見だけの問題じゃない……中身もだ……。

「……あぁ……くそっ……」

悪態をつくと、近くで着替えていた他店の青年が怯えて、そそくさと出ていった。

「……」

今日はレオンは休みだろうか……昨日は、親友君が不調と言っていたが……アイツは大丈夫なのか?

「……はぁ……」

会いたい。

アイツの笑顔が見たい。
ちょっとキーの高いアイツの声が聞きたい。

レオンの事ばかり考えながら、豪雨の中、家へと帰った。
普段だったら雨を鬱陶しいと思うだろうに…レオンの事を考えて居ると楽しかった。

『親友くんは元気になったのか?』 

家に帰り着いて、アイツの歯ブラシをみて……つい、メッセージを送ってしまった。

『うん、色々あったけど友情を再確認した感じ?』
『は?意味が分からない……』 

すぐに返事が帰って来たが……友情?鈍感にも程があるだろう……彼の感情のどこが友情なんだ。
誰がどう見ても強い執着だろう。
しかし…余計な事は言いたくない。妙に意識されても嫌だ。

『それより、会いに行って良い?今から行く!』 

「なっ!!今から?ちょっと待て……危ないだろう」

あんなトラブルメーカーが夜にフラフラ出かけて何もないとは思えない。
でも…きっとあの親友君に止められるんじゃ?

くそっ……迎えに行きたい……。

□□□□

『お前…今どこに居るんだ?』 

あれから20分、もう来てもいい頃だ。しかし、レオンは現れないし既読も付かない。

『おい…いつも思うが…もうちょっと落ち着け…マメに連絡しろ……こっちがヒヤヒヤする』 

どうなっている?やはり親友君に止められたのか……それなら、それでいいが……何かあったのではないかと、不安が押し寄せる。

『連絡しろ』

我慢できなくなった俺は、家を出て駅へと歩き出した。
家を出て少し歩いた頃、メッセージが届いた。

『ごめん、ヒコさん。また明日にする』 

そのメッセージに、なぜだか引っかかって通話すると……無理をした明るい声で、明日にすると言い出した。
家にいると言いながら、明らかに外の音がする。

「お前が…来るかと思ったからな……家を出て歩いている」

視線の先には公園が見える。

『そうなの!?ごめんね……もうお家に戻って良いよ』

レオンは俺の家の近くまで来た、そう思い揺さぶりをかけた。

『ちょ…ちょっとまって…確かにヒコさんちの途中まで来たんだけど……今日はもう嫌なの…』 

きっと何かトラブルがあったのだろう。どうでも良いことはベラベラ話すし、甘えるのに肝心な事は隠す。

「お前は……まったく……」

俺は周囲を注意深く見渡しながら足を進めた。
駅から家まで、大した距離も、複雑な道もない……どこかの店に入っている様子でもない……人の声や、周囲の音が少ない事を考えると……公園か?

『うわあああ!』

少し足を早めた時、レオンの叫び声が聞こえた。
俺はスマホを耳に押し当てて、走り出した。

どうした!何があった!っと叫びたかったが、それでは何も分からない。

胸が痛い……心臓が凍りつきそうだ。

「うっあああ…」 

再び叫んだレオンの声は、ほんの少し肉声として聞こえてきた。
やはり、公園か!
ガシャっと衝撃音がした。おそらくスマホが落とされたのだろう。

公園の入口まで来ると、「ひっ…ヒコさん!ヒコさん!!」っと俺の名前を呼びながら、レオンが走ってきた。

「レオン!!」

俺を見たアイツは、膝から崩れ落ちた。すぐに駆け寄ってしゃがみ混んだ。

同時に周囲へ視線を向けると、奥のトイレの方で誰かが走り去った。
何が……あった……すぐにソイツを追いかけて締め上げたい衝動に駆られたが、今……レオンを置いて行くわけには行かない……。
震えるレオンを抱きしめた。

「どうした……何があった!お前……」

 それから、腕の中に居るレオンを見下ろした。 
レオンは、泥だらけで…髪や背中まで濡れている。雨に濡れただけなら……泥なんて付かない!

まさか……さっきの男に襲われたのか……自分の心臓からドロドロと血が流れている気がした。
感じたことないくらいの怒りが湧いて、熱くて苦しい。

「……」 

カタカタと手が震えているのに、必死に涙を隠そうとするレオンが、俺から離れようとする。

「…レオン……もう大丈夫だ……何があった…」 

努めて優しく言おうと頑張ったが、荒れ狂う怒りと焦燥が隠せていたか自信がない。レオンの背中に手を当て、覗き込むと……レオンはハラハラと涙を流し始めた。

あぁ……くそ……胸が痛い。
レオンの泣き顔は…庇護欲を誘う、子供みたいな顔で……何も役に立たない自分の無能さを、まざまざと感じさせる。

「……うぅ……く…」 
歯を食いしばって涙を堪えていたレオンは……肩を上下させている。

こいつを、これ以上泣かせたくない……。
レオンの背中を撫でながら、そう思った。

迂闊で無謀なコイツが壊れないように守りたい。
そのためには……もっと近くに居たい。
レオンの隣にいる資格が欲しい。



耐えるように泣き続けたレオンが、少し落ち着いてきた。
白い肌の目元は、闇の中でもわかるくらい赤く晴れている。
泣きつかれた顔は、可哀想で……頼りなくて……心が痛い。

「……あっ……スマホ……無くした…」 
ふと、レオンが呟いた。
「…あそこに落ちているぞ……取ってくる」
 道の先を指差して、腰を上げようとしたが……レオンが俺のシャツを掴んで止めた。

ドクン……鼓動が五月蝿い。
頼られたような気がして……こんな時なのに嬉しい。

「……」 
シャツを握りしめる指をそっとはずして…レオンの前にしゃがんだ。 

「ほら……お前のベンツだろ…」 

レオンを背負い。スマホを回収した。

いつも思うが……コイツ……軽すぎないか?
最近の若い男子は…こんなに華奢なのが一般的か?心配になるレベルだぞ…。
でも……親友君は、大分がっしりしていたな……。


「とりあえず、うちに行くぞ……いいか?」
「うん」

何があったか正確には分からないが、とにかく早く安心させたい。
風呂に入れて、何か食べさせて……そうしたら、話を聞かせてくれるだろうか?

あぁ…こんなに人を愛おしいと思ったことが無かった。だから、大切な奴が泣いているのは、こんなに心が痛いと知らなかった。好きな相手が恐怖にさらされると、こんなに怒りが湧くなんて思わなかった。



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