太陽と可哀想な男たち

いんげん

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彦山視点

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俺の実家は町工場だ。そこそこ大きく、生活は裕福な方だった。
しかし、家には母親は居なかった。母は俺を産むと、家の金をごっそり持って離婚届を置いて出て行ったらしい。

親父は、もともと母親との暮らしを窮屈に感じて居るところもあったらしく、まぁいいわ、自分一人で立派に育てるぜ、と離婚届を提出した。

いい加減だが、子供に手間暇かけるタイプの親父だった。
学校の提出物はキチンと出したためしはない。しかし授業参観やイベントには全て参加した。
まともな料理は出てこず、近所のスーパーの弁当が家庭の味だったが、出来る限り一緒に食事をとっていた。

親父には感謝しているが、親父の生き方はしたくないと思っていた。


目つきが悪く無愛想で、インパクトのある親父が学校に来る俺に親しくなる友人はいなかった。
いつも、遠巻きにされていた。

中学時代には料理にはまり、大人になりフランスで修行もした。
日本に戻り、楠木店長に引き抜かれ今の店で働き…ゆくゆくは、楠木店長と新しい店を出そうと話している。

俺の人生の中心は、料理だった。
所謂、色恋沙汰など無縁だった。
楠木店長と知り合って、色恋沙汰の面倒さを目の当たりにして、なおのこと平穏に働いて暮らしていければ良いと思っていた。

あの日までは。


楠木店長で美形に対する耐性はついていたはずだった。
しかし…アイツには、どうしても目が行ってしまった。惹かれるように視線が攫われた。

フワフワした綺麗な金髪、少し生意気そうな大きな瞳、完璧なバランスで配置された顔のパーツ。
どこを切り取っても、どこから見ても綺麗だった。
背は高くないが、体のバランスは美しく均衡が取れている。
良く変わる表情から目が離せなかった。
楠木店長のような造形的な美しさだけではなく、天性の輝きを感じた。

いつもは、俺の棘のある物言いに相手は引いて近づいてこなくなる。
だけど、アイツは違った。ケラケラ笑いながら楽しそうに会話し、俺に言い返した。

そして、ある日…俺のテリトリーまでグイグイと入り混んできた。

勝手に近づいて来たのに、こちらの事を無視して本を読み出す……理解できない。
自由すぎる。ネコみたいな奴だと思った。
馬鹿なガキかと思えば、高学歴の大学生だ……その上、俺をデートに誘ってきた。

全くもって宇宙人だった。

しかし…それからは、何をしててもアイツのことが思い出され…金髪をみれば、ドキリとした。

デートなどと言っていたが、あんな華やかな男が俺を本気で誘っているわけじゃないと…分かってた。
分かってたが…それならそれで良いじゃないかと思った。
とにかく行く選択しかなかった。一緒に過ごしたいと思って…馬鹿らしいと思いながらも、唯一得意である料理を武器に、弁当を作ってノコノコと出かけて行った。

馬鹿にされて帰ってくれば良いと思っていた。

だけど、アイツは俺を歓迎し…楽しく過ごさせて貰った。

これが、誰かと過ごす楽しさ……これが惹かれるという事か。
でも、あくまで俺は気まぐれで呼ばれただけだと理解していた。これで最後だと。

だから別れ際に、引き止めたくなった。
何でもいい、これで最後にしたくない。
無いはずの希望に縋って、思わず…アイツの言った軽口に乗った。


キス友達なんて、さっぱり理解出来ない。
俺は、人並みに性欲はあったが、目の前の人間にキスしたいとか抱きたいと思った事がなかった。

俺の作り上げていた心の壁を勝手に乗り越えて、入ってきたのはアイツが初めてだった。

まだ出会ったばかりなのに、馬鹿みたいに惹かれてた。
あのふわふわする金髪に触れたいし、艷やかな目に見つめられたい。絹のような頬に手を当てたらどんな反応をするのだろうか…。俺より小さな手をぎゅっと握ってみたい。

もっとコイツに近づきたい。
俺を…視界に入れて欲しい。

特別な存在になりたい。そう願ったが…。


「キスフレンド。大丈夫、ヒコさんに恋人ができたら、俺しれーっと居なくなるから」

やはり現実はそう甘くない。
ただ…本来なら相手にされないはずなのに……少しでも近づけるなら、嬉しかった。
夢だと知って見る夢だ。


□□□□

その後も……アイツの事を知れば知るほど、深みに嵌っていった。

人との距離感と、自分に寄せられる好意に鈍感な所はアレだが……。

意外と真面目で夢に向かって努力している姿は、とても眩しいし、甘え上手で人懐っこい所は堪らなく可愛いい。
明るくて、正直だ。良く笑い、一緒にいると、こちらまで心に光が差すようだった。

大げさではなく、目が覚めた気がした。
俺の世界に光がまして、色鮮やかになった。

それと同時に、胸は苦しくなった。

もっと会いたい、もっと触れたい。俺以外の誰にもキスしないでほしい。
そんな輝いた笑顔を、振りまくな…。

そもそも俺のものでもないのに独占欲が湧いてくる。
恋しているのは、好きなのは俺の方だけだ。

ただ……それでも良いから捨てられたくない。もういっそ、都合よく頼って欲しい。何でもいいから離れていかないでくれ。

馬鹿だという自覚はある。
愛してしまった病識がある。
だが、どうか…このままで居させてほしい。


□□□□


アイツから、助けてほしいと連絡があった時は、こっちの心臓が止まるかと思った。
容易に想像できるアイツの危機が頭を巡る。

一方的に執着され、襲われて傷つけられたのか!
攫われて監禁でもされているのか!
まさか事故とか!

電話に出ないアイツに俺は焦るばかりで、文字を打つ手が震えた。
何処へ行ったら良いのか分からないが、とにかく家を出た。

病院に迎えに来てほしいと言われ、心配で胃が痛んだ。
そしてベッドに眠るアイツの顔を見て、安堵し膝から崩れ落ちた。

怪我の理由もアイツらしいし、相手ばっかり心配しているのも、アイツらしい…。
いい加減だが優しい性格が滲み出ている。

今回、ちょうど連絡したのも有るだろうが、アイツが俺に助けを求めてくれて嬉しかった。
もっと頼って欲しい。
アイツの役にたてるなら嬉しい。

しかし、アイツには俺なんかよりもずっと仲がよくベッタリな同居人の親友がいる。

家に送り届けるまでが俺の役目だと思った。

なのに…帰って来るのが四日後だと!?

馬鹿なのか?やっぱりコイツ馬鹿なのか!
この、どんどん腫れてくる足でどうやって過ごす?
食事は?水分は?タクシー乗る金もなかったんだろう!

そもそも……なぜ言わない。
俺がお前を一人にして置いて行くと思ったのか!と叫びたかった。


半ば問答無用で連れ出し、家に置いたが……大変だった。
アイツの世話がじゃなく、メンタルを平常心に保つのがだ。

本当に……可愛いい……愛くるしいとさえ思う。
喜ぶ顔が見れるなら何でもしたくなるし、世話も料理も会話も楽しくて仕方なかった。

俺のベッドに眠っている姿に…悶えそうだ。

いざ世話をすると、ちっとも我が儘を言わない所に物足りなさを感じる。
もっとアレしろ、こうしろって言いそうだが…ありがとう、ありがとうと礼ばかりだった。


「仕事に行きたくない…」

アイツの昼食に弁当を用意しながら、初めてそう思った。
一日中、世話を焼きたい。
しかし、そういう訳にもいかない。

離れがたく、心配で足が進まなかったが、アイツに元気に見送られ…何時もより張り切って仕事をしている自分がいた。


そして、とにかく早く帰りたい一心で帰り支度を始め、スマホを確認したところ…


『夕食はラーメン奢って貰いました』

「はぁ!?ああ???」

思わずロッカールームでデカい声が出た。
近くに居た他店の従業員が明らかに震えた。まずい…、俺は急いで着替えその場を抜け出した。

なんだ?
どういうことだ?
奢って貰った?ラーメン?

腹が減って外へ出たのか?誰か呼びつけたのか?
いや…多少間食できそうな物も置いておいたし…本人が待っていると言っていたのに??

俺の家に誰か呼んだのか?
まさか…誰か呼び出して、もう出て行ってしまったのか!?


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