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ヒコ宅に現れた侵入者
しおりを挟む夜中、痛みで二度ほど目が覚めた。
二回目の時には、ひょっこりヒコさんが現れて…「そろそろ痛み止め飲んでもいい時間になったぞ……どうする?」と…。
まじかよ…。
夜中の三時ですよ…。
えっ…そこまで気にかけてくれていたの?
優しすぎて、嬉しすぎて…うっかり、強く抱きしめてキスしようと思ったよ。
足首の痛みで正気に戻ったけど。
俺…第三のママができたのかな。
おっ…噂をすれば、第一の産みのママから電話だ。
電話を取った時、ちょうど部屋のドアが開いてヒコさんが入ってきた。ヒコさんは黒のエプロン姿で、とてもカッコ良かった。
朝ごはんかな?
俺はスマホを耳に当て、ちょっと待ってねと手で合図をした。
「もしもし?母さん?」
『あんた、何時にこっちくるの?亮平くんかパパが駅まで迎えにいくって言ってるわよ』
母さんの声はデカい。昔から、とてもデカい。身長もでかいし。
俺のような天使を産んだと思えない程の逞しい母だ。姉ちゃんと父さんが俺を溺愛して、メチャクチャ甘いのに、母さんは俺にスパルタだった。まぁ…好きだけどな。
「嘘だろ…亮平うちに居るの?」
『ううん、昨日来て話したの。相変わらずアンタの500倍良い子だったわ』
「それは、そうなんだけどさぁ。実はさぁ……俺、今日帰れそうも無いんだわ…」
『なんでよ。新幹線のチケットなくしたんでしょ?またアンタは…』
何度も前科があるから、仕方ないが、そうじゃない。そもそもチケットは、もう紙じゃない。
「違うよ!コケて捻挫してあんまり歩けないの!」
『何、また馬鹿な事したの?あんた高校受験直前も外で昼寝して風邪引いたでしょ…それに…』
まずい、ヒコさんも聞いているのに、母さんによる俺の黒歴史披露会になってしまう。
後ろ向いているけど、笑って肩が揺れてますよ!
「あああ!階段でちょっとひねったの!それよりも、亮平にバレたら帰って来ちゃいそうだから、なんか上手いこと誤魔化しておいて!よろしく!」
何か言っている声を無視して、通話を終了させた。
ふぅ…疲れた。
「……仲がいいな」
笑いが隠せてないヒコさんが振り返った。
「そう?母さんだけ俺に厳しいけどな」
「本当は可愛くて仕方ないんだろ……朝食だぞ」
ヒコさんが、ベッドの側にしゃがむと、座っている俺の背中に腕を回して、もう一本の腕が…膝の下へまわった。
「えっ…ん?ちょっとまて……ええ!?」
「痛くても我慢しろ」
まさか…コレはお姫様だっこでは!?
嘘だろ!なんたる屈辱…俺はプリンセスではなく、プリンスなんだ。
だけど暴れても良いこと無いので、大人しく首に抱きつく。
するとリビングの方から、良い匂いがする。
「すっげぇ!!超美味しそう!」
男二人の大学生の朝食など、ご飯、目玉焼き、ウィンナー、そして時々貰った野菜丸かじりのみ!
リビングのテーブルに並ぶ、オシャレな野菜使ったサラダ、スープ、美味しそうなパンのサンドイッチを見て目を見開いた。
「すっご…すご…ホテルの朝食じゃん!えっ…マジで毎食、こんなに作って食べてるの?」
姫抱っこだから、目の前に有る顔に問いかけた。
「9割作る。あとは勉強の為に食べに行く。料理は仕事で趣味だ」
「ほーーーー、すっごいわぁ……俺、昆虫とロボットが好きだけど、家電製品自分で作らない。壊れたら全部分解して遊ぶけど。俺、女だったらヒコさんと結婚するわ」
あれ?なんか最近、似たような台詞を言ったような…言っていないような。
「俺は、お前のような女はお断りだ」
「やっぱりかぁ!」
「…どうする?こっちに用意したが、ソファにするか?」
降ろしやすく既に椅子が引いてある。準備万端だ。
夜明けも俺を心配して起きて来てくれて、朝からご飯の用意!?
えっ…ちょっとまってよ。この献身的な恩に返せるもの何もないけど…俺。完璧にカッコ可愛い顔で笑うくらいしか良い所ねーな。せめてセフレだったら…いやいや、下世話なことを考えるの辞めよう。
「椅子で大丈夫」
「あぁ」
壊れ物みたいに優しく椅子に降ろされて…ムズムズする。無駄に大きな声を出したくなる。
「人生で一番良い朝食間違いないし!ヤバすぎる。頂きます!」
手を合わせて挨拶し、食べ始める。
つい、うまい。うまいって言葉が止まらない。
「俺は、10時には家を出て今日は9時に上がりだが…なるべく早く帰ってくる」
ヒコさんが共働きの両親みたいなこと言いながら、小さいクーラーボックスをだしてきた。
「え?いやいや、大丈夫。思う存分働いてきて。この自宅は俺が警備しておくから」
「ここに昼食が入っている。水分もここに並べておく」
「ちょ…ちょっとまって!お昼ご飯まで作ってくれたの!?」
真っ白のクーラーボックスを開けると、お弁当箱と保冷剤、プリンが入っている。
嘘だろ。ヒコさんって前世、執事かなんかだったの!?
「あぁ…昼に腹がへったらどうするんだ」
「なんか、そこのパンとか置いておいて貰うだけでも十分だったのに……朝から大変だっただろ?」
「気にするな」
「うわー、格好いい。俺も、それ言ってみたいわぁ」
「言ってたんだろ、助けた人に」
「俺のは失敗してんの!だからこうなっている訳。まったく…」
クスリと笑う表情が色気有る。さすが大人だな。
□□□□
「行ってらっしゃい!頑張ってな!」
出勤していくヒコさんをリビングで見送る。足は動かないから手をピンっと上げてブンブン振った。
「…飯を食ったらクスリを飲めよ。疲れたら横になって休めよ。間違っても歩き回ろうとするなよ。インターホンなっても出るなよ」
「はいはい、分かってるって、大丈夫。行ってらっしゃい!」
「……行ってくる」
押し殺したような声で武士みたいに応えたヒコさん。
出陣かよ。照れてるのか?かわいいなぁ。
元気だったらセクシーエプロンでお出迎えするんだけどな。
ヒコさんが出勤してから、やることが無い俺は実家でやるはずだったロボ作りを開始した。
床に道具を広げ、そこで本も開きながら没頭した。
お昼ご飯も食べ…いつの間にか、うたた寝をしていた。
夢うつつのなかで、玄関から音がする。
泥棒か?と一瞬びびったけど、鍵がガチャって開く音がして…まさかヒコさん……早く帰ってきたのか?と玄関に続く廊下の方を見ていると…。
「誰だおめぇ!」
「…だれ?」
おっちゃんが入って来た。
ワークメンで売っていそうな黒っぽい青の作業着のおっさんだ。日焼けしまくって真っ黒だ。
デカい。背もデカいし、ガタイのガッチリ感がプロレスっぽい。
もし、このおっちゃんが強盗か何かなら、俺は絶対に勝てない。
足が怪我してなければ、わんちゃん逃げられたかも知れないけど、現在は逃亡も不可能!
手元には、ピンセットとか小型のロボを作るような殺傷力の低い工具しかない。せめてハンマーの一つでもあれば…。
「俺は、アレだ。この家の奴の親父だ」
おっちゃんはコンビニ袋をドンとテーブルに置いた。
「パパ!!ヒコさんパパ!!」
「パッ…パパだと……お前、何だ…何で此処にいる」
パパさんの顔を良く観察すると、確かに似ている。目元とか激似だ。
50代後半くらいかな?作業着には彦山製作所って入っている。
「パパさん!何作っているひと!?ちょっと…こっち来て話聞かせてよ!」
俺、町工場とかすげぇ好き。
入った定食やとかで作業着のおっちゃん居ると、つい声をかけてしまう。
「な…なんだ…お前、だから誰なんだ!って…なんだその玩具」
パパさんが、俺の昆虫ロボを見て言った。
「玩具じゃないし!クワガタ9号だし」
「なんだそれ…しょっぺぇな……そんなんじゃすぐ壊れるだろ」
パパさんが俺の元にしゃがみ込んだ。
「耐久性は求めてないの。量産機じゃないから。より昆虫らしさを求めてつくってんだよ。ほら見てよ!この羽根の感じとか開く形とか!」
「何だ…何のネジ使ってるんだ?ちょっと落としただけで壊れるだろ…不良品のクレーム止まらねーぞ」
パパさんが9号の前羽根を開かないほうに引っ張る。
「あー!!ダメダメ!割れるから!取れるから!特殊な接着剤で付けてんの!ネジとか重いから、古いから」
パパさんの手から9号を救い出す。
勘弁してくれ…この羽根のソーラー幾らすると思って居るんだ。
「てめぇ、このガキ!古いのはお前だ。最近のネジはよぉ、素材、種類、用途選び法だ!あっ…」
「いてえぇぇ!!」
近づいたパパさんの足が、俺の伸ばした足を蹴った。
悶絶する俺。
「わりぃ…」
□□□□
「で、結局おめぇは息子の何なんだ?トップクラスの大学の大学生が、あの息子と何がどうして知り合いになるんだ?」
俺は、パパさんが詫びに差し出してくれた缶コーヒーを貰って飲んでいる。
「同じビルでバイトしてて、なんだかんだ知り合いになって、すげーお世話になってます」
パパさんは、俺の前でポテチを開き、食えよと差し出してくる。
遠慮無く摘まむ。
「あいつが?んー、あいつ、いつか悪い女に騙されんじゃねーかと思ってたけど、まさかの男か?まぁ、おめー見たことねぇ位、べっぴんだけどよぉ」
「そうなんですよ!ヒコさん良い人すぎてマジで俺も心配ですよ。小悪魔系の女の子に身ぐるみ剥がされそう…」
「おめぇが言うなよ」
パパさんが汚れた指用のテッシュを取ってくれた。ポテチの指を拭いて差し出すと、受け取って捨ててくれた。
なんだコレ…この親子めちゃくちゃ似てるんでは…。
「パパさん、女に騙されたタイプ?」
「分かるか!そうなんだよ。アイツの母親にまんまと騙されて、身ぐるみ剥がされてコブ付きでポイされたんだぜ、見事にな」
ゲラゲラ笑うパパさん。相手に恨みは無さそうだけど、息子のことは心配なんだな。
「パパさん安心して、俺、怪我して、ちょっと居候してるだけだから、俺とヒコさんはフレンドだから。まぁ、一方的にお世話になってますけど」
あはははと笑ったけど、怒られない。
「まぁ、アイツの友達なんて初めて会ったぜ。目出てぇな」
「やっぱボッチだったんだ、ヒコさん。なんでだろうねー、パパ。ヒコさんあんなに良い人で格好いいのにねー」
時間の経過とともに、つい言葉使いが崩れてくる。
そんな俺をパパが目を丸くして見ている。
「あー駄目だ、こりゃ駄目だ。まーしょうがねーな。コイツはしょうがねぇ、良い夢みりゃいいさ」
パパが天を仰いで大げさに肩を落とした。
「パパ…俺、まじでヒコさんの事騙したりしてないからね。お金取る気ないからね」
「金取られた方がましな事もあんだぜ……上手く騙してやれよ…悪女になるのも優しさだ」
話が…話が通じない。どうやらパパの中では、俺はヒコさんにたかる悪女のようだ。
「じゃあさーパパにたかっていい?今度、工場みせてよ!」
どんな機材置いているんだろう?
ちょっと借りられたりしないかな。今、出入り許されているところ、板金と金属加工に偏っているんだよなぁ。精密部品加工とかマジで惹かれる。
「おおおい!おめぇ工場ごと持って行く気か!すげぇな。いっそ俺が惚れるぞ」
「あはは、工場いらないけど、後援会なら歓迎してるよ」
左手の指で輪を作り、お金ポーズをしてみる。
「よし、足が治ったら遊びに来い。つまらねぇジジィの話、三時間ぐらい聞かせてやる」
「六時間くらいストーリー用意してまってて」
それから、一緒に9号を弄って、パパがラーメンの出前をとってくれた。
俺の夕食の心配とかしていると悪いなぁと思って、ヒコさんにメッセージを送った。
『夕食はラーメン奢って貰いました』
「じゃあな」
八時前にパパさんは帰って行った。
今度は来る前に、ヒコさんに電話しなよって言ったけど、多分しないよな、あのタイプのおっちゃんは。
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