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ヒコさんのお宅拝見
しおりを挟むヒコさんのお家は、住みやすそうな立地の綺麗なマンションだった。
遠慮無くズカズカと入り混む。
「すげー綺麗!綺麗好き?綺麗好きなの?生活感なしでピカピカじゃん!」
廊下を通ってやって来た広いリビングは、キッチリと整頓されている。
きっと決め手だったのであろう広いキッチンは、今朝つくった弁当の形跡も無い。
「俺の部屋なんて、もーグチャグチャだよ、本も工具も散らかりまくり」
いつも亮平に片付けろって怒られるもんな。
洗濯物も畳んでも仕舞わないし。
「んんー、ひとのお家楽しい!」
リビングのテーブルの下にロボケースを置いて、キョロキョロと見回す。
後からついてきたヒコさんは、買ってくれたドラックストアの袋をテーブルに置くと、お弁当箱を取り出して洗い始めた。
すぐに歯磨きし始めるのもなんだし、勝手に探検を始めた。
広めだけど1DK。ヒコさん結婚とかする気ないのか?
寝室っぽい扉を開ける。
これまた清潔なお部屋が登場しましたよ!
そこに配置されたダブルベッドを見て、あー、セフレの申し込みにすれば良かったかなぁ、なんて思ったけど、俺は今、セックスよりもチューとイチャイチャに飢えているんだ。まったく!亮平がしてくんないからだぞ。俺の癒やしなのに。
でも、俺…なんでヒコさんをキス友達に選んだんだろう?店長さんでもイケそうだったのに。
うーん。なんか可愛いんだよな、ヒコさん。
「……おぉ…料理の本ばっかり…」
流石、孤高の料理人。料理に人生かけていそう。
俺、あれかな?ヒコさんの人生の汚点じゃね?
まー、人生にはきっとそういうの大事だよな、よくわかなんないけど。
「ヒコさん、きっと料理に艶がでるよ!」
閃いて、ドアを出てキッチンに向かって言った。
「……アホか」
ちらっと此方を見たヒコさんは、そのまま紅茶を入れてくれている。
トレイにティーカップを載せて歩くヒコさんを見て、ムズムズした。
どうして動けない人を見ると抱きつきたくなるのか。怒られることは確定なのに。なんど亮平に抱きついて怒られたことか…。
「ストップ」
「?」
「そのまま立ってて」
トレイを持ったヒコさんが立ち止まり、不思議そうに俺を見ている。
そこに近づいて、キスしようと思ったけど、亮平と違って届かない。トレイが邪魔だし。
「キス…今、したくなった」
隣に立って、大人しく目を瞑った。
「……っ………」
息を呑む音が聞こえ、大分躊躇ったあと、ヒコさんが動いた。
律儀にトレイをテーブルに置いて、俺の肩が掴まれる。
「……本当に良いのか……」
「早く」
今更なにいってんだよっと、目を開けて睨んだ。
「……」
ヒコさんの顔が近づく。
焦れるほど、ゆっくりと唇が重なった。
触れるだけのキス。
カサカサしている相手の唇。
良いな。
これだけなのに。相手を愛おしく感じるから不思議だ。
キスで魔法が起こる物語も満更じゃ無いよね。
心が気持ち良い。
愛されている気がする。大切にされていると感じる。
穏やかな波がひくように唇が離れて、ヒコさんの目と見つめ合う。
「……」
今、俺の名前呼ぼうとして、辞めたでしょ。
俺が微笑むと、ヒコさんは恥ずかしくてしょうが無い様子でしゃがみ込んだ。
「…くそぉ……」
「キス、良いでしょ?元気になるでしょ?」
俺もしゃがみこんで、ヒコさんを突っついた。
「とりあえず…帰れ!」
「えー!!なんで?2回目は?お茶は??」
勢いよく立ち上がったヒコさんは、リュックとロボケースを持ってグイグイと俺を押す。
うそうそ…なんでだよ!
「俺はもう満足した、とっとと帰れ!」
「うそぉ!ひどっ!ちょっとやってポイ捨て?うそー俺より酷いじゃん」
玄関まで追いやられ、まじか…これは本当に返されるやつだと、観念して靴を履く。
「……ほら、前の道でタクシー拾え」
手に万札を握らされた。
「酷いわっ…お金なんていらないのにぃ」
とりあえず、捨てられる側を演じてみる。
「うるさい」
野良犬でも追い払うように手を振られた。
しかたなく万札をポケットに詰め込んで、リュックを背負ってケースを受け取った。
「俺達の友情は今日でおしまい?」
ヒコさんにとっては、あまり良くなかったのだろうか?
俺は、一瞬満足したけど、物足りない。一度満たされたと思った心の中は、もう水が零れて空っぽだった。
「……一旦持ち帰って検討する」
「家ここじゃん!」
「じゃあな」
スチャっと最新の玄関ドアが閉まった。ご丁寧に鍵が掛かる音がした。
玄関前にポカーンと佇む俺。
ん?俺?振られた?まさか?
うーん、孤高の料理人の思考回路はよく分からない。
とりあえず、家に帰ろう。もちろん電車で。こうなったら浮いたお金で美味しい物買って帰ろう。
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