鴨の巫女と、雪の軍神

いんげん

文字の大きさ
4 / 57
旅立ち編

越後の未来

しおりを挟む


「ねぇ、お艶。お栄が嫁いだのは、陸奥むつの小早川さまの所だったかしら?」

幼き巫女を見送り、居室に戻った。
巫女にはそれぞれ宮がある。
輿入れして神宮を出ると、新しく来た巫女に受け継がれる。

睡は、脇息にもたれかかり、途中から手つかずの鴨の刺繍を眺めた。

「さようでございますが、何か?」

部屋に入るなり脱ぎ捨てられた睡の千早を畳みながら、お艶が答えた。

「それって、確か十年前に滅びてしまった出羽のあたりよね?」
「そうですね、北の国は端から鬼の浸食が進んでいるので昔とは変わりましたので、出羽でわだった地の東南、右下あたりですね」
「あの子、大丈夫なのかしら?」
「鬼にも山脈越えは難儀だろうと、予想では次の侵攻は越後えちごかと」
「越後って、あの……さっきの人たちのところ?」

睡は、体を起こして、腕を組んだ。
すでに神獣の巫女が国にいるならば、参拝は巫女と共に半月早く来て、巫女とともに去っていく。
つまり、彼らには有する巫女がいない。

「はい、来年には越後の領地は半分ほどになる、そう聞きました」
「なぜ、誰も越後へはいかないの? 貧乏なの?」
「いいえ、越後は銀山を有し、栄えた港もあり、商人からもうまく徴収してます。むしろ豊かといえましょう」
「じゃあ、どうして今まで巫女は誰もいかなかったの? ほら……あの人、なんていうか……顔、いい方だと思うし、風格みたいなの、あるんじゃない?十代の巫女には、ちょっと年上かもしれないけど」

睡は言いよどみ、しきりに首を傾げた。
お艶が目を細めて、したり顔で見ている。

「まぁ、越後国主の永尾景之様は、若武者の頃から美丈夫で世の女性たちに騒がれていましたが、いかんせん、出羽の国危うしといわれ始めた二十年前には、次は越後と噂されてましたから、巫女には選ばれません」
「それは……巫女の価値なんて神獣にしかないから、失うことを恐れるのはわかるけど、今まで只の一人も? そういえば、出羽にも誰もいかなかったのよね」

お艶は静かに頷いた。

「前回の三年前も、弟君さまをお連れになり、彼との縁談を巫女たちに望みましたが、巫女たちは顔合わせすら……」
「そう……」

知らなかった、睡は深く息を吐きだした。
睡は、三年前もずっと居室と、畑に居た。
いつも静かな高天原神宮が唯一、にぎやかになる大名の参拝時期は、居心地が悪くて人目を忍ぶように過ごしていた。

「今回、弟君さまの御姿はありませんでしたね」
「どうするのよ! あきらめてしまったの?」
「これは、私の予想ですけど」

お艶は睡のそばに膝をつき、彼女の耳に顔を近づけた。

「きっと、たくさんの金子きんすを持ち込んで、神祇官の人間に巫女との話し合いの場を設けさせ、交渉にあたるのでは?」
「……なんだか汚いわ」
「なりふり構っていられませんよ。領民が何万も戦場に散り、土地を失い、行く当てもなく餓えて死ぬんですよ。思い出深い地は鬼の住処に代わり、草木一本育たない穢れた土地に変わります」
「そ、そうね。構ってられないわ。あっ、そうだわ!いいこと思いついたわ」

睡の顔が、ぱっと輝いた。

「おやめください」
「まだ、なにも言ってないし、やってないわよ」
「わかりました、やめてください」
「……さぁ、でかけるわ」

折りたたまれた千早をむんずとつかみ、立ち上がった睡に、お艶が白目をむいてのけぞった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました

鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」 そう言ったのは、王太子アレス。 そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。 外交も財政も軍備も―― すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。 けれど功績はすべて王太子のもの。 感謝も敬意も、ただの一度もない。 そして迎えた舞踏会の夜。 「便利だったが、飾りには向かん」 公開婚約破棄。 それならば、とレイナは微笑む。 「では業務も終了でよろしいですね?」 王太子が望んだ通り、 彼女は“確認”をやめた。 保証を外し、責任を返し、 そして最後に―― 「ご確認を」と差し出した書類に、 彼は何も読まずに署名した。 国は契約で成り立っている。 確認しない者に、王の資格はない。 働きたくない公爵令嬢と、 責任を理解しなかった王太子。 静かな契約ざまぁ劇、開幕。 ---

婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。

桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。 「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」 「はい、喜んで!」  ……えっ? 喜んじゃうの? ※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。 ※1ページの文字数は少な目です。 ☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」  セルビオとミュリアの出会いの物語。 ※10/1から連載し、10/7に完結します。 ※1日おきの更新です。 ※1ページの文字数は少な目です。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年12月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

[完結]7回も人生やってたら無双になるって

紅月
恋愛
「またですか」 アリッサは望まないのに7回目の人生の巻き戻りにため息を吐いた。 驚く事に今までの人生で身に付けた技術、知識はそのままだから有能だけど、いつ巻き戻るか分からないから結婚とかはすっかり諦めていた。 だけど今回は違う。 強力な仲間が居る。 アリッサは今度こそ自分の人生をまっとうしようと前を向く事にした。

ガネット・フォルンは愛されたい

アズやっこ
恋愛
私はガネット・フォルンと申します。 子供も産めない役立たずの私は愛しておりました元旦那様の嫁を他の方へお譲りし、友との約束の為、辺境へ侍女としてやって参りました。 元旦那様と離縁し、傷物になった私が一人で生きていく為には侍女になるしかありませんでした。 それでも時々思うのです。私も愛されたかったと。私だけを愛してくれる男性が現れる事を夢に見るのです。 私も誰かに一途に愛されたかった。 ❈ 旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。の作品のガネットの話です。 ❈ ガネットにも幸せを…と、作者の自己満足作品です。

明日結婚式でした。しかし私は見てしまったのです――非常に残念な光景を。……ではさようなら、婚約は破棄です。

四季
恋愛
明日結婚式でした。しかし私は見てしまったのです――非常に残念な光景を。……ではさようなら、婚約は破棄です。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...