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この感情は
しおりを挟む深澤中佐を追い出し、お風呂に入っても怒りが治まらなかった。
あの人、僕の悩みを何だと思ってるの!?
伊織さんのは可愛いと、優しいじゃ駄目なんだって言うし、あの人はそれが最高だって言う。
もーわけが分からない!
こんな時は、あそこへ行くしかない。
「キヨ様。入ってもいいですか?」
僕は屋敷の敷地内に作られたお寺へやってきった。
ここはうちの一族の蝶の一人、美しきお坊さんのキヨ様のお住まいだ。
僕が此処に引き取られて、母上のように父上のように接してくれた大切な人だ。
蝶は短命だけど、まだまだお元気でお美しい。
昔は失礼にも程が有るけれど、キヨ様のツルツルの頭をナデナデして遊び、みんなをヒヤヒヤさせていた。
「お入りなさい」
「失礼します」
入り口の戸を開けて、中へと入る。
草履を脱いで上がり、キヨ様の後ろに正座をして座った。
部屋には、キヨ様の華が作った菩薩像が置かれている。
キヨ様に似たお顔立ちをしているのは、やはりキヨ様への思いが溢れているからだろう。
キヨ様が僕の方を振り向いた。
「おや、あさひ。今日は良い顔色をしていますね」
キヨ様が優しく微笑んでくれる。
それだけで胸がほっこりして泣きたくなる。
まさに菩薩のような人だ。
一族みんなに慕われて頼りにされている。
怒ると怖いけど。
「ここの所、蜜をよく吸っているんです。煌一以外にも」
「ふふふ、そうですか」
キヨ様のもとへにじり寄る。
「キヨ様、僕…ずっと煌一の蜜以外は吸いたくなかったんですけど、他の二人の蜜も吸って、美味しく感じて、嫌じゃ無かったんです」
「えぇ、どの方の蜜もそれぞれの味がありますよね。美味しいと感じるという事は相性が良いという事だと思いますよ」
相性が良い。
華と蝶にも相性が有るの?
「みんな必死に蝶の事を求めてくれるけど、それって僕じゃ無くても良いって事ですよね?」
煌一は、幼馴染で丁度いいから僕なんだろうし。
朔夜兄さんは、弟みたいに可愛がってくれているのだし。
深澤中佐の一族には他に蝶が居ない。
「まだまだ小さい子供だと思ってましたが、あさひも大きくなったのですね。春ですね」
「キヨ様、今は秋ですよ?」
屋敷の木々も赤や黄色に変わっている。朝晩は冷え込むし。
「いえ、春が来たんですよ。誰かの一番になりたい。では、あさひは誰の一番になりたいのですか?」
キヨ様に聞かれて考える。
僕は誰かの一番になりたいのかな?
「相手がどう思うかも大切なことですが、こういう事はまずは自分がどうしたいのかが、重要ですよ」
自分がどうしたいのか…。
キヨ様と話すと、心が軽くなるけど…新たに難しい問題が出てきた。
「もっと話をしてみたらどうですか?皆さんと。蜜を吸われるだけではなく、個人として向き合うのです」
そうか、そうだよね。
良いかもしれない!!
「キヨ様!!僕頑張ってみます!!」
勢いよく立ち上がり、走り出した。
「大きくなられてからは、臥せっておられましたが、昔のようになりましたね」
キヨの側へ壮年の華が近寄ってくる。
「そうですね。相変わらず少しお馬鹿で可愛いです」
キヨが着物の袖を口元に当てて笑った。
その目はまるで子供を見守る親のようだ。
「それは、本人に聞かれては大変ですよ」
「ふふふ、面白くなりそうですね」
その夜は僕が起きている間に、朔夜兄さんも煌一も帰って来なかった。
朝、煌一を見送ろうとしたら、執事に今日はお休みで鍛錬なさってますよ、と教えられた。
これは色々話をできるチャンスだ!
僕は、足早に屋敷の敷地内にある道場にやってきた。
「皆藤様は、やはり素晴らしいですね」
「お前も人間の中では十分な実力だ」
道場の中から、煌一の話し声が聞こえる。
この声は里見大尉?
どうして、朝から二人で道場に?
道場の小さな窓から中を覗く。
「急に呼び出して済まなかった。朔夜が囮に使うと決めた人間の実力を知っておきたかった」
「いいえ、光栄です。帝都一の引いては和国一の華のお相手が出来るなんて。ぜひ、またお付き合いさせて頂きたいです。いつでもお呼びください」
里見大尉が深々と頭を下げると、煌一が笑顔で握手を求めた。二人は見つめ笑い合いながら握手を交わした。
「っ!?」
僕は心臓が鷲掴みにされたかと思った。
煌一が、笑ってる。
あんなに楽しそうに。
僕には何時も、眉間に皺を寄せて怖い顔をして怒ってばかりなのに、あんな風に誰かに笑いかけるなんて……。
二人がまだ何か親しげに話しているけれど、僕には聞こえない。
ただ嬉しそうに話す煌一の顔と、煌一に憧れた熱い目を向ける里見大尉が目に焼き付く。
胸が苦しい。
僕には、笑ってくれないのに、いつも命令ばっかりで話もろくにしないのに。
思い返してみると、最近の僕らは本当に、ただの華と、蝶だ。
頭から血が下がって貧血のようにクラクラする。
僕は、その場にしゃがみこんだ。
「お前、そんな所で何をしてる」
道場の戸が空いて、煌一たちが出てきた。
「……あっ…煌一に会いたくて……」
そう言うと、煌一が途端に苦虫を噛み潰したように嫌な顔をした。
里見大尉との楽しい時間を邪魔してしまったからだ…。
「本当にあさひ様は、可愛らしく天女の様ですね」
里見大尉に今、そんな事を、言われると、泣きそうだ。人間と違って外見だけ綺麗なちょうちょ。
里見大尉のように綺麗で、煌一に認められるくらい強くて、聡明な人とは大違いだ。
キヨ様の他人がどう思うかよりもというお話も吹き飛んで、劣等感に苛まれる。
「お前っ…」
地を這うような煌一の声。
まずい、怒られる前に立ち去ら無いと。
急いで立ち上がると貧血を起こしてふらついた。
「馬鹿!」
すかさず煌一が走りより僕を抱き上げた。
「…ごめんなさい」
「皆藤様。私はこれで失礼します。今宵はよろしくお願い致します」
里見大尉が一礼して走り去った。
その姿も様になる。
「部屋に戻るぞ」
煌一が僕を抱いて歩き出した。
部屋に着くと、今日は部屋から出るなと言い残し、煌一は去っていった。
また迷惑かけてしまった。
凄く怒ってた……。
今宵って、灰の討伐のことだよね。
今夜二人は一緒に戦いに向かって、助け合って、認め合うのだろう。
「……何で、こんなに……」
モヤモヤするの?
胸が苦しいの?
僕は煌一の事が好きなのだろうか?
それとも、傲慢にも自分の華だと思っているの?
それとも、煌一の仲間として認められている里見大尉に嫉妬してる??
やっぱり、話をしよう。
今夜、煌一と。
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