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お綺麗なあさひ
しおりを挟むあれから2日、僕は気まずくて煌一の顔まともに見ることが出来ない。
恥ずかしいのと申し訳ないのと、複雑な感情だ。
煌一は、きっと僕のことを軽蔑しただろうな。
「……はぁ」
「あさひ、ちょっといい?」
僕の部屋の襖が開いて朔夜兄さんが入ってきた。
今日もサラサラの色の薄い茶色の髪が輝かしい。
優しげな眼差しが、煌一と違い安心する。
「おはよう、朔夜兄さん」
「おはよう」
こんな簡単な挨拶すら、煌一とだと緊張する。
なぜなんだろう。
「あさひ、これから紹介したい人が居るから一緒に来てくれる?」
「うん」
紹介したい人?
一体誰だろう?まさか、考えてもみなかったけど女性!?朔夜兄さん、結婚するとか!?
華と蝶は男だけなので、すっかり失念していたけれど、世間からしたら、二十歳過ぎたら結婚していて、子供がいてもおかしく無い。
華も蝶もお互いを求めるので、人間の女性と添い遂げた話は聞かないけど……。
でも、そもそも華も、蝶も普通の人間の女性から産まれて、一族が引き取って育てる。
女性を好きになってもおかしく無いんだけど……。
なぜだかモヤモヤする。
これは、兄のように慕う人をとられてしまうかもしれない嫉妬心だろうか?
なんて醜い心なんだろう。
朔夜兄さんが誰かを好きになって結ばれる事は喜ばないと…。
考え事をしていたら、あっと言う間に客間についた。
「お待たせしました」
朔夜兄さんが襖を開けると、中が見えた。
テーブルの向こう側には、軍服の青年が二人、帽子と刀を置き正座をしていた。
先日の二人だ。
うねうねした無造作な髪と、顎の髭。朔夜にいさんよりも大きな体。
目尻の笑い皺と泣きぼくろが特徴的な、深澤さん。
もう一人は、深澤さんとは対照的な、清潔感に溢れ、怜悧な印象の綺麗な男の軍人さんだ。
朔夜兄さんが彼らの対面に座ったので、僕はその隣に座った。
「先日お会いしたんだよね? 灰の討伐隊の隊長の深澤中佐と、副隊長の里見大尉だよ」
二人が僕に頭を下げた。
「あっ……先日はありがとうございました。あさひです」
帝都の華蝶に引きとられると皆、皆藤の養子になるので、ややこしいから名前を名乗る。
「私からも、改めてお礼申し上げます。あさひを助けて頂いてありがとうございました」
朔夜兄さんが頭をさげたので、僕もならう。
「いえ、俺たちの仕事ですから」
深澤中佐が笑いながら頭をわしわしと掻いた。
笑うとくしゃくしゃになる顔が、なんだか可愛い。
自分よりずっと年上の男性に可愛いなんて失礼かもしれないけれど、どこか愛嬌のある人だ。
「昨日、お手紙を頂いた件ですが、謹んでお受けいたします」
里見大尉は声まで綺麗なんだ。
凄いな、綺麗だし、軍人としても優秀なのが覗える。
一本筋の通った人間っていうのかな?
こんな素敵な大人になれたら良いのにな…。
それにしてもお手紙ってなんだろう?
朔夜兄さんの方を向いて小首をかしげる。
「灰の討伐をするのに、討伐隊と協力しようと思ってね。お願いしたんだ。今までは、華の僕たちが狩りたいと思った時に夜に出て行って狩りをしていたでしょ?」
「うん」
「でも、それじゃあ数が減らないし、私と煌一で順番で狩りをしようと思うんだ」
華は灰を狩るけれど、人間の為にわざわざ灰を狩りに行くわけではない。
華が灰を狩るのは蝶を守り、食事を与える為だけだ。
灰は夜の街をウロウロと徘徊している。
食べ物の人間を探しながら。
「だから、その為の餌役が欲しかったんだけど、一般の人を灰をおびき出す餌に出来ないでしょ。だから、灰を倒すために、部隊の人に囮になってもらおうと思って」
「朔夜兄さんそれって……」
凄く爽やかに、残酷なことを言っている気がする。
餌って。
朔夜兄さんは、僕や一族のものには凄く優しいけど……人間には違うのだろうか。
「俺たちにも凄く有り難い話なんだぜ。なにせ死亡率の高い部隊だからな。優秀な華が手を貸してくれるなんて夢にも思わなかった」
「病人や出産などは昼夜を選べません。理不尽な雇い主や亭主に追い出される者も居ます。夜に出歩かなければならない人も一定数いるのです。その人間のを守る為に組織された部隊ですが、隊長が来るまでは、隊員は殉職ばかり……隊長がいらしてからは、良くなりましたが、帝都全てを一人で網羅できませんから…」
そっか…。
そうだよね…夜だから家に居れば良いわけじゃ無いのか…。
屋敷に居ると、社会のことから隔離されて…知らないことが多い。
外に出ると迷惑がかかるし……、そうか、そのためにも、新聞とかもっとちゃんと読もう。
それに、もっと人から話を聞こう。
「灰を減らす為の囮なら、私が喜んで」
「私も、煌一も一晩中、帝都を歩き回る訳にも行かないし、彼らに協力してもらえばお互いに都合が良いよね」
煌一も朔夜兄さんも、皆藤の仕事があるから灰の討伐ばかりに時間を割くことはできない。
「それにしても、深澤中佐。先日家に侵入した男に聞きましたが、貴方は富士の華のまとめ役だったらしいですね」
「……もと仲間が、ご迷惑をかけて…面目ない」
深澤中佐が大きな体を縮こめて頭を下げた。
やっぱり、あの解散したという富士の華蝶の人だったんだ。
「いえ、文句がいいたい訳ではなく、むしろ他の一族の蝶を奪う選択もせず、人間のために灰を狩るなんて奇特な方だとお見受けします」
「俺が、ちゃんとしていなかったから、あんな事件になってしまった……とてもまた蝶を手にする気にはなれなかった」
死んでしまった蝶は、深澤中佐の大切な蝶だったのかな?
「もっと、皆人間の世界になじんで生きていけると思ったんだが……甘かったようだ…」
深澤中佐の顔が泣いているように見えた。
「私から見て、深澤中佐は人間の社会に馴染んで居るように見えますが……」
朔夜兄さんの言うように、僕にも深澤中佐は人間になじんでいる。
となりにいる里見大尉にも上官として信頼されていそうだ。
「うちにいた蝶は、俺の実の弟だった。蝶と華という意識がうまれなかったせいか、俺は蜜を吸って貰うことも無く生きてきたから、華の意識が低いのかもしれないな」
「その分、隊長は給料を沢山の男娼につぎ込んでますけどね」
里見大尉が冷たい目で深澤中佐を睨んでいる。
「おまえ!!こんな所で余計な事をいうなよ!!」
「……朔夜兄さん、だんしょうってなに??」
聞いたことが無い言葉だ。給料をつぎ込むってことは、高い商品なのかな?
必要な物は、必要なときに誰かが用意してくれる生活しかしていないせいか分からない事が多くて、いつも煌一に世間知らずと怒られる。
「あさひ、男娼っていうのはね…」
「あああああ!!説明しなくていい!!!とにかく、灰の討伐の為に、これからもよろしく頼む!!」
「えぇ、早速今夜は私が狩りに行きます」
二人が帰り、僕は人間社会に目を向ける為、新聞に向かっていると、いつの間にか夜になり、朔夜兄さんが狩りに出かけて行った。
僕は、朔夜兄さんや討伐隊の人が心配でそわそわと庭に面している廊下を行ったり、来たり、落ち着かない。
「ねぇ、あさひ。何してるの」
「伊織さん!」
後ろからやって来た伊織さんに話しかけられた。
お風呂上がりなのか、伊織さんは良い匂いがする。
濡れた長い髪が簪で一つにまとめられて色っぽい。
「さっき朔夜兄さんと軍の討伐隊の人が、灰を狩りに出かけたんです。だから、気になって、気になって」
もし、怪我をしたらどうしようとか、食べられてしまう人がでたらどうしようとか。
「富士の華も一緒なんでしょ?朔夜ひとりでも余裕なのに。心配する要素が何もないでしょ」
「……でも…」
「まぁ、あえて言うなら普段より灰を食べてくるなら、蜜もいっぱいで体が大変な事になっている華を相手にするのは、面倒くさいぐらいじゃない?しかも二人でしょ」
「……いえ…あの……朔夜兄さんの蜜を飲む約束はしてますけど……」
深澤中佐は多分来ないと思うけど……。
「えっ何で?じゃあどうすんのその人。蝶に蜜すってもらえないのに灰を沢山食べたら、熱はどうすんの?」
「熱?」
伊織さんの顔が険しくなった。
「まさか……そんな事も聞いてないの?華は灰を食べたら体に熱がこもるから、蝶に吸われて発情して蜜と共に効率良く発散するんでしょ」
あきれた顔でため息を吐かれて、おでこを叩かれた。
「前に華にお仕置きするのに、灰を沢山食べてこさせて、蜜吸わないで放置したら、一晩中精液吹きながら泣いて懇願してて悦だった。毎日討伐しに行くんでしょ??その富士の華、どこかの一族に蝶のあてでもあるの?」
「……蝶に蜜を吸って貰ったこと無いって……」
「えええ!?何ソレ、面白い!マゾなの??よし、犬に明日呼んで貰おう!面白い玩具見つけたかも!」
まずい、なんだか伊織さんが興奮している。
犬ってあの華の人だよね……。
玩具って、まさか……この前より、もっと酷い事するのかな??
どうしよう、僕が余計な事を言ったせいで深澤中佐が……。
「伊織さん、駄目です!深澤中佐に酷い事したら……」
「え~何ソレ?喜ばせてるだけだよ。華の蜜を吸ってあげない、あさひの方が酷いんじゃ無い??相手の事を思う良い子ちゃんなら、あさひが吸ってあげなよ」
「…う…えっと……」
そうだよね、こんな立派な屋敷で自由に何不自由なく暮らしているのは皆のおかげで……。
僕も何か貢献しないとと思うけれど……。
「蜜をすったり、抱かれたりすることを汚い事だと軽蔑してるんでしょ」
伊織さんの顔が近づいてくる。
耳元で囁かれる。
「そんなことっ」
「お綺麗なあさひは、繊細で可憐で、大切にしまって置かないとね……いいよ、私が、あさひの代わりに華の面倒を見てあげる。あさひの事が大好きだからね」
息が出来ない。
こんな時に泣いたら駄目なのに、卑怯なのに涙が出てしまう。
「可哀想なあさひ。でも、可愛い。汚いことは全部私が引き受けるよ」
「……っ!僕が!僕がやります!」
頬に流れた涙を伊織さんが舐め取った。
怖い。
この目の前の綺麗な蝶に、食べられそうで。
「駄目だよ。私の獲物だよ。面白そうだ、屈強な軍人の華が初めて蜜を吸われて、どうなるかな?楽しみ」
「伊織さん!!やめて!」
「じゃあね、あさひ。おやすみ」
「伊織さん!!」
伊織さんはヒラヒラと手をふって行ってしまった。
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