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深澤隊長
しおりを挟む今日は久々にピアノのレッスンの為に、音楽学校でも教鞭を執る先生のもとへやってきた。
ピアノの為に単身海を渡った、繊細な音楽を奏でる、尊敬できる先生だ。
先生の私邸にて恙無くレッスンを終えると、やや熱中しすぎた為に、夕暮れ時となっていた。
日が暮れる前に帰らないと、また煌一に怒られてしまう。
先生にお礼を申し上げ、待たせていた自動車に乗り込む。
車だから外套は持たずにシャツにズボンで来たから、少し冷える。
街は【灰】を恐れて、夕暮れ時には店を閉める所が殆どである。
街の人たちが、いそいそと家路を急ぐなか、軍人たちが見回りをしている。
灰は影のように実態がなく人間からは触れることが出来ない。
しかし、灰が人間に触れている場所は実態となる。
人間にとっては、自分に触れている場所しか攻撃できなくなるので灰と戦うのには危険が多い。
華は灰に触れられ無くとも攻撃をすることができるし、人間よりも遥かに優れた身体能力を持っている。
ゆえに、人間がどんな優れた兵器を開発しても、華以上に灰とは戦えない。
今日読んだ新聞では、灰を倒す為に組織された軍人の話が載っていた。
人々を守るため、命の危険も承知で戦う彼らを称賛していた。
「すみません、前で車夫同士が喧嘩をしていて通れません。少々お待ちください」
普段口をきかない運転手が、参ったなと漏らした。
見ると少し前で力俥2台が道を塞ぎ、男が2人言い争っている。
喧嘩好きのものが、野次馬になり、やいのやいのと騒いでいる。
何事も無いと良いなと思いながら外を眺めていると、数人の軍人さんが僕の車の横を通って行った。
「……あれ?」
いつも目にする黒緑の軍の制服と少し違う。
あまり装飾の無い、動きやすそうな軍服。
たしか、今朝新聞で見たものに似ている気がする。
「……」
一人の軍人さんに目がとまる。
男は、他の人より一際大きく、目を引く容姿をしている。
朔夜兄さんよりも年上ので、年の頃は三十代半ばくらいかな?
口元から顎にかけて髭が生えて、目元の黒子が特徴的で……。
軍帽から襟足までのうねった髪が伸びている。
なんだろう、軍の人っぽく無い。
もしかして……華?
僕の方に目を向けた彼と目が合う。
彼の歩みが止まって、凝視された。
「おい!」
彼が、車の窓ガラスを叩いた。
「っ!?」
びっくりして、思わず反対側の席に逃げる。
「直に日が暮れるぜ、今アイツらをどかすから、さっさと屋敷に帰れよ」
「……はい」
そう答えるのがやっとだった。
華だと思うけれど……この地域に居るのは屋敷の帝都の華蝶一族だけだと思っていた。
まさか、この人も富士の人?
襲ってくるかなぁと心配になり身構えていたが、彼は僕の答え聞くと、顔をくしゃくしゃにして笑い足早に去って行った。
その笑顔が印象的で、しばし呆けてしまった。
「動きそうですね」
前の様子を見ていた運転手が言った。
彼は、どうして屋敷といったのだろう?
車に乗っているから、どこか大きな家の者だと思ったから?
それとも、帝都の華蝶一族だとわかったからだろうか。
喧嘩をしていた車夫が、先ほどの男に取りなされ、離れる。
お互いの俥の元へもどった。
一人が俥を引いて走り出すと、野次馬も散り散りになって家路へ向かう。
そして、もう一人が走り出したとき、どこからか悲鳴が上がった。
「きゃあああ!!」
「灰が出たぞ!」
通りの向こうから人の波が押し寄せる。
子供を抱いた女性、我先に走る学生、皆が恐怖に突き動かされて逃げ惑っている。
「っ!!」
灰が近いのか、胸が苦しくなってきた。
呼吸が乱れて、はぁはぁと息が上がる。
「あさひ様!」
運転手が心配そうに振り向く。
自動車の前の道は、逃げる人々が通り、進むことが出来ない。
「……うぅ…。」
思い出される恐怖。昔、灰に襲われた記憶がよみがえる。
どうしよう。
人間たちも食べられてしまうのだろうか・・・まだ沢山の人が居た。
灰は動く人間を見つけると追いかけてくると聞いた。
だから見つからないように全ての戸をしめて家の中に居るんだと・・。
「先ほどの軍人たちが戦闘しているようです」
運転手はハンドルを握り、走り出せるタイミングを見計らっている。
苦しい体を起こし、前を見た。
2体の灰が道の真ん中で、軍人さんの集団に囲まれている。
まだ、完全に日が暮れていない為か、灰の色がまだ薄く動きが遅い。
さっきの彼が帯刀した剣を抜いて、灰に斬りかかった。
そのまま、【灰】は斬られて文字通り灰のように消えた。
触れられて居ないのに、灰を斬ることができる者。
「あさひ様。あの軍人、華だったのですね…」
「……んっ…。」
彼は流れるような動きで、もう一体の灰も切り倒した。
そして、その場に浮かんでいた光の球を、捕まえてガブリと食べる。
遠巻きに見ていた街の人々から歓喜の声が聞こえる。
「灰の討伐隊だ!!やっつけたぞ!!」
「ありがとう!!」
締め付けるように痛んでいた胸の痛みが、ふっと楽になった。
シャツをクシャクシャに掴んでいた手を離す。
呼吸も少しづつもとに戻ってきた。
でも、体に負荷がかかったせいか、頭がクラクラする…。
「おい、ちょうちょ様、大丈夫か?」
車のガラスがコンコン叩かれた。
先ほどの男が心配そうに覗き込んでいる。
僕は何か答えたいけれど、今は何も喋れず、座席から崩れ落ちた。
「あさひ様!?」
「おい!?」
慌てた男がドアを開けて僕を助け起こした。
そっと腕に抱かれて車から出された。
あぁ、今度は頭が痛い。
何か言いたいけど、まだ話せそうも無い。
「大丈夫か? 帝都のちょうちょ様だろ?早く自分の華の所に帰って、蜜を吸え。そしたら楽になるだろ。この騒ぎじゃ走った方が早いな」
「深澤隊長。」
「おう。」
男の後ろから声がかかった。
僕を胸に抱く彼が振り返ったので、相手の顔が見えた。
同じ軍服姿をした、聡明で清涼な印象の綺麗な男の人だ。
「被害者は、軽傷者が数名で大きな怪我は無いようです。そちらは…?」
「ちょっとな。俺この人を送っていくから抜ける、後は頼んだぞ」
「えっ?あっ…隊長!?」
男がふわっと跳躍して、華らしく人間離れした早さで走り、跳んだ。
人々からまた歓声が上がった。
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