我が為に生きるもの

いんげん

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朔夜兄さん

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その日は部屋に戻るのも嫌だったので、ベットが二つある客室で煌一と眠った。

煌一の事が気になってなかなか寝付けなかったけれど、気がつくと日が昇り、煌一はもう仕事に出かけて不在だった。

相変わらずとても忙しそうだ。

煌一に新聞を読めと言われて、気になって目を通した。

和国の政治の話は、分からないからペラペラ飛ばして。

「……海外では、もっと【灰】の被害が酷いのかぁ」

あれ? この男の人‥家の華だ。

あれれ?また知ってる華。

見知った華が、ことごとく紙面におどっている。
やれ、何かの研究開発をしたとか、会社をおこしたとか‥‥。

そして皆藤煌一の名前は、でかでかと一面に載っていた。
国を巻き込んだ、大きな事業が始まるらしい。
煌一ってやっぱり凄いんだ‥‥。

感動しながら新聞を読みふけっていた時。

「あさひ、ピアノを聴かせて」

と、やって来た朔夜兄さんに誘われて、音楽室へ向かった。

煌一は楽器は興味無いから、緊張しないけど、朔夜兄さんの前で弾くのは、ちょっとドキドキする。

ピアノのそばに立って微笑む朔夜兄さんに、一生懸命心を込めて弾いた。

所々、ミスタッチもあったけれど、淀みなく弾ききった。

「あさひ、また上手になったね」
朔夜兄さんが手を叩いて褒めてくれた。
嬉しくて、にやにやしてしまう。

「ありがとう! でも練習もなかなか出来なかったから‥‥」

「あんまり蜜を吸って無かったんでしょ? あさひは元から体が弱いから、それじゃあ倒れちゃうよ」

朔夜兄さんが、僕の頭をポンポン叩く。
ピアノに左手を置いて屈んだので、ちらりと痣が覗く。
無数の傷が痛々しい。
昨日の男の人は絞られていただけで、あんなに痛そうだったのに……刃物で傷をつけるなんて……。


「海の向こうはどうだった?海外でも蝶は少なかった?」

朔夜兄さんの痣から目をそらして聞いた。
ずっと見ていると、吸い込まれそうだし……催促しているみたいで恥ずかしいから。


華は【灰】と呼ばれる化け物を倒し、灰の魂を喰らうと、華の体に蜜ができる。

華が蝶を守り、蝶が華の蜜を吸う。
ずっと続く歴史だ。

しかし灰の食事である人間が増えて…。
灰も数を増やした。

「やはり、少なかったね。何処も灰が増えた所は蝶が減っていた」
「そうなんだ……」

「むこうの国の調査だと、文明から隔離された集落なんかは、灰も少ないし、華と蝶の数は安定しているらしい」
和国だけが蝶が減っているわけじゃなかったんだ。

昨日の男の一族の華はどうなるのだろう?

みんな普通に人間と暮らして行けるのだろうか?
華はみんな優秀で、人間には歓迎される…でも、あの男みたいに蝶を求めて…また襲われたりするのかな。

「ただ、海外の方が灰と人間の増加がここよりも早かったから、かなり混乱していた。強い一族が、弱い一族から蝶を奪う行為が横行している」

朔夜兄さんが、背後から僕を抱きしめた。

大きな手で、僕を何かから守るように、ぎゅっと。

「昨日、屋敷にきた人のこと聞いた?」
「あぁ、あさひが無事で良かった」

首元に囁かれくすぐったい。
朔夜兄さんの匂いが広がって安心する。

「富士の一族は、可哀想だが、良心があったから一族同士の争いにはならなかった。この和国でも近い将来争いが起こるかもしれない。それに……昨日の男が言っていた、おかしくなった華というのも、海外にも事例があった…此処も他人事ではなかった」

華がおかしくなって、蝶を殺した。
そんな恐ろしい事件が此処でも起きるのだろうか??

ある日、変になった煌一や朔夜兄さんが、僕を殺す?
いや、あり得ない。
そんなこと…想像できない…でも、他の華なら?
違う一族の華なら?

「あさひ、大丈夫だよ。君のことは何があっても守るから。でも、その為にも、私たちは今まで以上に【灰】を狩らなければならない。灰の数を減らして、蝶がもっと産まれる世の中にしよう」

いつも僕と煌一の先を行き、皆の為に身を粉にして働く朔夜兄さん。

昔から変わらない。

自分の事は後回しだ。



いつだったか、流星群を見たくて夜に外に出たことがあった。

誰にも見つからないように、でも煌一には見つかって…。

「こーち、いっしょにお星様見に行こー!願い事が叶うんだよぉ!」

二人で屋敷を飛び出し、星がよく見えそうな場所を探して歩いた。

「お星様、きれーだったねぇ!」
「ああ。」

冒険の旅に出たようで、とってもワクワクして楽しかった。


でも、途中で【灰】に出会った。

人の形をした黒い影のような生き物…。

「こーち、おばけ!お胸痛い!」

僕は、直ぐに動けなくなって、その場に倒れ込んだ。

「あさひに近づくな!!」

煌一が僕を守ろうとしてくれたけど、攻撃されて倒れて動かなくなってしまった。


蝶の気配に【灰】が集まったきたのか、僕たちの周りに数体の灰が立つ。
息が出来ない。
煌一に何かあったらどうしよう…。

僕は、絶望していた。

そこに朔夜兄さんが現れた、そして複数の灰を相手に一人で戦った。

「あさひ、煌一、大丈夫だよ!!今助けるから!」

まだ少年だったのに……。

朔夜兄さんは傷つきボロボロになったのに、僕らを背に戦い続けた。
最後の一体を倒すまで。

僕らは無事に屋敷に帰ることができたけど、それから暫く朔夜兄さんには会えなかった。

「さくにぃは?さくにぃに会いたいよぉ!!」

毎日、屋敷中を泣きながら探し回って‥。

もう、あんな思いはしたくない。


「朔夜兄さん、それって危ないんじゃ…」

「大丈夫だよ。私も、煌一も、もう子供じゃない。立派な華なんだよ。」

煌一兄さんの手が、あやすように僕の頭を撫でる。
優しいく微笑まれると、嬉しくなってしまう。

「ただ、灰を沢山狩ると、いっぱい蜜ができるから、あさひに吸って欲しいんだ……駄目かい?」

「朔夜兄さん……」

そんな風に言われたら、断れない。
昨日の男を見て、華蝶の危機が現実のものに感じられる。
そんな未来は絶対に嫌だ。

「……僕…それで役に立てるなら…」

「ありがとう、あさひ。嬉しいよ」








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