我が為に生きるもの

いんげん

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絞られて流れた蜜が、帯の上でぐしゃぐしゃに纏められた着物を染めている。

伊織さんが、男の痣から指で蜜を掬い舐めた。

「んー。まぁ飲めないこともないかな。富士の華は美味しいって聞いたんだけど違ったみたい。あさひも舐めてみる?」

僕は煌一の着物に顔を埋めて首を振った。
絶対に嫌。

「あーあ、ふられちゃったよ。まぁ野良犬の蜜だもんね‥‥ねぇ犬。私の役にたつなら飼ってあげても良いよ。屋敷の外でね」

伊織さんが男の痣を指で撫でる。

その仕草がとても綺麗で、そして怖かった。

蝶というよりも、まるで‥女王蜂のようだ。

男はもう、伊織さんを見つめ続け、その命令を待つ奴隷だ。
さながら犬というのも頷ける‥‥。

「‥‥貴方の犬になります」
「‥‥そう、じゃあ吸ってあげる」

伊織さんが、ゆっくりと顔を近づける。

男の体に、伊織さんの長い波打つ髪がかかる。
じらすように、痣に息を吹きかけた。

「うぅぅ!はっ!」
男が首を反らして悶える。

そして、ついにペロリと痣を舐めた。
「うぅあ‥‥はぁっ‥‥」
男の顔が喜びに溢れ、ボロボロと涙を流した。

「…ん……」
「ふっ!!ぐあぁ……」
勿体ぶるようにもう一度舐めた伊織さん。

「ねえ、富士から此処に来るまで、他の一族の所にも行ったんでしょう? 他所はどうだったの?」

「くぁあ…ああ……いい……」
伊織さんは男の痣をまた舐めると顔を離して、聞いた。

「あっ‥‥どこもっ……蝶は…少なかったですっ…」
男は蜜を溢れさせて物欲しそうに伊織さんを見つめる。

「ふぅん。やっぱりどこも一緒か」


「‥‥あぁ、どうかっ‥吸ってください。」

耐えられずに男が伊織さんに懇願する。

伊織さんは、再びゆっくりと顔を近づける。

「もうさっき五人分貰ったからねぇ。お腹いっぱいなんだ。犬の面白くない味だし」

「‥‥お願いしますっ!」

朔夜兄さんの蜜をすった時に感じたけれど、人によって味が違うのか。

煌一のが甘くて美味しいから、みんなそうなのかと思ってた。

「まぁ、しょうがないか」
伊織さんが髪をおさえながら、男の痣を、ペロペロと、おざなりに舐めた。

「あぁ! いぃ!‥‥ああ‥」

それでも男は喜んでいる。
膝の上の拳が震えている。

「…ん……」
「くっ……いぃ!!もっと……」

どうして‥華は、こんなに蝶を求めるのだろう。

華は優秀で、それだけで完結出来る生き物なのに。

華がいないと生きられないのは蝶の方なのに‥‥。

伊織さんが男の蜜を舐めながら、ちらりと僕に視線を向ける。

まるで僕に見せつけるように、男の蜜を舐める。

「うぁあ‥‥堪らないっ‥‥最高です‥‥ああ!」

「ちょっと!汚いので濡らすなよ!」

伊織さんは男の股間に乗せられた足を、ぐっと踏み込む。
「ぐああっ!!ひぃっ‥‥あぁ‥‥くぅ!」

それでも喜び喘ぐ男に、僕はもう見ていられず…目を反らして煌一の胸に顔を埋める。

「あーあ、もうあさひも見てくれないし、飽きちゃった。犬、今日はもう出てって良いよ」

男の股間から足を下ろすと、伊織さんは男に背を向けた。

「‥うぅ‥‥あっ‥あ‥‥そんな‥‥あっ‥」
涙を流し、伊織さんに取りすがる。

「早く出ていけ」
「‥‥う‥っ‥はい」

男がよろよろと立ち上がった。

前かがみに歩き出し、チラチラと伊織さんを振り返りながら部屋を出ていった。
その姿は怒られた犬のようで…。

「ねぇ、あさひ。私の舌、あの犬の味残ってるからキスする?」

近づいてきて僕をのぞきこんだ伊織さんに首を振る。

「おい、いい加減にしろ。」
煌一の声に怒りが混じる。

「冗談だよ、色んな味を試してみないと、一番が見つけられないでしょ?」

「……一番?」
「そう、自分の対で生まれた華だよ。特別美味しいらしいよ」

朔夜兄さんに聞いたことがある。

昔は【華】と【蝶】は二人で一つだったと。
華が生まれた近くで、その蝶が生まれ、二人で生きていくと。

「まぁ、物語みたいな話だよね。私たちが生まれるずっと前から蝶は減ってきているんだし」

「伊織さんは、あの…その…」

伊織さんは、この一族に産まれて、この一族の華の蜜を沢山吸っているなら……その対で生まれた華を見つけて居ないのだろうか?

まさか……煌一や朔夜兄さんでは無いだろうか?

「ふふふ、見つけてないよ。だって私はただの蝶じゃないしね」

「えっ?」

「おい、伊織。」

確かに伊織さんは、美しくて、頭も良くて僕とは全然違う、特別な蝶だとおもうけど……ただの蝶じゃないってどういうことだろう?

煌一の顔を見上げると、怖い顔をして伊織さんを睨んでいる。

「あさひ、足血が出てる」
「あっ……」

「早く手当してもらいなね。じゃあね」

ひらひらと手をふって伊織さんが出て行った。

なんだか、やっと緊張がとけてため息がでた。

力を抜いて煌一の胸に顔をつけると、ドクドクと聞こえてくる鼓動が心地よい。

とっても疲れた。

くしゃっと掴んだ煌一の着物を噛んだ。

「……おまえ…」
「あっ!ごめん!!」

「腹減ったのか?こんな状況で」

あきれた顔で見下ろされていたたまれない。恥ずかしい。

お腹は空いてないんだけど、なんだか不安な気持ちから、つい…。

「ううん。大丈夫」

「……部屋を片付けさせる。行くぞ」

煌一に抱き上げられて部屋を後にした。







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