8 / 34
犬
しおりを挟む絞られて流れた蜜が、帯の上でぐしゃぐしゃに纏められた着物を染めている。
伊織さんが、男の痣から指で蜜を掬い舐めた。
「んー。まぁ飲めないこともないかな。富士の華は美味しいって聞いたんだけど違ったみたい。あさひも舐めてみる?」
僕は煌一の着物に顔を埋めて首を振った。
絶対に嫌。
「あーあ、ふられちゃったよ。まぁ野良犬の蜜だもんね‥‥ねぇ犬。私の役にたつなら飼ってあげても良いよ。屋敷の外でね」
伊織さんが男の痣を指で撫でる。
その仕草がとても綺麗で、そして怖かった。
蝶というよりも、まるで‥女王蜂のようだ。
男はもう、伊織さんを見つめ続け、その命令を待つ奴隷だ。
さながら犬というのも頷ける‥‥。
「‥‥貴方の犬になります」
「‥‥そう、じゃあ吸ってあげる」
伊織さんが、ゆっくりと顔を近づける。
男の体に、伊織さんの長い波打つ髪がかかる。
じらすように、痣に息を吹きかけた。
「うぅぅ!はっ!」
男が首を反らして悶える。
そして、ついにペロリと痣を舐めた。
「うぅあ‥‥はぁっ‥‥」
男の顔が喜びに溢れ、ボロボロと涙を流した。
「…ん……」
「ふっ!!ぐあぁ……」
勿体ぶるようにもう一度舐めた伊織さん。
「ねえ、富士から此処に来るまで、他の一族の所にも行ったんでしょう? 他所はどうだったの?」
「くぁあ…ああ……いい……」
伊織さんは男の痣をまた舐めると顔を離して、聞いた。
「あっ‥‥どこもっ……蝶は…少なかったですっ…」
男は蜜を溢れさせて物欲しそうに伊織さんを見つめる。
「ふぅん。やっぱりどこも一緒か」
「‥‥あぁ、どうかっ‥吸ってください。」
耐えられずに男が伊織さんに懇願する。
伊織さんは、再びゆっくりと顔を近づける。
「もうさっき五人分貰ったからねぇ。お腹いっぱいなんだ。犬の面白くない味だし」
「‥‥お願いしますっ!」
朔夜兄さんの蜜をすった時に感じたけれど、人によって味が違うのか。
煌一のが甘くて美味しいから、みんなそうなのかと思ってた。
「まぁ、しょうがないか」
伊織さんが髪をおさえながら、男の痣を、ペロペロと、おざなりに舐めた。
「あぁ! いぃ!‥‥ああ‥」
それでも男は喜んでいる。
膝の上の拳が震えている。
「…ん……」
「くっ……いぃ!!もっと……」
どうして‥華は、こんなに蝶を求めるのだろう。
華は優秀で、それだけで完結出来る生き物なのに。
華がいないと生きられないのは蝶の方なのに‥‥。
伊織さんが男の蜜を舐めながら、ちらりと僕に視線を向ける。
まるで僕に見せつけるように、男の蜜を舐める。
「うぁあ‥‥堪らないっ‥‥最高です‥‥ああ!」
「ちょっと!汚いので濡らすなよ!」
伊織さんは男の股間に乗せられた足を、ぐっと踏み込む。
「ぐああっ!!ひぃっ‥‥あぁ‥‥くぅ!」
それでも喜び喘ぐ男に、僕はもう見ていられず…目を反らして煌一の胸に顔を埋める。
「あーあ、もうあさひも見てくれないし、飽きちゃった。犬、今日はもう出てって良いよ」
男の股間から足を下ろすと、伊織さんは男に背を向けた。
「‥うぅ‥‥あっ‥あ‥‥そんな‥‥あっ‥」
涙を流し、伊織さんに取りすがる。
「早く出ていけ」
「‥‥う‥っ‥はい」
男がよろよろと立ち上がった。
前かがみに歩き出し、チラチラと伊織さんを振り返りながら部屋を出ていった。
その姿は怒られた犬のようで…。
「ねぇ、あさひ。私の舌、あの犬の味残ってるからキスする?」
近づいてきて僕をのぞきこんだ伊織さんに首を振る。
「おい、いい加減にしろ。」
煌一の声に怒りが混じる。
「冗談だよ、色んな味を試してみないと、一番が見つけられないでしょ?」
「……一番?」
「そう、自分の対で生まれた華だよ。特別美味しいらしいよ」
朔夜兄さんに聞いたことがある。
昔は【華】と【蝶】は二人で一つだったと。
華が生まれた近くで、その蝶が生まれ、二人で生きていくと。
「まぁ、物語みたいな話だよね。私たちが生まれるずっと前から蝶は減ってきているんだし」
「伊織さんは、あの…その…」
伊織さんは、この一族に産まれて、この一族の華の蜜を沢山吸っているなら……その対で生まれた華を見つけて居ないのだろうか?
まさか……煌一や朔夜兄さんでは無いだろうか?
「ふふふ、見つけてないよ。だって私はただの蝶じゃないしね」
「えっ?」
「おい、伊織。」
確かに伊織さんは、美しくて、頭も良くて僕とは全然違う、特別な蝶だとおもうけど……ただの蝶じゃないってどういうことだろう?
煌一の顔を見上げると、怖い顔をして伊織さんを睨んでいる。
「あさひ、足血が出てる」
「あっ……」
「早く手当してもらいなね。じゃあね」
ひらひらと手をふって伊織さんが出て行った。
なんだか、やっと緊張がとけてため息がでた。
力を抜いて煌一の胸に顔をつけると、ドクドクと聞こえてくる鼓動が心地よい。
とっても疲れた。
くしゃっと掴んだ煌一の着物を噛んだ。
「……おまえ…」
「あっ!ごめん!!」
「腹減ったのか?こんな状況で」
あきれた顔で見下ろされていたたまれない。恥ずかしい。
お腹は空いてないんだけど、なんだか不安な気持ちから、つい…。
「ううん。大丈夫」
「……部屋を片付けさせる。行くぞ」
煌一に抱き上げられて部屋を後にした。
20
お気に入りに追加
110
あなたにおすすめの小説

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
幼馴染は僕を選ばない。
佳乃
BL
ずっと続くと思っていた〈腐れ縁〉は〈腐った縁〉だった。
僕は好きだったのに、ずっと一緒にいられると思っていたのに。
僕がいた場所は僕じゃ無い誰かの場所となり、繋がっていると思っていた縁は腐り果てて切れてしまった。
好きだった。
好きだった。
好きだった。
離れることで断ち切った縁。
気付いた時に断ち切られていた縁。
辛いのは、苦しいのは彼なのか、僕なのか…。
【完結】悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
本編完結しました!
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる