月の聖霊さまに間違えられた僕の話

いんげん

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あなたは私の愛しい人

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こころが攫われたと聞き、リドスに戦艦の指揮をまかせ、船を降りた。

闇夜に紛れて、ビザンに上陸する。



あぁ、なんて自分は脇が甘いのだろうか!

こころを危険な目に遭わせてしまった。

こんな事なら、こちらに呼び寄せた方が良かった。

この腕に抱きしめて守っていればよかった。



今頃、こころは、どんなに恐ろしい思いをしているのだろう!

こころを前にして、触れたくならない男はいない。

あの華奢な体が、壊されてしまうのではないか!

無事でいてくれ!!





ガイウスと仲間とともに王都に向かって馬を飛ばした。

逸る気持ちが止まらない。次第にガイウス以外の馬遅れ始めた。



そして夜が明けるころ王都につき、ガイウスが仲間から報告を受けている。

「ヴァジル、こころはビザン国王の寝室から騎士に連れ出され、今は王宮の一室に匿われているらしい。ビザンの国王は、トレノスに攫われた聖霊を助ける為に開戦を宣言するらしい」

ガイウスが怒りをにじませながら報告する。

「くそ!こころを迎えに行く!」

王宮に向かい、レジスタンスによる王権派の制圧に手を貸して、さっさと終わらせよう。



絶対に負ける戦を、自分の為だけにできるとは……とんでもない国王と、巻き込まれる可哀想な民たち。







再び急ぎ馬を走らせる。

様子がおかしい。

兵士たちが、笑いながら城から次々と出てくる。

そして私たちに気がつくと、誰もが道を譲り、歓迎する。



どうゆうことだ、これでは勝利した王の凱旋のようではないか……。



「陛下!!」

潜入させていた我が国の兵が向かってくる。

すぐに跪いて報告を始めた。

「兵士が集まる広場に、聖霊様が現れ、戦をお止めになり、兵士たちを帰しました!!」

「……なんだと……」

「新しい統治者が来るとお告げになりました」

こころ……なんて危険な事を……。

しかし……兵士が戦意を失えば……これで王と、一部の貴族だけを抑えれば終わる。

罪の無い兵士たちが戦う事も無い……。



こころ……あんなに怖がりで、儚い存在なのに……



君はなんて人なんだ。



人々を魅了してならない。





「ガイウス、こころを迎えに行こう」

城の中へと急ぐ。









そして広場へ馬を進めると、こころに呼ばれたような気がして、王宮のドア見る。



ドアは開き、こころが出てきた。



あぁ、愛しい人、やっと会えた。

太陽のもとで艶やかな黒髪が光の輪を作っている。

こころの黒く大きな瞳が私を映すと、嬉しそうに輝いた。



こころ……私の胸が歓喜に溢れた。









しかし、こころの後ろに、人が現れた。

ビザンの国王がこころの背中に飛び込んだ。





「こころっ!!」



恐ろしい光景だった。

こころが膝から崩れ落ち、うつ伏せに倒れた。

その腰に短剣が刺さっている。



嘘だ!!



あんな細い体に、剣が刺さっている……。

血が溢れ出す。



馬から飛び降り、こころの所に向かう。

王宮から現れた騎士が、鞘に収まったままの剣で国王をなぎ倒した。

くそ!なぜ剣を抜かない!

斬り殺せ!!



しかし、今はどうでもいい。

私はこころのそばに来てしゃがみ込む。



「急げ、医者を連れてこい!」

ガイウスが叫ぶ。

しかし、こころの背中を視線で確認したが……剣が刺さっている位置が悪い。

肋骨か背骨に阻まれていればよかったが、骨を避けた中央に下方向から突き上げるように刺されている。



あの糞が!!

訓練なんて何もしていないだろうに、なぜ今に限って……こんなに的確に人を刺す!

多くの血管を傷つけている。臓器にも損傷が大きい。

流れ出る血が止まらない。

失血死が免れない……。



こころを失う?



突然、自分の足元が崩れ去り、投げ出された気分になる。

自分の鼓動がうるさい。

胸が苦しい!



叫び出したい!



駄目だ!

こころを失うなんて!

やめてくれ!



こころが死んでしまうなら、別にビザンなんて、どうなってもいい!



頼む……私にできることなら何でもする、何を差し出してもいい



頼む!



こころを……助けてくれ!!



「ヴァジル……僕っ……痛いっ……」

こころの声で、正気に戻った。

あぁ、可哀想に!!こんな細くて頼りない体なのに……こんな目に遭うなんて!

刺されたのが自分やガイウスだったなら、また話が違うだろう……。

どんなに、痛くて苦しいだろうか……。

代われるものなら代わってやりたい!



「こころ。心配ない!すぐに医者に診せるから。ね!」

私は、笑えているだろうか。

こころの不安を少しでも拭えるように。



こころの手がピクピクと動く。

その手を握りしめた。



「ごめんね、こころ。迎えに来るのが遅くなって」

何でも無いように話が出来ているか?

大した事の無い怪我のように振る舞えているだろうか……。

「……ヴァジル、僕、役に……立った?」

こころが微笑みながら私を見つめる。



違うんだ!こころ!

私は、こんな世界本当はどうでもいいんだ!

偉そうに、人々の為などと言って、今日まで進んできたが……。



ただ、あの日……ネズミのように孤児として暮らしていた自分に、舞い降りた聖霊さま。



君に会いたくて



気がついて欲しくて



特別な人間になりたかったんだ……。

君だけが欲しかった。



世界なんていらない。

一番大切なのは、君なんだよ!!



「っ、あぁ。全部こころのおかげで、うまく行ったよ。だから、一緒に帰ろう」



こころの頬に手を当てる。

まだ、あたたかいが、顔色は真っ青になっている。

血が流れすぎている。



「……うん……帰る……ヴァジルと………一緒がいい…」



あぁ……だれか……助けてくれ!!

もっと君と一緒にいたい。

神でも、悪魔でも、誰でもいい……。



「んっうぅ!」



「っ!こころ!!」



こころが痛みと苦しみでポロポロと涙をながしている。

自分には何もできない!愛している人ひとり救えない。

抱きしめることも出来ない……。



「ヴァジル……好き……」



こころが泣きながら笑う。

その笑顔が美しすぎて……愛しくて……。

私の目にも涙が浮かぶ。



「こころっ!私も愛しているよ。ずっと昔から……」



君が思うよりも、深く強く。

きっとこの心を見せることが出来たら、君は私を怖いと思うかもしれないよ。



「……怖い……僕、何処に……行く……のかな……」



「っ!」



聖霊である、世界の違うこころが何処へ召されるのか……。

こころの恐怖を拭う方法はないのだろうか……。



許されるなら、何処へでも着いていくよ。 

今度こそ君に近づく全ての者を消して、私が君を守るよ。



ガイウスが、何かに気がついて耳打ちをしてきた。

「こころの聖霊の力は、このままだと、あの国王のものになるのか……!?」

船上で聞いた、聖霊の力。

聖霊を殺したものに、一度だけ、その力が宿る。



「こころ、大丈夫だよ。そばにいるから。もう君を離したりしない」



不安に涙する、こころに声をかける。

聖霊の力……。



「……ヴァジル……キス……して……」



考えに没頭しそうになった所を引き戻される。

こころは、感じている。

もう自分が長くないことを……。



こころに笑って頷く。

顔を近づけると、もう動くことも出来ないはずなのに、一生懸命こちらを向こうとする。

あぁ……愛している。



「私の愛しい人」



顔中にキスをする。

君の目が開いているうちに、君が生きているうちに、沢山キスをするよ。

もっと、もっと色んな事がしたかった。

君をもっと笑わせたかった。怒らせてみたかった。



「……ヴァ……ジル?あれ……どこ?」



こころの視線がさまよう。

もう私を見ることができないのか…。



「大丈夫、こころっ!ここにいるよ」



ガイウスが剣を構える。

もし、奇跡が起きて……本当に聖霊の力が宿るなら……人間以外も助けられるだろうか……。

こころを殺して、生き返らせることが出来るのだろうか……。



今までどんな敵でも、人でも、必要ならば躊躇うことなく殺めてきたガイウスの剣が震えている。

こころの上で構えた剣を、いつまでも下ろせないでいる。



あぁ……そうか、気がつかなかった。

お前も、こころを愛しているんだな。



では、お前にはやらせない。



その剣をつかみ取り上げた。







「こころ、愛している」





君は、私のものだ。





私は、こころに剣を下ろした。


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