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聖霊の力
しおりを挟む良かったあぁあ!
目を覚ますと、そこは安定の狭さ。我が城、コーポサンライズ。
寝たら戻ってこれたらしい。
本当に行きも帰りも唐突だ。
できればもう行きたくない。
ヴァジルとはあんな事になったけど、あの世界は平和ぼけしてる僕にはハードすぎる。
向こうの世界の人、みんな屈強だし。大きいし、生き残れる気がしない。
やはり生まれ育った場所が一番だ。
さて今日は、例の場所に行かないと。
さっさと身支度をすませると、時刻は9時だった。出かけるには良い時間だ。
忘れずに本を持って。
とりあえず帽子と眼鏡とマスク。
出発だ。
電車に揺られ、本の地図を見ながら歩き、何をどう話せば良いかと考える。
この本は事実なんですかとか?
お姉さんはどうなったんですかとか?
うーー。悩む。
「あっ、ここだ」
古いビルだった。
細長い印象の4階建てのビル。
案内板を見てみると、一階と二階は美容室。
三階はネイルサロン。
四階が個人のオフィスのようだ。
「合ってるよね?」
隣は解体工事中のビルと歯医者さんだし、ここなはず。
まぁいいや、違ったら謝ろう。
エレベーターに乗り込み、四階にたどり着いた。
鉄板っぽいドアには、オフィス深井とある。
そうそう、深井さんだ。帽子とマスク、めがねを取ってリュックにしまい、古い音符のマークのベルを押す。
ビーッと呼び出し音がして、中からバタバタ音がする。
「はーい」
出てきたのは、記憶通りの脚本家さんだった。
40歳くらいかな?少し目元にしわが出てきているが、まだまだ若い印象だ。
無造作に伸びた癖毛が踊っている。
くたびれたシャツでオフィスというより、自宅くつろいでいそうな感じ。
「あの、突然すいません!ええっと」
「いらっしゃい、桜川さん。お待ちしてました。どうぞ」
「えっ、あ、すいません」
とりあえず、覚えてもらっていて良かったけど、待っていたって・・・。
僕が来ることが分かってたの?
すすめられて、座ったソファの前のテーブルには紙や本が散らかっている。
そんなに広くない部屋は本棚ばかりで、さすが脚本家さんだ。
机を挟んで反対のソファに深井さんが座ると、奥からやってきた女性がお茶を出してくれた。
「どうぞ」
「ありがとうございます。頂きます」
喉は乾いてないけれど、出された手前口にする。
あっおいしい。
女性は熱心に僕を見ていた気がする。聖霊の仕事をするようになってから認知度があがって人の視線も、以前より多く感じるようになった。少しして女性は名残惜しそうに離れて行った。
「あの・・・突然訪問してしまってすいません。僕、先生にお聞きしたいことがあって」
「はい」
手に持ってきた本を突き出す。
「これって、先生のお姉さんの事ですか?」
「そうですね……」
やっぱり!
僕と同じ様な経験をした人がいたんだ!
「桜川さんが聖霊をやっているゲームは、姉の話をヒントにして作ったのです。トレノスという国の」
トレノス? そういえばヴァジルの夢に時々現れたときに聞いたような………。
ヴァジルの国はトレノスというのか。
「滅びる寸前のトレノスから誕生するのがゲームの主人公です」
滅びる……寸前? 戦争してるのはしってるけど……滅びそうではなかったような。
「姉の話によると、トレノスは前王ヴァジルが没するまでは、周辺国を同盟や戦争で取り込み勢力を伸ばし、安定した治世だったようですが、諸国統一間近で彼が死んで争いが拡大し、廃れていったようです」
ちょっ! ヴァジル死んじゃうの!? 僕の夢ではまだ生きてる。同じ名前の別の人??
「姉は、出会った神官に神殿で色んな話を聞いたそうです」
「あの……お姉さんの本の話しの続きってどうなったんですか!?僕、今、変な夢を見てて! とっても似てるんです!ヴァジルって王様も出てくるし……」
焦って声も大きくなる。
「姉のことはこれで続きをどうぞ」
深井さんはあらかじめ用意していたかのように、テーブルの書類の山の下から、白い本を取り出す。
「今、拝見しても?」
「ええ」
本を開く。
変な夢を見始めて、しばらく経った。
ある日姉は、雨が降らず日照り続きの時に人々が行った雨乞いに現れた。
儀式をしていた神官は以前会ったことがある。
自分にこの世界のことや聖霊について不穏な事を教えた人物だ。
聖霊の力は、聖霊自身が使おうと思って使えるものでは無く……人々に与えられた神からの駒だと。
すぐに逃げなければと思った。
このままではきっと、あの神官に殺されてしまう。
走りだしたがすぐに捕まった。
ああ殺されてしまう。
なんでこんな事に。
あとはずっと白紙が続き、最後のページにイラストが描いてあった。
聖霊姿の僕だ。
本を閉じる手が震えている。
「深井さん、お姉さんは……。それになんで僕の顔の絵が?」
「……その絵は姉が神殿に飾ってあったものを思い出しながら描いたものです。絵が趣味の人だったので。……姉の前に現れた聖霊だそうです」
「お姉さんの前?」
僕の心臓の音がドキドキとうるさい。
喉がカラカラに乾いて、出されたお茶を流し込む。
色々考えがこんがらがって、頭が整理できない。
「それに、このっ不穏な事って何ですか? 駒って!!」
「聖霊は、その命を奪ったものに、その力を一度だけ与える」
「!?」
そんな……。
生け贄じゃないかそんなの!
「だから、姉は雨を降らせることのできる水の聖霊の力を、人々に求められ殺されたんだと思います……」
「!?」
「……でもね、桜川さん。姉は助かるんです。 あなたのおかげで……」
深井さんがとても暗い顔で泣きそうに微笑む。
「えっ……」
「あなたが姉の前に現れた聖霊なら、姉はあなたよりも未来のその世界に行っていることになる」
そう……なのかな?
確かにヴァジルはまだ生きてたし、そこまで人々は困窮しているように見えなかった。
「あなたの、聖霊のオーディションの書類を見たときに、ピンと来たんです。 事実は小説よりも奇なり。姉に起きた出来事は、まだ終わってない。 あなたがヴァジル王を助ける事で、未来は変わる。世界は豊かになる」
冷や汗が流れる。
まさかそんな前から……。
だから僕に、この本を……。
「そんな……」
「どうか、王様を救ってあげてください。そうしたら姉は救われて帰ってくる」
深井さんが頭を下げる。
「そんなの……決まってないじゃないですか!? それに僕は、もうあそこには行きたくない!!勝手なこと言わないでください!」
ヴァジルの死は嫌だけど、僕に何が出来るっていうの!?
僕は戦士として役に立たないし、医者でも無い。
「ヴァジル王は、同盟国との調印式の日に亡くなったらしいですよ」
「だから!!僕には何も出来ない」
これ以上ここに居たくなくて、席を立つ。
「あなたは月の聖霊でしょう?月の聖霊は癒やしの聖霊だというじゃないですか」
「!?」
聖霊の力は、その命を奪ったものに・・・。
「うわああ!!」
僕は、その場から逃げすように走り出した。
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