月の聖霊さまに間違えられた僕の話

いんげん

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赤毛の男

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「……はぁ」
「どうしたの、こころくん」

今日はゲーム雑誌の聖霊さまの撮影があり、何度か来たことのあるスタジオに居る。
撮影したカットの確認中に別室でお昼を頂いていた。
衣装を汚さないように塩むすびを慎重に食べる。
街中やネット、テレビでも目にすることが多くなり自分の聖霊さま姿も見慣れてきた。
「なんか、ちょっと最近眠りが浅くて」
「……悩み事かい?」
机の対面に座るマネージャーさんが椅子を引いて接近してくる。
おむすびを食べる手を止めて、お茶で喉を潤す。
「ここの所、夢に度々同じ人が出てくるんです」
「……詳しく」
マネージャーさんの声が低く小さくなる。
「いやぁ、自分でも謎なんですけど、誰かの寝てる枕元に腰掛けて、頭なでたり微笑んだりするんですけど、相手が僕に触ろうとすると目が覚めるんです」
中世ヨーロッパっぽい天蓋付きの大きなベットで、大きな部屋。
僕が座る反対の枕元には剣と短剣が置かれてる。
眠る彼の枕元に腰掛ける。銀白の髪を撫でると彼が目を覚まして、紫の目に見つめられ恥ずかしくて手を離す。彼が話す声は聞こえるのに、僕は何も話せない。
僕は彼にさわれるけど彼は僕に触れられない。

彼の夢は一回事に月日が経っているのか、暖炉の火がついてたり、風通しが良くなっていたり。
その為か凄く喜ばれる。
彼は姿を見せてくれて嬉しいとか会いたかったとか、とにかく顔が赤くなりすぎて爆発しそうな事を言ってくる。
ドクドク鼓動が跳ねる。
「……相手はどんな人? 業界関係者? プライベートの知り合い?」
「……架空の人です」
「っぷ。なんだ心配しちゃったよ! 恋でもしてるのかと。今が一番大事な時期だからね! 好きな人が出来たらこっそり教えて。できるだけ協力するから」

こっ、恋!?
いやいや、ナイナイ!
そんなこと無い。
あーでも思い出しただけで体があっつい恥ずかしい!

「佐川さん、ちょっとその中庭出ても良いですか?」
「良いよ。呼ばれたら声かけにいくね」
中庭にでるドアを開けると、春から夏にかけての心地よい風を感じる。
この時期が一番好き。紫外線が強くて念入りに日焼け止め塗るのはちょっと面倒だけど、暖かいし花が咲いていい匂いがする。

あータンポポの綿毛。
これを見たらフーってやりたくならないはずがない!
スタスタと近づき手を伸ばす。

「っひや?!」
でっでた。奴が来た!
大嫌いな蝶がでた!
何故か昔から苦手で写真とかもダメなのだ。
しかも小さいのじゃない黒くてでかくて早く飛ぶ奴だ。

「……」

そっと奴から目を逸らさずに後ずさりする。
奴を刺激せずに、ゆっくりと。
3歩後退した時相手が動いた。それまで花の周りをうろちょろしていたのに急にスピードを上げてこちらにやってくる!

「うわあああ」
なりふり構わず逃げようとしたら今度は前から複数の蝶!
ゾワゾワっと震えが来た。

嫌だ!囲まれた!もう逃げ場がない。
目をギュッとつぶり手で頭を抱え込んで座り込む。
あっち行けあっち行けと願いながら縮まって待つ。幸いに蝶が僕に触れてくる感覚は無い。
ただ蝶は蜂と違って音がしないからまだ居るのか、もういないのか判断が付かない。

しばらく経ってもう居ないかと思って勇気を出して目を開け顔を上げる。
あれ?ここって。
目の前には中庭ではなく、いつもの夢の部屋が広がっていた。
蝶は?
中庭は?
僕、嫌すぎて気絶でもして寝てる?

何だか最近こんな事が多くないだろうか?
気がつくと違う場所だったりする……。

立ち上がり、考えながら歩く。
彼はいないけどいつものように枕元に腰掛ける。

えっと、最初はそう、池に落ちて少年と出会った時。
確か名前は、ヴァジルくん!
あれも深く考えないようにしたけど不思議な体験だった。
足をブラブラさせると、衣装のサンダルが脱げてベッドの下に入り込んでしまった。

「あーあ。ん? あれ今日はしゃべれる」
いつもこの部屋ではしゃべれないのに。
不思議に思いつつしゃがみこんでベッドの下に手を差し入れる。
あれおかしいな?奥に入っちゃったのかな届かない。

「動くな」
「っ!?」
何の前触れもなく、すぐ後ろから低い男の人の声がした。
後ろから感じる恐ろしい気配に、氷のように固まる。何か頬に冷たいものが当たってる。
視界には剣先が見える。
「少しでもおかしな動きをしたら斬る」
「っうああ!」
腕を乱暴に掴まれ、引き上げられたと同時にベットに転がされ抑え込まれた。

僕の両手は相手の左手で頭上に、目の前には短剣が突きつけられ、お腹の上に片膝で乗られとても苦しい。
「いっ嫌ぁ……いたっ……くるっしい!」
痛みと苦しさと恐怖で震えが止まらない。
滲んだ視界には、僕を見下ろし驚いた表情の男がいる。
彼じゃない。彼よりも大きい赤い髪の男だ。右の頬の大きな傷跡が更に恐怖を煽る。

「はな……して、やっ……やめて……」
子供と大人ほど体格の違う男に抑え込まれるように乗り上げられて、痛くて苦しくて気持ち悪い。なんとか苦痛から逃れたい一心で手を動かすが、がっしり掴まれてる腕はびくともしない。

「……おまえ……聖霊か……」
「……っう……くるっしいよっ……おねがぃ、はな……して!」
手を離され、目の前の剣がどこかへしまわれ、お腹の圧迫がなくなる。
「……うぅ……」
拘束は解かれたけど未だにに気持ち悪さも痛みも引かず、逃げる気も起きず、そのままベッドから動けない。
今まで喧嘩なんかもせずに平和に生きてきた僕にとって初めての暴力に震えが収まらない。
「お前本当に聖霊なのか」
「……」
お腹も胃もグルグルして気持ち悪いし怖くてしゃべれない。
恐怖と怒りで相手を見つめる。
男はファンタジーな雰囲気の勲章付きの黒い制服を着てる。腰にはさっきとは別の剣も下げてある。
まさに騎士の出で立ちだ。

「どうみても人間じゃないな」
どうみても人間だから、こんなに痛くて苦しかったんだよ!
相手から怖い雰囲気が薄れて来て少し心の余裕が出てきたら、恐怖がフツフツとした怒りに変わる。

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