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祝福
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桜川こころから聖霊さまになるために一歩一歩集中して歩く。
この木々を抜けた先にいる相手に祝福のキス。
大丈夫、落ち着いてきた。
かなり集中できた。
ちらほら見えていたスタッフさんも、まったく目に入らなくなった。
心なしか木の感じも違うように見える。
僕はこれから、戦の指揮官としてたくさんの人を犠牲にしながら進む主人公に会い、その深く傷ついた心を癒やし祝福をする。
戦争ばかりの世界を一つにするゲーム中盤の大事なイベントだ。
開けた場所にでた。
美しく広がる湖の前に青年が立っている。キラキラと輝く水面の光が彼を照らしている。撫でつけられた銀の髪が実際の面立ちよりも落ち着いた雰囲気を演出している。使い込まれているが手入れの行き届いた防具や腰に下げている剣が重そうに見えないのは大柄で鍛えられた体格のせいだろう。風に揺れるマントの音がする。
こちらに気がつくまでは憂いと怒りがないまぜになった表情だったが、僕に気がついた途端驚愕に変わる。
「……聖霊さま」
歩みを進めて彼の前に立つと、一段と体格の違いを感じる。
見上げなければ彼の胸当てしか見えない。
腕を伸ばし彼の頬に手を当てる。
まるで涙を流しているように見えて、目元をなぜる。
「……本当にあなたなのですか」
僕の手の上に彼の手が触れる。大きな彼の手は戦場をかける者らしく固く大きい。
紫の目に僕の顔がうつる。
「……えぇ、あなたの事が心配で来てしまいました」
「情けないです。あなたに頂いた使命を未だに果たせておりません」
僕の手が下ろされ、彼は片膝をついて跪く。
「それどころかっ! 私が無能なばかりに、多くの命を失いました!」
地を打ちつける彼の拳から血がにじむ。
「私の命令で多くの兵が死に、私を守るために多くの仲間が命を落としました!」
彼の叫びに心が震えて一歩も動けない。
「………………」
彼は今までどんな悲しみを見てきたのだろう。
どんな苦しみを味わったのだろう。
「……この先に本当に未来が有るのでしょうか。この手のひらから大切なものがこぼれ落ちていくばかりで、最後には何も残らない、そんな気がするのです」
自らの手のひらを覗く手に、彼の涙が落ちる。
彼の涙を止めたいと思った。
「あなたの手からこぼれ落ちた大切なものは、全部僕があつめます。再びこの地で新しい命になるように」
彼の頬を両手で包み上向かせる。
「あなたの悲しみも苦しみも教えてください」
そっと顔を近づけ唇を合わせる。
どうか彼を苦しめるものが少しでも軽くなりますように。
どうかこれ以上悲しい事が起きませんように。
どうか彼が笑って過ごせる日が早く訪れますように。
目をつぶり、ひたすら祈らずにはいられなかった。
この木々を抜けた先にいる相手に祝福のキス。
大丈夫、落ち着いてきた。
かなり集中できた。
ちらほら見えていたスタッフさんも、まったく目に入らなくなった。
心なしか木の感じも違うように見える。
僕はこれから、戦の指揮官としてたくさんの人を犠牲にしながら進む主人公に会い、その深く傷ついた心を癒やし祝福をする。
戦争ばかりの世界を一つにするゲーム中盤の大事なイベントだ。
開けた場所にでた。
美しく広がる湖の前に青年が立っている。キラキラと輝く水面の光が彼を照らしている。撫でつけられた銀の髪が実際の面立ちよりも落ち着いた雰囲気を演出している。使い込まれているが手入れの行き届いた防具や腰に下げている剣が重そうに見えないのは大柄で鍛えられた体格のせいだろう。風に揺れるマントの音がする。
こちらに気がつくまでは憂いと怒りがないまぜになった表情だったが、僕に気がついた途端驚愕に変わる。
「……聖霊さま」
歩みを進めて彼の前に立つと、一段と体格の違いを感じる。
見上げなければ彼の胸当てしか見えない。
腕を伸ばし彼の頬に手を当てる。
まるで涙を流しているように見えて、目元をなぜる。
「……本当にあなたなのですか」
僕の手の上に彼の手が触れる。大きな彼の手は戦場をかける者らしく固く大きい。
紫の目に僕の顔がうつる。
「……えぇ、あなたの事が心配で来てしまいました」
「情けないです。あなたに頂いた使命を未だに果たせておりません」
僕の手が下ろされ、彼は片膝をついて跪く。
「それどころかっ! 私が無能なばかりに、多くの命を失いました!」
地を打ちつける彼の拳から血がにじむ。
「私の命令で多くの兵が死に、私を守るために多くの仲間が命を落としました!」
彼の叫びに心が震えて一歩も動けない。
「………………」
彼は今までどんな悲しみを見てきたのだろう。
どんな苦しみを味わったのだろう。
「……この先に本当に未来が有るのでしょうか。この手のひらから大切なものがこぼれ落ちていくばかりで、最後には何も残らない、そんな気がするのです」
自らの手のひらを覗く手に、彼の涙が落ちる。
彼の涙を止めたいと思った。
「あなたの手からこぼれ落ちた大切なものは、全部僕があつめます。再びこの地で新しい命になるように」
彼の頬を両手で包み上向かせる。
「あなたの悲しみも苦しみも教えてください」
そっと顔を近づけ唇を合わせる。
どうか彼を苦しめるものが少しでも軽くなりますように。
どうかこれ以上悲しい事が起きませんように。
どうか彼が笑って過ごせる日が早く訪れますように。
目をつぶり、ひたすら祈らずにはいられなかった。
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