月の聖霊さまに間違えられた僕の話

いんげん

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出会い

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「あっ……っ……っぶ……っ……!」

なんで水の中!?
崖の下って池とかだったの?
鼻にも口にも目にも水が容赦なく入り込んでくる。ひらひらの衣装が重くて邪魔過ぎる。

ヤバい衣装ビショビショじゃん撮影出来なくなるじゃん!
でもそんなことよりも溺れる!
死ぬ!
って、あれ?
「あっ……ゲホっ、立てた……うぅ。」
落ち着いてみたら肩が出るくらいの深さだった。パニックで訳わからなくなってひとりでバシャバシャやっていたのか。
「壮絶に恥ずかしい……。げほ、誰かに見られていないだろうか」

「…………」
周りを見回してみると、ちょっと先に呆然とこちらをみる少年とその前に落ちている攻略本があった。

無言で見つめ合う時が過ぎる。
少年は何があったのかと思うほどのボサボサの白い髪で、凄く目つきが悪い。そしてボロボロの布を身にまとってる。
あっ、なるほど今日の撮影の子どもかな。
さながら孤児の役だろうか。
「あ、あは、はは……何だかお兄さん、転げ落ちてきたみたいで…………」
恥ずかしさで顔が熱い。目をそらすように落ちてきたであろう鳥居を探す。
池なのか湖なのか、三方が木々に囲まれている。後方に崖があるけど高い。めちゃくちゃ高い。3階くらい有るのでは?

「えーっ? えっ? 嘘でしょう!?」
再びのパニクだ。水しぶきを上げて動き回る。腕も足も感覚あるし、無事みたいだ。
よく死ななかったな。目尻がウルっとにじむ。
「怖かったぁ」

「あの!」
「っ!?」
少年から強く声をかけられ正気に戻った。
少年はこちらに手を伸ばしてくれている。とりあえずあがってこいということだろう。
濡れて重くなった服に難儀し、歩いて岸へ向かう。
「ありがとう、大丈夫だよ、よーーーーいしょ」
少年の手を取って彼まで湖に落ちてビショビショにしては大変だ。
なんとか這い上がることに成功したけれど、胸部分も膝あたりも土がついてドロドロになった。

あー終わった。これはギャラから差し引かれる位なら良いけど、予備が無くて撮影が飛んだらどうしよう。
とにかく早く合流して指示を仰ごう。
「ごめんね、ビックリさせちゃって。えっと、スタッフさんたちはどこかわかる?」
衣装の水を絞り、はにかんで笑いながら少年に訪ねる。
近くで見ると少年の孤児としての完成度が高くて驚く、裸足の足の固そうな感じとか傷だらけの体とか。

でもやっぱりモデルだね、キリっとした鋭い眼差しが目を引く。ハーフ?いや顔立ちはアジアじゃない気がする。
「あなたは、聖霊さまですか?」
質問の答えは貰えなかったけど子供ってこういう感じだよね。
ちょっと会話に付き合うしかないかな。
「あっうん。そうだよ。桜川こころです。よろしくね。君は?」
「っ! 触らないで下さい! 汚いです!」
「ごめん!」
自己紹介のためにしゃがんで握手をしようと少年の手をとると、ぱっと振り払われ距離をとられた。
そうだった、見た目きれいだけどよく分からない湖から出てきて泥だらけなんだった。そりゃあ嫌だよね。
「あっ……すいません、そうじゃなくて……ヴァジルです」
「えっ?」
「ヴァジルです!」
「あー、ヴァジル君ね」
少年もといヴァジル君は、本名?役名?それとも芸名なのかな?まぁ良いかヴァジル君で。
うわぁこの子目が紫色だ!!凄い!えっ?カラコン?いや子供にカラコン入れないよねぇ?
「凄く綺麗な紫色だね! はじめて見た!」
「えっそうでしょうか? それよりも私は聖霊さまには、はじめて会いました」
「そうだね初めましてだよね。まさかこんな風に会うとは思わなかったけど……あはは」
子役の子供にカッコ悪い所を見せてしまった。どん引きだよね。
「聖霊さまはどうして天から舞い降りて来られたのですか?」
えーっもしかして今、子供にからかわれてる?
それとも例えチョイ役の孤児でも撮影前から入り込む天才少年なのかな?
まずい。これは将来大物になる子では?
これはちゃんと僕もなりきらないと!
「……コホン……お恥ずかしい話ですが……神の門をくぐる際に目眩を起こしまして誤って此方へ……」
悲壮感を演出するようにまつげを震わせ、伏し目がちに語る。
そっと唇に手を添える。自分の残念な演技に笑いそうになるのをこらえて呼吸がおかしい。
「そうでしたか! お身体は大丈夫ですか!? まだ暖かい時分ですがふるえていらっしゃいます」
「ありがとう、でも大丈夫です。ただ一刻も早くスタッフさんっ……いえ、神や神官の元へ戻りたいのですが、知りませんか?」
よし!ちょっとアウトな所あったけど、話の本筋に戻れた。
これで撮影班の所へ戻れる。
「神官様の所へは私は直接行けませんが、神殿の前まではご案内できると思います」
すごいなぁヴァジル君。サラサラとセリフ出てくるなぁ。10歳くらいかな?
でも孤児役にしては言葉丁寧すぎない?生まれは裕福な設定とかにしてるのかなぁ。
関心しながらみていると、ヴァジル君は恭しく攻略本を拾ってくれた。

「これは聖霊さまの本ですか?」
「ありがとう。先ほど神から頂いた人々の戦術についてまとめた本なのですが、どうも僕には向いていなくて」
「聖霊さまはお見受けするに月の聖霊さまでいらっしゃいますよね。癒やしと安らぎの象徴ですから、さぞ人々の戦など醜く感じるのでしょうね」
ヴァジル君の憂い顔は、とても少年の演技なんかには見えず、やばい引き込まれる。
フラフラと誘われるようにヴァジル君に近づき、先ほど振り払われた手を取り攻略本を抱え込ませる。
「ただ悲しく思います。そして何もできない申し訳なさも……もし、この本が人々や君のためになるならば持っていて下さい」
「そんなっ! 私は聖霊さまに何かを授かるに相応しい人間では有りません!」
「いいえ、分かっています。君がただの孤児ではないことは。どうか受け取ってください。少年の君にはこの運命の道を進ませるには酷かもしれませんが、聡明な君なら絶対にクリア出来ます。大丈夫、この本が君を導いてくれます」
「……聖霊さま……」
ヴァジル君は涙を流し始めた。
とんでもない子だ、ここで泣けるなんて!未来のハリウッドスターでは??
「さぁ」
これ以上つきあうと此方がギブアップだ。もう行こうとヴァジル君をくるりと木々の方に方向転換させる。

あぁそれにしても衣装ひどいなぁ。
あれ?ブレスレット無い!
やばい水の中か!?
勢いよく湖を振り返ると、

あっ。
やばい。
落ちる!

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