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第十六章 最終学年

112、ボクノカケラ

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辻は考えていた。
どこで道を間違った?
坂本に新橋で降ろしてもらって、一杯酒屋に入った。

袴を着た書生風は少し浮いていたのかもしれない。

「なあ、兄ちゃん?」
「あ、ボクのことですか?」
「ボクとかいうのね。ハイカラそうだしね。」
「何か?」
「あんた、もっと金のある店いけるだろ?」
「え?」
「見てると腹が立つんだよ。」
「どうしてですか?」
「何!」
「どうして腹が立つんですか?」
「金持ってそうだからだよ。」
「いや、しがない教師ですよ。」
「学があるやつってことだな。」
「いえ。」
「学がないと先生なんてなれねえしな!」
「なにか恨みでも?」
「俺はな、尋常小学校にも通えず、大工一筋でやってんだ。働いても働いても金に何ねえ。」
「興味深いですね。」
「おい!バカにしてんのか!」
「いえ、建築業界に興味がありまして。」


実は、最近、辻は父から財閥の中でも建設業の従業員がデモを起こしたりしてビルディングの納期が伸びていることを聞いていた。


「あなたにとって、会社にどうして欲しいんですか?」
「そリャ、金と時間だよ。」
「金と時間ですね。」
辻はノートにメモをとった。

「兄ちゃん、何書いてんだ。」
「ああ、私の家族に建築業のぼやきを聞いていたもので。」
「じゃあさ、その家族さんに言ってくれよ。」
「はい。」
「働けど、働けど、苦しい闇だってな。」
「素晴らしい。」
「ん?舐めてんのか?」
「違います。ボクは素敵な表現と褒めたんです。」
「兄ちゃん、普通のボンボンと違うな。」
「え?」
「今まで俺が絡んだやつ、すぐ尻尾巻いて逃げてった。でもあんたは違う。」
「だって、あなたの話は実に的確だ。」
「難し言い方やめてくれ。」
「まあ、あなたは自分がわかってるし、変われるってことですよ。」
「ん?」
「例えばですけど、今の親方から違う親方に行ってみては?」
「でも、ずっと世話になってる。」
「終身雇用なんて終わってますよ。」
「でもサラリーマンは死ぬまでその会社にいるんだろ?」
「未来ではそんなの終わってますよ。」
「いつだ?」
「んー。100年とか。」
「俺に100年先のこと言うのか?」
「いや、もっといい会社が建設業ならあると思うのです。」
「じゃあ、教えてくれよ。」
「では、焼酎一杯いただけますか?」
「ん?金とんのか?」
「いや、物々交換です。」
「先生は偉いもんだな。じゃ、親父、こいつに焼酎水割り!」
「ありがとうございます。」
「で、どうなんだ?」
「ボクの知人で設計士がいます。そいつの親は棟梁です。とても評判がいいですよ。こちらが名刺です。」
「名刺をどうするんだ。」
「ボクが10日以内に話をしておきます。お名前は?」
「佐藤みつぐだ。」
「佐藤みつぐさんですね。」
辻は名前もノートの書いた。

そのあとは二人で浴びるほど酒を飲んだ。
千鳥足で終電に乗った。
最寄駅に降りられたが、そこから先がわからなくなった。

ボクノカケラ

うまく歩けない中、辻は櫻を思った。
彼女の中にカケラを落としてしまったのかもしれない。
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