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第十六章 最終学年

103、流線型

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櫻はその日、フランス語準備室にいた。

辻からの呼び出しだった。
表向きは受験科目をフランス語にするということで、呼ばれたのだ。
他の学生がいるものと思って櫻は気楽に言ったのだが、いたのは辻だけだった。

「あの、先生、私だけですか?」
「ああ、そうだね。」
「他の学生は受験科目にしないんですか?」
「そう、偶然にね。」
「そういうものなんですか?」
「まあ、この間の講演会があって、師範を目指す学生も減ってしまってね。」
「ああ、そうだったんだ。。」

櫻はちょっと残念に思った。
銀上にもそういう上を目指す学生がいたらいいのに、と。

「残念に思うことはないよ。」
「どうして?」
「ライバルが減った方が入りやすいしね。」
「それはそうですけど、切磋琢磨ってあるじゃないですか?」
「櫻くんは前向きだな。」
「辻先生は違ったんですか?」
「うん。父から帝国大一択だったからね。」
「どうして?」
「箔がつくからさ。」
「箔?」
「そう。辻財閥としてね。」
「それは重たいですね。」
「まあ、逆に何くそって思ったけどね。」
「そういう先生の後ろ向きなやる気、好きです。」
「あ、そういうことは学校ではダメだよ。」
「え?ああ、落ち落ちしてました。」
「櫻くん、いい意味で鱗が剥がれたね。」
「どういう意味ですか?」
「トゲトゲしてた。」
「あ、また変な表現。」
「バラみたいだったよ。」
「そんなに綺麗じゃありません。」
「まあ、あなたは櫻だからね。」
「嘘の名前だけれど。。」
「いや、もう戸籍だって、佐藤櫻だよ。」
「あ、言われて認識しました。」
「そう、そういうところ。拘らないところがいいよ。」
「褒め言葉ですか?」
「うん。褒めてる。」
「じゃあ、フランス語、復習させてください。」
「復習?」
「あ、ノア先生の参考書で勉強したいんで。」
「気に入ってるの?」
「望月さんに、一つの参考書をとことんやった方がいいって聞いたんです。」
「あ、そうだね。」
「辻先生もそう思います?」
「うん。あれこれやっても意味はあまりないよ。じゃあ、その参考書見せてくれるかな。」


櫻が渡すと、辻は腰掛けてじっくり読みいった。
待っている間、櫻は準備室にある本をパラパラとめくっていた。

「これはいいね。」
「先生、そう思います?」
「さすがノアだよ、」
「じゃあ、わからないところがあるので、教えてください。」
「パルドン?」
「え?」
「フランス語でもう一回ってこと。」
「ウィ」
「あ、櫻くんわかるじゃないか。」
「そうですね。ふふ。」

今回は真面目に二人で勉強した。
教師と生徒として。
でも、二人はとても幸福な時間を過ごしたのであった。
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