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第十六章 最終学年

77、様々な恋愛

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望月はその夜、ある女性の部屋にいた。

「芸術家の家というのは無機質でいいね。」
「それって褒めてる?」

夜の時間はランプだけなので部屋はじんわりと明るさがあるのみだ。

望月は切ってあるチーズを食べながら、彫刻を彫る彼女に話しかけた。

「独り身って楽しい?」
「私に聞く?」
「どうして?」
「あなたは方々にいろんな方がいるでしょ。」
「僕にいてほしいの?」
「ううん。私は奥さんになりたいとかない。」

その彼女、井上小百合。
芸術学校を出た彫刻家だ。
しかし、それで食べているわけではない。
彼女の家が裕福で自由な時間を一人暮らしということで与えていているのだ。

「ねえ、」
「なんだい?」
「あなたの伴侶はどんな方なの?」
「今まで聞いてこなかったのにどうしたの?」
「雑誌では拝見してるけど、本当のところどんな方なのかなって。」
「そうだね。彼女は僕にぶら下がらない人だ。」
「ぶら下がる?」
「うん。付き合ってくると、ぶら下がる人が多い。」
「どういう意味?」
「お金じゃないよ。精神的にもたれかかってくるのが多くの女性だ。」
「私は?」
「小百合くんは今の所ぶら下がってない。」
「今の所なのね。」
「僕のことを大切に思ってくれるとそういうふうになりがちなんだ。」
「いやなのね?」
「うーん。僕はわからないんだ。」
「何が?」
「奥さんはずっと長いのに全くぶら下がらない。僕がどこで何をしていようと普通の顔してる。」


小百合は彫っていた、望月の顔の手を一旦止めた。

「あなたは他の人からどう見えるかっていうことは興味がないのね。」
「どういうことだい?」
「恋愛って相手からどう扱われるかとか気になるじゃない。」
「いや、僕は全然。」
「結婚と恋愛は違うのかしら。」
「うーん。僕はどちらも好きだよ。」
「恵まれてるのね。」
「結婚したいの?」
「ううん。でも、将来はそういうことしなきゃいけなくなるし。」
「君が彫刻家として大成したらいいんじゃないか?」


小百合は自分勝手な発言をした望月に少し辟易した。
しかし、外遊したからこその発言だと思った。

「外国だったら違うのかしら。」
「君も出るべきだよ。」
「会えなくなっても?」
「瞬間に会えなくても今会えてるじゃないか。」


これだから小説家は、と小百合は思う。
恋愛は楽しい。でも、私だけの人じゃない。

「今日は泊まっていくの?」
「うん。終電もないしね。」


夜、一人じゃないのは嬉しい。
でも、帰る場所がる望月を恋愛という意味では縛り付けたい気持ちがあるのを小百合はいえなかった。
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