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第十六章 最終学年

73、時間を旅する

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淳之介の家庭教師は夏休みの間、半分休ませてもらったりしたので、久しぶりだった。

「先生、このままじゃ僕バカになっちゃうよ。」
「淳之介さんがバカになることはないです。」
「どうして?」
「勉強は覚えることが主ですが、それは手段を覚えるということなのです。」
「どういうこと?」
「つまりはですね、勉強を頑張るともれなく魔法使いになるということです。」
「え?」
「私は英語を勉強することによって、外国の小説を読むことができました。」
「そうだね。でも、それが?」
「たとえば、算数も、化学もそういうものなのです。」
「ああ、世界が広がるってことか。」
「そう。そして、淳之介さんはすでに推理小説の本を読んで、それをクラブ活動に活かしています。」
「褒められると照れるなあ。」
「ということで、今日も勉強頑張りましょう。」


淳之介に教える前の夜は櫻も事前に教えることを学習しなおしている。
それが、自分にとって本当に良いことだと思った。
人に教えるということは、自分の過去を掘り出し、そして定着し直すこと。

淳之介との勉強は1時間程度で終わり、リビングへ向かった。

すると、望月が何冊かの同人誌を風呂敷に包んで待っていた。

「お嬢様、紅茶はいかがですか?」
「冗談よしてください。」
「まあ、まだ夕飯の時間じゃないだろ。ちょっとティータイムしようよ。」
「でも淳之介さんが。」
「淳之介は和子の保育所に行く日だから。」
「保育所?」
「今はあぐりも一緒なんだけど、仕事をし出したら、子供を預けようとね。」
「でも、トモヨさんが。」
「母さんも10年経ったし、女中もいないから不安だっていうんだ。」
「そうなんですね。」
「ということで、我が家は今、僕たちのティータイムでゆったりだ。」
「望月さんとは不倫にもならなそうですね。」
「櫻くんから不倫なんて言葉出るなんてね。」
「既婚者はよくないですからね。」
「さすが、櫻くん」
「で、お話は?」
「恋愛は自由だということを伝えたくてね。」
「え?」
「君が辻を大切に思ってることはわかる。でも、時に人は突拍子もない選択をする。」
「それって。」
「まあ、大杉くんと会って、どう気持ちが変わるか自分に問いかけてみなよ。」
「でも?」
「うん。僕は色々な女性と関わってきたし、恋愛もした。でも、自分を奮い立てる何かを持ってる人と出会うことはラッキーかもしれない。」
「焚き付けてるんですか?」
「ううん。いや、この間は変な表現したなって。」
「でも。」
「だからさ、僕も大杉くんと付き合いがあるし、彼の考えも素晴らしいことも知っている。」
「じゃあ。」
「だからね。この本を読んで、辻くんの自由を感じてほしい。」


風呂敷には4冊、同人誌が入っていて、それを望月はくるりと包んだ。


「大切に読みます。」
「気楽にね。」


そして、望月は紅茶を飲み終わると、台所に下げ、櫻を佐藤邸まで車で送ったのであった。
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