夢は職業婦人〜カラクリ御曹司と偽お嬢様の恋

第十六章 最終学年

１、電車にて

最終学年の初日、櫻はあえて電車に乗った。
父が車で送ってくれるとも、坂本がこちらに来てくれるとも話はあった。
しかし、新しい通学路を経験しておきたかったのだ。

最寄駅から銀座周辺までは30分。
電車は20分程度乗ることができる。

まだ最終学年の教科書をもらっていないカバンにはまっさらなノートと今読んでいる本を入れた。

その本は望月ヨウスケの本である。

一般的には女学生が読むものではない。
しかし、特に猥褻と言うものでもない。
職業婦人ものが多く、読者もその周辺に多いと聞く。

短編が収められている何作かのうち、一作だけ家で読んでみた。

そこの主人公はまるでアグリのようだった。もちろん、働いているのは百貨店であったが。
それを読んで、櫻はワクワクした。

それと、早く家を出たのは定期を買うためだった。
学生証を出して、省線で手続きをする。
この学生割引が効くのもいつまでだろうか。

一つ一つ名前を書いてみる。
「佐藤櫻」
なんだか、少ししっくりこない。
でもこれが今の自分の名前なのだ。
これで私は生きていく。

窓口でそれを出した。
「ええと、佐藤さん、学生証が江藤になっておりますが。」
「あ、えっと戸籍を最近変えまして。」
「でしたら、学校で新しい学生証をもらってからまた来てください。」
「ああ、なら江藤でも」
「きちんとした学生証と定期が一致していないとお売りできかねます。」
「そうですか。」

駅員とのやりとりで櫻はしまったと思った。
まだ、学校には新しい手続きを踏んで入るが、学生証をもらっていないのだ。

櫻はそのやりとりで、自分がお嬢様ボケしているなと思った。

「ああ、では切符を買って行かなくては。」
意外にも切符には列が並んでいた。

有楽町までの運賃を確認する。
小遣いはもらってある。そこから出すことにした。

「あの、有楽町まで。」
「あ、大人一人ですか？」
「はいそうです。」

学校に行くまでにこんなに駅にいたことはない。
今更ながら自分が佐藤になったことを実感した。

やっと乗ることができた省線は一席空いていた。
座って、望月の本をあけてみる。

芸妓の話だ。
興味深い。
あの時、経験したことを思い出した。
そして、本の世界に櫻は引き込まれていった。