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第十四章 望月家からの旅立ち

14、19:05の永遠

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櫻は辻と望月のダンスに魅入っていてまさに時を忘れていた。

ふと、気になったことがあった。
辻と望月がダンスをしていたのは19時過ぎだったはずだ。
現在、ダイニングの時計は19時5分を刻んでいる。
秒針はないタイプの壁掛け時計である。

あれ?と思ったが、先ほどの時間を見たのが間違っていたのかと思い、気にしないようにした。

しかし、また歓談の時になっても時計が進んでいないことに気がついた。
時計、壊れてますよ、と言おうかと思い、櫻は隣の席の佐藤に話しかけた。
「あの、お父さん」
「おお、そう言われると嬉しいね。」
「えと、今の時間教えていただけますか?」
「そうだね、櫻。今は7時5分だよ」
「え?」
「あの、壁掛け時計と同じだよ。どうかしたのかな?」
「あ、あ、ちょっと勘違いしました。気にしないでください。」
「楽しい時間だから、時を忘れてしまうよね。」

いつの間にか佐藤は櫻に敬語を使わなくなっていた。
それが距離感にもなっている気がした。

しかし、櫻は気になってしょうがない。
あの、時計が進んでいない事実。
それをみんなが気がついていない現実。

もしかしたら、父上と壁掛け時計が偶然壊れているのかもしれない。
そう思って、斜め右からリビングの時計を覗き込んだ。

「わ!」
櫻は言葉に出してしまった。

「櫻さん、どうかした?」
心配したアグリが聞いてきた。

「あ、なんでもないんです。ちょっと感動しただけで。」

それを聞くや否や、望月が
「そうでしょう。櫻くんが時が経っても驚いてしまうそんな宴。まだまだ続くよ。」

いや、望月さん、おかしくありませんか?と聞きたくなった。

リビングの時計も19:05なのだ。
そう考えているうちにでも時は進むはずなのだ。
どうしたのだろう。
私たちは時に閉じ込められてしまったのだろうか。
みな、話しているし、動いている。

私の見間違いではないはずだ。
どういうことなんだろうと、櫻は頭を巡らせた。

「櫻くん、どうかした?」
立ち上がった、辻が驚いた顔の櫻を気にして聞きにきた。
「ああ。えっと、実は時計が動いてないように感じて。」
「初めて?」
「え?」
「楽しい時間は一時的に永遠になるんだよ。」
「嘘?」
「冗談ではないよ。僕は何度か経験してるよ。」

そういうと、辻は席に戻っていった。
もう一度、時計を見た。

そうすると、19:06になっていた。

時を解いたのは辻かもしれない。
櫻はそう思った。
本当のマジシャンは辻だったのかもと、心の中で櫻は思った。
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