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第十三章 養女になる準備

30、佐藤支店長と辻先生と

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残り一ヶ月、3月に入った。
櫻は望月家から出ることの寂しさと、佐藤家にいくことへの不安と闘っていた。

ある帰りの車内で、辻は言った。
「今日は、アグリくんに伝えてあるから洋装店には行かずに、佐藤支店長の家についてきて欲しいんだ。」
「え?」
「養女になるために話しておきたいことがる。」
「それって?」
「佐藤支店長も早退けしてもらうことになってるよ。」

車の中では辻は口数少なかった。

「先生。」
「なんだい?」
「えっと、後で話します。」
「うん。無理しなくていいよ。」

車は佐藤支店長の家につき、辻と入って行った。
ピアノに来る時と気分がだいぶ違った。

「やあ、櫻さん待ってましたよ。」
佐藤支店長が先に帰っていたようで、出迎えてくれた。
「お邪魔します。」
「来月からはお邪魔しますじゃなくて、ただいまだね。」

3人はダイニングで話すことにした。
最初に話し始めたのは辻だった。

「櫻くん、君の養女になる準備が大体整ったよ。」
「え?」
「佐藤支店長が尽力してくれてね、秩父の方はどうにか片付いたんだ。」
「じゃあ、父に会わずに養女に行くことができるんですか?」
「うん。君の父上は来月から佐藤支店長だしね。」
「でも、そんな簡単に行くでしょうか?」
「実はね、僕じゃなくて、坂本と佐藤支店長で君の実家に行ってきてくれたんだ。」
「本当ですか?」
「そう。君の実家に行く前に、佐藤家で話をつけて、それで少々のお土産を持参して君の実家に行ったんだ。」
「そんなことをしていたんだなんて。」
「気にしなくていいよ。言わなかったのは君が気にするだろうからと思って。」
「うちの父を説得なんてどうやって?」
「はっきりいうよ。お金だよ。」
「お金?」
「そう。僕と佐藤支店長で用意した準備金としてね。」
「でも、これからどんどん要求してきませんか?」
「いや、家一軒買える程度だから、しばらくは大丈夫だと思う。」
「でも、これから先。。。。」
「そこは坂本が動いてくれる。安心して欲しい。」

そこで、佐藤支店長が切り出した。
「そう。だから、櫻さんはこちらの家に来ることに不安にならなくていいんですよ。」
「ここに父がきたりしないでしょうか?」
「うちは女中もいますからね、大丈夫です。私たちはチームです。」
「チーム?」
「そう。あなたがこの家の娘になるためのチームです。」
「私、本当にこんなに恵まれていいのでしょうか?」
「あなたにはその資格がある。そう思ってください。」

櫻は泣いてしまった。
「おやおや、まだ君は17でしたね。」

佐藤支店長は女中に何かを言うと、奥からあるものを出してきた。
「これはクッキーです。私の亡くなった娘は泣くと、これを食べると笑顔になりました。あなたも、食べると元気が出ますよ。」

櫻は泣きながら、クッキーを食べた。
口の中に幸せが詰まっていた。
そして、泣きながら笑顔を二人に見せた。
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