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第十二章 新学期

19、恋愛のこと

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放課後、辻の車に乗って、出版社へ向かった。

「今日もいいことがあったようだね。」
「上野さんを和枝さんと呼ぶようになりました。」
「おー。ファーストネームで。」
「今までそんなことなかったですから。」
「君は色々世界を広げているね。」
「先生だって広い世界で生きてるじゃないですか。」
「まあ、色々知り合いはいるけどね。」
「どうかしましたか?」
「櫻くんが僕を少し放っている気がする。」
「そんなことないです!」
「今まではたくさん過ごせたのに。」
「だって、それをしてくれたのは先生でしょう?」
「まあ、そうなんだけど。」

私は先生に抱きつきました。

「おや、どうしたの?」
「スキンシップです。」
「そんな言葉覚えて?」
「西洋の物語で。」
「君の世界は広がるね、本当に。」

「私、こうやって先生の鼓動を感じるのが好きなんです。」
「可愛いことを言うね。」
「でも、今重要な時期だから。」
「そうだね、君がちゃんと養女になれなきゃだね。」

二人は抱き合ったまま話した。

「佐藤の家になったら、僕は毎日にでも通ってしまうかもな。」
「嬉しいです。」
「でも、そうしたら佐藤支店長の父親らしい部分を奪ってしまうかな?」
「でも、先生だって息子みたいなものなんでしょう?」
「僕にとってはね。佐藤支店長が父だったらって本当に思っていたこともあるよ。」
「彼の方は、本当に思慮深い方ですね。」
「そうだよ。伊達に倍生きてるわけじゃないよ。」
「私、自分の出生を思うと、佐藤支店長に申し訳なくて。」
「生まれる親は選べないよ。重要なのはどう生きてきたかだよ。」
「そう言ってもらえると。」
「僕と、自由恋愛して、ちゃんと結婚しよう。そのために、君に枷をかしてしまうけれども。」
「いえ、私、自分の父が関わっていく人生に悩んでいたので。」
「佐藤支店長と僕と最後の学年を充実させよう。」
「はい。」
「あと、ちゃんと、デートとかも櫻くん、行こう。」
「デート、行きたいですね。」
「やっと、本音が出た。」

少し体を離した辻が笑った。
「先生、笑った顔が可愛い。」
「嬉しいが溢れてるんだ。」
「私も先生が嬉しいと本当に嬉しい。」

二人は充実した短い時間を過ごした。
そして、きちんとした気持ちの確認をした。
それは当たり前に見えて、本当に重要だと櫻は感じていた。
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