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第七章 新しい夢探し

2、辻の後押し

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「ということで、アグリ先生から富田編集長に都合の良い午後、出版社を手伝えないか、話してくれることになったんです。」
「いいねえ。今は嘘の理由で車内にいて出版社に行ってないが、本当に行けたら、みんなにどんな仕事をしているかも話せるしね。」
「そう、それも後ろめたかったんです。でも、それを実践できるなんて、夢みたいで。」
「アグリくんは本当に、融通のきく人だね。」
「今はお腹に赤ちゃんがいて自分のこともたくさん大変なのに、私の将来のことを考えてくれるんです。」

辻は車の中で、ふと本を出した。
「これは先月号の新婦人社の「婦人の友」だよ。読んでみるといい。」
「先生、ありがとうございます。」

受け取った櫻は本当に嬉しそうな顔をして、輝いて見えた。
「君は本当に嬉しそうな顔をするね。」
「え?どういうことですか?」
「いやいや、本当に心から思ったことが表情に出ることはいいことなんだ。大人になっていくと、それをやめてしまうことが多いから。」

ニコニコと本をパラパラとめくっている。櫻は前回貸した青踏もノオトに移しているらしくまだ返却されていない。
「先生、またちょっと長く借りてしまってもいいですか?」
「いいよ。期限はないよ。僕はね、君らしい書き手になるんじゃないかって思うことがあるんだ。」
「私らしい書き手?」
「そう。君の武器である、偽お嬢様という身分だよ。本当は厳しい農家で生まれて奉公に出て修行して、女学校で勉強をして。そんな書き手は今までいなかったんじゃないかな。」
「でも、本当のお嬢様がかかれたものの方が皆さん、いいと思うんじゃないでしょうか?」
「いや、実際この本を読んでいるのは、奉公に出ている人や修行中の人も多いと思う。貧しさも含めてね。」
「貧しさが私の強さ?」
「そう、嫌な気持ちにさせたかな?」
「いいえ。そんなことはないです。先生と一緒にいられることだけでもいいのに、私、ペン一本で何か書けるようになったらってちょっと思ってたんです。」
「僕もね、前まで物書きしていたからわかるけど、君の文章は人を魅了するよ。」
「先生、私に甘いから。」
「いやいや、お世辞じゃないよ。富田編集長に存分に伸ばしてもらえるといいね。」
「はい!」

嬉しそうな櫻の顔を見ながら辻は幸せだと思った。彼女が本当に書くことが身につけば、右に出るものはいないかもしれない。
将来、素敵な職業婦人になることを祈りながら、辻はニコニコする櫻を見ていた。
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