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第五章 新たなる世界へ

1、先生からの電報

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辻からの電報を受け取ったのは翌日の朝だった。
まだ朝食をとっている時間に、「電報でーす」という知らせが来たのだ。


「あら、こんな時間に急ぎかしらね?」
アグリも不思議がっている。
「先生、私受け取ってきます。」
わかっていた。辻からだと。辻が自分に早速電報を出したのだと。

「えーと、望月方、エトウサクラ様あてですが、ご本人?」
「はい、私が江藤です。」
そう言って、電報を受け取った。

内容はとてもときめいた。
でも、皆に見せることはできない。
ダイニングに戻ると、
「アグリ先生、学校からでした。あとで書斎に行ってもいいですか?」
「わかったわ。今日、学校に行かなきゃならないの?」
「そうではないのです。ただ、ちょっと急な用が書いてありました。」
「じゃあ、詳しくは書斎で聞くわね。」

朝食も終わり、後片付けが済んで、出社の支度などで皆が部屋に戻った。
その時に、櫻は書斎へ行った。
「アグリ先生、失礼します。」
「どうぞ」
「今朝はバタバタしてすみません。実は電報、辻先生からなんです。」
「辻さんから?何?お急ぎのようだったの?」
「いえ、、、、あの、、、言いにくいんですけど、、、ラブレターなんです。、、」
「あらあ、そんなことするなんて、辻さん本当にあなたに参ってるのね。でも、次いつ来るのかしら。」
「それは書いてませんでした。でも、旅行中でいまどこにいるかもわからなくて。」
「お返事が出せないラブレターね。うちの主人も似たようなものだけど。って二人で旅行にいってるのよね?」
「はい。先生からはそう聞いています。」
「まあ、うちの主人は当てにならないからどうかはわからないけど、辻さん、ああ見えて馬鹿正直だから、他の女の人がいたらそう言うし、今回は二人行っていることは確かね。」
「はい、、、」
「でも、受け取り方法が困ったものね。辻さんのことだから、毎日送ってくるなんてこともするかもしれないし。他の職員に怪しまれてはダメだわ。群馬の百貨店とのやり取りで、電報が入ったということで、今度から私が受け取ることにするわ。」
アグリの優しさが嬉しかった。
「先生、本当にすみません。ありがとうございます。。」
「いいのいいの。こういうことは持ちつ持たれつよ。うちのフラフラした主人を楽しませてくれてるんだもの、辻さんは。」
「先生が東京にいないことが不思議です。」
「そうよね。あなたたち、自由恋愛してから、ずっと毎日会っていたものね。」
アグリに言われて、そうだったことに気がついた。自分たちは毎日欠かさずあっていたことに。
「ねえ、どんなラブレターだったの?」

「コチラ サミシサノナカニ アイジョウ ミツケタリ ティ」

櫻はアグリに電報を見せた。
アグリはその文章に見入っていた。
「本当、辻さんって勿体無いわね。こんなに文才があるのに、作品をか書かないなんて。」
「どういう意味ですか?」
「うちの主人と、辻さんがダダイズムで繋がってるのはご存知よね?主人はダダイズムを世間に広めたくて、作品を書いているの。元々は辻さんが雑誌に投稿していて、それに感化されたのよ。フラフラしていたうちの主人に目的を持たせたのは辻さん。」
「先生、どうして書かなくなっちゃったんでしょうか。。」
「その答えはこれからのあなたとの関係にも影響するでしょうね。ただ、書かないからと言って、辻さんが辻さんらしく生きられなくなるわけじゃないわ。ただ、勿体無いだけ。」
辻は以前、自由であるためにダダを守るために書かないと言っていた。
櫻は自分の自由がこのペンの中にあることをまだこの頃はわかっていなかった。







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