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第二章 職業婦人見習い

16、辻の優しさ 後編

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アグリは手にした紙に目を落とし、ゆっくりと読み始めた。

「君の子も、君自身も
臍の緒切れたら離れてく。
一緒にいられるのは少なくても
血は離れていかない。
距離は関係なく、あなたをその子も思うだろう。
名前は時に記号でしかないが
君がその名をつけるとき、
その子が君の手助けになるだろう。」

その詩を読んだ後、しばらく、無言の時間が過ぎた。
「辻先生がその詩を?」
「そうなの。なんだかふんわりした内容で、陣痛中の女の子に渡すにはそぐわないでしょ?でも私、名前を絶対つけようと思ったのよ。全然浮かばなくてね、ああ、辻さんから貰っちゃおうってね。」
「それで。。。ジュンくんて。。。」
「まあ、漢字はそのままつけたら父と母に辻さんて思われそうだったから、漢字も変えてあと、ジュンのままでいこうと持ったんだけど、長男に一文字の名前はいかん!なんてお父様に言われちゃってね。で、淳之介になったわけ。でも、私の中では淳之介じゃなくて、ジュン。」
「思ったより、辻さんて考えてるんだけど、相手にそれを思わせないって言うかね。あの人、人を裏切らないでしょ。うちの主人があの人を慕っているのは、単なる友人てわけじゃなくて、辻さんの優しさとか全部含めて、ね。」
「先生がそんな一面あるなんて知りませんでした。。。」
「まあ、こんなこと言ったけど、辻さんもちょっとプレイボーイだからね。」
「そうなんです!学校でもみんな狙ってるし、道を歩いていても、女性が振り返るし、、、」
「お相手としては、櫻さんとしては不安よね。」
「そうなんです。」
「でも、そんなに不安にならなくてもいいんじゃない?辻さん、あなたに関してはもう、熱心よ。私も他言するつもりはないし、自由恋愛とやらを楽しんでみてはいかがかしら?」

少し、答えに迷った、櫻は。
「まあ、あなたはまだ世界に飛び込んだばかり。私もまだ若輩者よ。ただ言えること。相手を大切に思っていれば、それは温度として伝わって、互いに一緒にいられなくても、心の中で感じることができるようになるわ。」

アグリの発言はすごく重く、そして説得力があった。
「はい。私がどう向き合っていけるかはまだわかりませんが、先生を大切に思う気持ち、大切にしていこうと思います。」

「そう、自由でいいのよ。そのままのあなたで。それとごめんなさい。私はまだあなたとお話ししたいんだけど、次のお客様との時間になってしまったわ。」
「アグリさん、本当にありがとうございます。私、先生の詩を聞けただけで、先生の一面を聞けただけで本当に良かったです。」
「それは良かった。この手紙の借りが返せたかしらね。」

それからしばらくして、辻が櫻を迎えにきた。櫻は微笑ましい顔で辻を迎えたのは間違いない。
「ねえ先生?」
「どうしました、櫻さん。」
「私、先生と自由恋愛してみますわ。今回はちゃんと覚悟を決めて。でも、約束通り、秘密の関係ですよ。私、職業婦人になる将来も諦めたくありませんから。」
「それでこそ、僕の見込んだ人だ。君の勇気に」
そうすると、背の高い辻は櫻を抱きしめて一回転した。その時、桜はびっくりして着地した時背伸びをしてよろめいてしまった。
「あ、」
「おっと。失礼。喜び過ぎました。では、ここから始まるんですね。僕たち。新しい世界へようこそ。」
抱きしめられて、ちょっと背伸びしたままの櫻は、この背伸びが心地よかった。






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