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第一章 先生との出会い

8、奉公

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家に帰った櫻はむさぼるように『青踏』の創刊号を読んだ。もちろん、帰宅が雄藩と重なったので、長い間一日目から読むことはできない。

夕食の実は櫻は女中部屋で食べていた。
叔父の家に居候とはいえ、家族として迎えられたわけではない。
秩父で結婚が決まった時、櫻は勇気を振り絞って上野の金持ちの叔父に電話した。
結婚までの間、東京の女学校で学びたいと。。。
叔父はすぐにうん、とは言わなかった。

叔父の田中小次郎は、上野の菓子屋に5歳から丁稚奉公した苦労人である。父の弟で、早い時期から奉公に出された。努力と実力のあった叔父は菓子屋のソロバンを預かるまでになり、その実力で店を大きくした。そのことが認められ、一人娘の田中家の長女と結婚に至ったのだ。叔父の中で、ここまでのことはもちろん、すんなりといったことではなかった。嫌がらせを受けたことも多数あった。しかし、結婚が決まったとたん、店の皆が自分にすり寄ってきた。その、『甘え』が叔父には許せなかった。
櫻が女学校の相談をしてきた時も、自分の金をアテにしたわがままだと思った。

しかし、話をよく聞いてみると、尋常小学校も出ていないが、奉公先でたくさん本を読み、英語も独学していたことを知った。奨学生として編入したいので、居候させてほしい。もちろん、家では女中と同じ仕事をすると交渉してきた。

小次郎はこのサクに対して、哀れと思うと同時に関心を覚えた。そして、同い年の自分の娘の野枝とはまったく勉学への向上心が違うことに興味を示した。

(ここまで、かんがえてのことか。。。それとも若さゆえか・・・)

ということで、櫻は従妹の通う銀上女学校に二年次編入することになった。従妹の野枝は入学が決まった時こう言った。
「絶対、私と従妹なんて言わないでね。おさがりの服着たあなたみたいのと姉妹みたいにみられたら迷惑だわ。」

櫻は悲しくなかった。それよりも、服にこだわる野枝の考えに同情さえした。着飾ることが最高の美徳とされ生きてきた彼女の人生。一人娘ゆえ、母と同じように婿取りをすることに。

(自由を私は絶対手に入れる!)
『青踏』を読みながら、興味深い文章が続く一方で、ここに執筆している女性の背景に実家の金があることを感じざるを得なかった。

(いつか、私のように貧しい家に生まれても平等に勉学ができ、職業に就くことができる世の中を。。。)

意識しなくても辻の言っていたことがなんとなくわかった。私なりの職業婦人を目指したい。辻はそこまで見越して、自分にアドヴァイスをしたのだろうか。
辻と話したい、辻と、この本について語り合いたい。
早く読み終わって報告したい。

「サク、まだ電灯をつけているの?灯油もただではありませんよ。明日の朝ご飯の支度もあるのですから休みなさい。」
女中頭のスエから叱られた。

もう、悔しいなんて思わない。私は絶対、銀座を闊歩する職業婦人になるのだから。

ふと、その未来の姿の横に辻がいたらいいなと思う。

(私ったらなんてこと・・・なんてこと・・・やはり先生に抱擁されて頭がおかしくなっているのだわ)

櫻はウトウトしながら眠りについた。
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