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屋敷の秘密
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アーサー。
この部屋は、手紙を受け取るはずだったアーティの部屋だった。
と、言う事はリックの部屋もこの屋敷の何処かに存在するのだろうか…
私にはまだ立ち入りを許されていない場所が幾つかあり、屋敷の全貌がいまいち掴み切れていないから、もしかしたらあるのかも知れない。
けれどここがジャケットの持ち主のリックの部屋でない以上、これは持ち帰るより他ない様だ。
そう思い、部屋を出ようと踵を返した所、部屋の入り口にスミスが立っていた。
私はビクリと体をこわばらせた。
「ここで何を?」
スミスは静かに問い掛けて来た。
私はジャケットの事を話そうとしたが、どう説明しようかと思案していた所、スミスの瞳が僅かに見開き、私の手にしているジャケットに視線が注がれた。
「それは一体…どうしたのです…どこで…それを…」
明らかにスミスの様子はおかしく、動揺している様だった。
「…これは、スミスさんからいただいた服の中に紛れていました…持ち主はかつてのこの部屋の主ではないかと思い至り…返しに来た所ですが…」
そう説明すると、スミスはようやくジャケットから視線を逸らし、いつもの冷静な表情を貼り付けた顔で
「そうでしたか、それは失礼致しました。それは最早不要。破けて使い物にもなりませんしね。こちらへお渡しいただけますか?」
私は、コクリと頷き、ジャケットをスミスに手渡した。
スミスはそれを受け取ると背を向け、
「あぁ、もうすぐ旦那様がお帰りになります。応接間においでなさい。」
「わかりました」
私はスミスの出た後に続き部屋を後にした。
スミスは階段を降りると応接間とは反対の廊下へ向かった。
…あの地下室の方だ…
私がしばし彼の背中を見つめていると、彼はふと歩みを止めてこちらを振り向いたので、私は驚いて視線を逸らし、足早に応接間に向かった。
どうして私が見ている事を気付いたのだろう、いやそれとも、振り向いたのは偶然だろうか…
私は、何か悪い事をしていたわけでもないのに、見咎められた様な気持ちになり、逃げる様にその場から立ち去った。
どうしてそんな気持ちになったかはわからない。
応接間の扉を開くと、暖炉が暖かに火をたたえており、部屋の中はふわりとした心地よい温もりに包まれていた。
先程迄の張り詰めた緊張や、ピリリとした空気さえ一瞬にして消え失せる様な暖かさの中、ほっとひと心地ついていると、遠くから馬のいななきが微かに聞こえた。
次いで車輪のカラカラと回る音、単調なリズムを刻む蹄の音が聞こえて来た。旦那様がお戻りになったようだ。
スミスはなぜあんなに早く気づいたのだろう…
間も無くして玄関の扉の開く音が聞こえた。
内容までは聞き取れないが、おそらく旦那様とスミスが何事か話しているのだろう、微かな話し声が聞こえた。
少しすると、馬車が元来た道を何処かへ帰って行く音がした。
屋敷に来て不思議に思った事の一つだが、恐らくこの屋敷に使用人はスミスしか居ないのだ。
ここでは他の人間を見た事がない。初めて連れて来られた時も、馬車は今日の様に何処かへ帰って行ったし、旦那様もいつもどこに居るのか知れないことがほとんどで、ここではおよそ人の気配を感じる事が無かった。
あの、地下に居るであろう謎の住人さえも、日頃は息を潜めているのだろうか…
少しして旦那様とスミスが応接間に入って来た。
「旦那様、おかえりなさいませ」
私の挨拶にさほど反応もなく、旦那様はソファに腰掛け
「あぁ、お前もう具合は良いのだな。
ところで先日の件だが…お前、倒れた時に何か覚えている事はないか?」
旦那様に問われ、私はあの日の記憶を辿った。
倒れた時…あの時は確か、病に罹っていて頭もぼぅっとしていた…なんとかして階段を降りて、扉に手を掛けた。
扉が向こう側に開いて、私はもう自らの体を支えられない程に衰弱していて、そのまま前のめりに倒れ込んでしまった。
その時、描き上げたばかりの絵が下敷きになってしまわない様にと前に…そうしたら、その先に…
私は見た限りのありのままを旦那様に説明した。
私は倒れ気を失う寸前に、視線の端に、何者かの足が見えた事。その者の足元に私の絵があった事。
それを聞くと旦那様は後ろに立つスミスの方を見やり、スミスもまた、難しい表情で旦那様を見つめかえした。
2人は視線で何事かを語り合うかの様にしばらく黙っていたかと思うと、不意にスミスが観念したかの様に口を開いた。
「…旦那様、最早この者には隠しおおせぬかも知れません。
あれももうこのまま閉じ込めておくわけにも参りますまい…私の命とて無限ではありません。
出せぬならば、もう殺すしか…無いのです…」
旦那様は黙って聞いているだけだった。スミスは見た事のない、辛そうな表情を浮かべている。
’あれ‘とは? 殺す?一体何を?
私はスミスが何を言わんとしているのか、全くわからずにいた。
「…あの…」
私が恐る恐る問いかけると
「…いいだろう。」
と、旦那様は何かを決心した様にこちらを向いた。
次いでスミスもまた、すぅと息を吐き、何かを振り切る様に一度目を閉じると、ゆっくりと私を見た。
その瞳は何処か、悲しげな色をはらんでいる様に見えた。
そうしてスミスは私にこう言った
「ギルバート、これから貴方に話す事は、この屋敷の秘密。この屋敷の過去。
これを知れば、貴方はもう二度とここを出る事が出来なくなるかも知れません。
貴方にはその覚悟を持って貰わねばなりません…」
「…わかりました」
奴隷の私には、元より選択肢など無いのだから…
「…まずは、長い昔話を聞いていただくとしましょう…」
この部屋は、手紙を受け取るはずだったアーティの部屋だった。
と、言う事はリックの部屋もこの屋敷の何処かに存在するのだろうか…
私にはまだ立ち入りを許されていない場所が幾つかあり、屋敷の全貌がいまいち掴み切れていないから、もしかしたらあるのかも知れない。
けれどここがジャケットの持ち主のリックの部屋でない以上、これは持ち帰るより他ない様だ。
そう思い、部屋を出ようと踵を返した所、部屋の入り口にスミスが立っていた。
私はビクリと体をこわばらせた。
「ここで何を?」
スミスは静かに問い掛けて来た。
私はジャケットの事を話そうとしたが、どう説明しようかと思案していた所、スミスの瞳が僅かに見開き、私の手にしているジャケットに視線が注がれた。
「それは一体…どうしたのです…どこで…それを…」
明らかにスミスの様子はおかしく、動揺している様だった。
「…これは、スミスさんからいただいた服の中に紛れていました…持ち主はかつてのこの部屋の主ではないかと思い至り…返しに来た所ですが…」
そう説明すると、スミスはようやくジャケットから視線を逸らし、いつもの冷静な表情を貼り付けた顔で
「そうでしたか、それは失礼致しました。それは最早不要。破けて使い物にもなりませんしね。こちらへお渡しいただけますか?」
私は、コクリと頷き、ジャケットをスミスに手渡した。
スミスはそれを受け取ると背を向け、
「あぁ、もうすぐ旦那様がお帰りになります。応接間においでなさい。」
「わかりました」
私はスミスの出た後に続き部屋を後にした。
スミスは階段を降りると応接間とは反対の廊下へ向かった。
…あの地下室の方だ…
私がしばし彼の背中を見つめていると、彼はふと歩みを止めてこちらを振り向いたので、私は驚いて視線を逸らし、足早に応接間に向かった。
どうして私が見ている事を気付いたのだろう、いやそれとも、振り向いたのは偶然だろうか…
私は、何か悪い事をしていたわけでもないのに、見咎められた様な気持ちになり、逃げる様にその場から立ち去った。
どうしてそんな気持ちになったかはわからない。
応接間の扉を開くと、暖炉が暖かに火をたたえており、部屋の中はふわりとした心地よい温もりに包まれていた。
先程迄の張り詰めた緊張や、ピリリとした空気さえ一瞬にして消え失せる様な暖かさの中、ほっとひと心地ついていると、遠くから馬のいななきが微かに聞こえた。
次いで車輪のカラカラと回る音、単調なリズムを刻む蹄の音が聞こえて来た。旦那様がお戻りになったようだ。
スミスはなぜあんなに早く気づいたのだろう…
間も無くして玄関の扉の開く音が聞こえた。
内容までは聞き取れないが、おそらく旦那様とスミスが何事か話しているのだろう、微かな話し声が聞こえた。
少しすると、馬車が元来た道を何処かへ帰って行く音がした。
屋敷に来て不思議に思った事の一つだが、恐らくこの屋敷に使用人はスミスしか居ないのだ。
ここでは他の人間を見た事がない。初めて連れて来られた時も、馬車は今日の様に何処かへ帰って行ったし、旦那様もいつもどこに居るのか知れないことがほとんどで、ここではおよそ人の気配を感じる事が無かった。
あの、地下に居るであろう謎の住人さえも、日頃は息を潜めているのだろうか…
少しして旦那様とスミスが応接間に入って来た。
「旦那様、おかえりなさいませ」
私の挨拶にさほど反応もなく、旦那様はソファに腰掛け
「あぁ、お前もう具合は良いのだな。
ところで先日の件だが…お前、倒れた時に何か覚えている事はないか?」
旦那様に問われ、私はあの日の記憶を辿った。
倒れた時…あの時は確か、病に罹っていて頭もぼぅっとしていた…なんとかして階段を降りて、扉に手を掛けた。
扉が向こう側に開いて、私はもう自らの体を支えられない程に衰弱していて、そのまま前のめりに倒れ込んでしまった。
その時、描き上げたばかりの絵が下敷きになってしまわない様にと前に…そうしたら、その先に…
私は見た限りのありのままを旦那様に説明した。
私は倒れ気を失う寸前に、視線の端に、何者かの足が見えた事。その者の足元に私の絵があった事。
それを聞くと旦那様は後ろに立つスミスの方を見やり、スミスもまた、難しい表情で旦那様を見つめかえした。
2人は視線で何事かを語り合うかの様にしばらく黙っていたかと思うと、不意にスミスが観念したかの様に口を開いた。
「…旦那様、最早この者には隠しおおせぬかも知れません。
あれももうこのまま閉じ込めておくわけにも参りますまい…私の命とて無限ではありません。
出せぬならば、もう殺すしか…無いのです…」
旦那様は黙って聞いているだけだった。スミスは見た事のない、辛そうな表情を浮かべている。
’あれ‘とは? 殺す?一体何を?
私はスミスが何を言わんとしているのか、全くわからずにいた。
「…あの…」
私が恐る恐る問いかけると
「…いいだろう。」
と、旦那様は何かを決心した様にこちらを向いた。
次いでスミスもまた、すぅと息を吐き、何かを振り切る様に一度目を閉じると、ゆっくりと私を見た。
その瞳は何処か、悲しげな色をはらんでいる様に見えた。
そうしてスミスは私にこう言った
「ギルバート、これから貴方に話す事は、この屋敷の秘密。この屋敷の過去。
これを知れば、貴方はもう二度とここを出る事が出来なくなるかも知れません。
貴方にはその覚悟を持って貰わねばなりません…」
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