さよなら、メアリー。

三毛猫

文字の大きさ
上 下
5 / 7

一夜の幻

しおりを挟む
 拓巳さんとの初めての出会いは、かなり衝撃的だったけれど、僕はすっかり彼の虜だった…





 当時付き合っていた二人の年上の彼女たちとの約束もそこそこに、僕は1週間のほとんどをバーでのアルバイトに注いだ。
 

 拓巳さんが来店した日は、仕事終わりに二人で食事をして語り合い、最後はホテルになだれ込むのが日課の様になっていた。


 拓巳さんは流石の大人の余裕でいつも全て奢ってくれるし、博識で色んな事を教えてくれるし、他愛のない僕の話もよく聞いてくれた。


 今の収入の基盤となっている投資についてもこの頃教わったものだ。


 …はっきり言って、今でこそ助かっているけれど、投資なんてそこまで興味は無かった。



 僕がこんなにも勉強して投資を極めたのは、全部拓巳さんの為。

 拓巳さんに少しでも近付きたくて…


 ただそれだけの、不謹慎な理由からだった。



 僕はそんな日々がすごく幸せだったのだけれど、幸せな日々というのは、どうしてか、長くは続かないものなのだ…



 ある時から拓巳さんはパタリと店に来なくなった。連絡をしても

 「今少し忙しい。しばらく店には行けない。ごめん。」



 と、素っ気無い返事が遅れて返って来ただけだった。



 僕は寂しくて彼にとても会いたかったけれど、しつこくしてますます拒まれたりするのが嫌で、我慢して彼から来てくれるのを待つしか無かった。



 その頃彼の立ち上げた会社はアプリの開発を主に行なっていたのだけれど、大手が同じ様なシステムを開発し、あっさりとその座を奪われた。

 その後も新たなアプリを開発するも、初期の様な斬新なものはなかなか出せず、気が付けば会社は倒産の危機に瀕していた。


 立ち上げから共に戦ってきた彼の4人の仲間は、1人減り、2人減り…最後は拓巳さん1人になってしまい、彼は、支援してくれていた投資家達に1人で頭を下げて回ったそうだ。



 その後、事業内容を変更し、彼は再び会社を設立。今では大手とも肩を並べるまでに成長している。


 僕は拓巳さんがそんな大変だった時に、何も出来ず、当然だけれど、頼られる事も無かった。



 全ては後から聞いた話だった。


 けれど、会社が再起した事で、また以前の様に拓巳さんと会える様になった。

 その頃から彼は店には1人でくる様になった。


 以前の仲間たちはもう居ないのだ。その事を寂しく思わないのかと尋ねると、彼は


 「寂しいよ。でもこれでいい。あの頃の俺にはみんなを守る力が無かったんだ。
 でも今は違う。もしまたあいつらが戻って来てくれたら俺は今度こそ彼らの生活を守るし、喜んで向かえ入れる。
 優秀な連中だったからなー。あいつらが働きたいと選び取ってくれる様な会社を俺は作らないとな。」




 そう言って彼はお気に入りのスコッチを飲み干した。



 拓巳さんは、自分を置いて去って行った彼らを少しも恨んでなど居なかった。



 僕は彼のグラスにアードベッグを注ぎ入れながら、どうして彼らを許せるの?と問うた。
あなたが1番大変だった時に、あなた1人を置き去りにして消えた人たちなのに。

 彼が大変だった時に、彼の為に何かをするでも無く、ただ彼の方からまた会いに来てくれる事を待つ事しかしてこなかった自分もまた、同じなのだ…
 そんな思いから出た問いだったかも知れない。



 すると拓巳さんは、


 「あいつらにも、あいつらの生活がある。
その中で俺を選んでくれたなら俺はその人に最善を尽くすだけ。」


 「まぁ、本当よくみんな、あそこまで残ってくれたよ、最後の方は給料だって満足に出せなかったんだ。

 …本当、感謝してるんだ。」



 自分の事が恥ずかしくなった。
僕はずっと、自分が嫌われたく無くて、拓巳さんの事を知ろうとすらしていなかったのに。


 恥ずかしさの反面、更に拓巳さんへの想いも高まった。


 相変わらず、拓巳さんは会うたび僕を乱暴に抱いた。その痛みが快感に変わる事は無かったけれど、僕にとっては、拓巳さんにそうされる事が大事だった。


 拓巳さんに乱暴にされて与えられる痛みは、僕の罰、僕の戒めだ。

 それが良いのだ。



 再びその逢瀬が始まるも、それもやはり長くは続かなかった…



 拓巳さんの新たな事業は以前より忙しい様で、会える回数は目に見えて減っていった。


 僕も僕で、その頃には朱華と出会い、バーのシフトも減らしてもらい、昼間はカフェで働く様になっていた。


 少しずつ離れていくうちに、拓巳さんは仕事の関係で出会ったモデルの女性と結婚する事になったのだと、僕は人伝に知ることとなった。



 ー…拓巳さんが、女性と結婚??



 何かの間違いでは無いのか?
 初めは信じられなかったけれど、段々落ち着くにつれ、そういう事もあるのだろう、と、妙に納得出来た。


 だって拓巳さんの事なんて、僕は何も知らないのだから…






 それでもこうしてまた拓巳さんと会えた。


 拓巳さんは僕に結婚生活の話はしないし、僕からも聞いたりしない。


 ただ…当然の様に会って、当然の様に抱き合って、当然の様にまた、互いの日常に帰って行く。


 それだけだ。



 こうして一夜の幻の様な逢瀬は明けていった。
 

 


 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

最愛の彼

詩織
恋愛
部長の愛人がバレてた。 彼の言うとおりに従ってるうちに私の中で気持ちが揺れ動く

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

処理中です...