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愛’茶

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桜ノ小路女学園生徒会長編

雪中花、須くその実辛く 1

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「失礼しました」

 放課後。
 職員室の扉を開けて振り返り、丁寧に中にいる教員にお辞儀をする少女。
 手には何かの資料と思しき書類の束。プリントだろうか。もしや今日出る宿題だったりして。。。


「あ、絢女あやめ先輩っ!」


 そんなことを思っていると、件の少女がこちらに気付き声をかけてきた。
 綺麗な金色の髪を頭の両端で結んだ短めのツインテール。大きなまん丸とした目は綺麗な碧眼へきがん。まるで外国人とのハーフのような端正な顔立ちは、悠李ゆうりとはまた違う綺麗さ、というより可愛らしさがある。
 それを助長するかのように身長も小さいのだ。


「今先輩、アタシに対して失礼なこと考えませんでした?」

「いや、別に」


 水仙翠扇みなふさすいせん
 私、絢辻絢女あやつじあやめの一つ後輩にして我が生徒会の一員でもあり、以前話題にも上がった生徒会会計である。
 彼女の父親は税理士をしているらしく、とにかく数字に強いのだとか。
 その影響からか、座右の銘は「数字は剣よりも強し」だと言わんばかりに計算能力が凄まじく、数学のテストは常に満点。十桁までの計算なら計算機を使わずに暗算でできるのだという。
 実際に見たことはないが、試験の答案用紙を見せられたことでその類の証明は立証されている。

 見せてもらったけど、なんで二次方程式を途中式なしで解けるのか甚だ疑問だよ。


「先輩は今から生徒会室に行くんですか?」

「そうね、悠李に呼ばれてるし」


 特に詰まった仕事はないから、今日は早く帰れると思ったのに。
 今日は新作発売日だから買いに行きたかったんだけどなぁ。。。


「アタシも会長にこの書類を渡さなきゃいけないので、ご一緒しますっ」


 にこやかな笑顔と弾むような声色。
 人懐っこい犬のような雰囲気を漂わせた後輩を連れて、私は生徒会室へと向かった。












「会長って、とても綺麗な人ですよね」


 職員室から生徒会室までは少し距離がある。
 まず職員棟という、音楽室、美術室、職員室などがある建物から出て渡廊下を通り生徒たちのいる教育棟へ。そして階段を三階まで上がったすぐの教室に生徒会室がある。
 そもそも桜ノ小路さくらのこうじ女学園は、合計五つの棟が存在する。

 職員棟。主に教職員が行き来する場所だったり、移動教室等の際に使う場所だったりする。
 教育棟。主に生徒が使う教室がある場所。
 生活棟。寮や部活生が使うシャワールーム、食堂などがある。
 部活棟。部活生が使う部室や用具等がある場所。
 旧棟。使われていない教室が多いが、理事長が来客等を招く際に使われるらしい。詳細は不明、というかよく知らない。
 とまぁ詳しい話は後にしよう。今は彼女、翠扇の話だ。

 彼女は、思い浮かべるように虚空を羨望の眼差しで見つめながらそう言った。
 確かに悠李は綺麗だ。
 同性の私でさえ狼狽えるほどに優雅で美しい。

 立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。まさにその通り。

 
「それに加えて成績優秀で品行方正とくれば無敵よね」

「はいっ、憧れますよね」


 途中、同じクラスの生徒なのだろう、何人かの生徒が翠扇すいせんに挨拶をしていた。彼女は比較的明るく朗らかに挨拶を返していた。
 彼女にも友達いたんだな、なんて年柄にも無く老婆心を働かせていた。
 私からすれば翠扇は、人から嫌われるタイプじゃないとは思うけど、もっぱら好かれるタイプじゃないと思う。
 なぜって?それはもう少し先で分かるから。


「アタシはどちらかというと、会長みたいに『綺麗』な方じゃないですから羨ましいですっ」

「ふーん」


 興味なさげな相槌を打ちつつ、目的の生徒会室へと到着した。
 その間、声をかけられた回数は十数回。その内、私への会話は数回しかなかったが、それ以外は全て翠扇のものだった。

 意外と人脈は広いようだ。
 中には年上の先輩もいたし。


「悠李、きたよ」

「絢女、わざわざありがとうございます」


 ガサツに生徒会室の扉を開け私はツカツカと中へ足を運び、中央にあるソファへと腰かけた。
 悠李もそのソファにすでに腰かけていて、私は彼女の隣に座ったのだ。というのも、続いて入ってくる可愛い可愛い後輩のために対面の席を空けてあげたのだ。


「会長、頼まれてた資料持ってきましたっ」


 けっぴろげた教室の扉からこれまたころころとした声色で、極めて朗らかに入ってきた少女。


「水仙さんもご一緒だったのですか」


 翠扇は生徒会室の扉を後ろ手でゆっくりと静かに締める。
 ぱたん、という音さえも聞き取り辛いくらい慎重に閉めた彼女は、朗らか、、、ではなくこれまた悠々閑々と中央のソファまで寄っていく。まるで今までの調子が嘘のように。


「はい、どうぞ会長」


 ソファに深くゆっくり腰掛ける翠扇。
 持ってきた資料を手渡す。片手で。さも持ってきてやったぞ、と言わんばかりに。


「拝見します」


 悠李はその姿を一瞥し、何言うでもなく資料を受け取る。
 そして数枚はあるであろう資料に目を通す。めくるスピードは早く、本当に読んでるのか怪しくなるほどにだ。彼女はすべての資料に目を通し、再度目を通す。
 その間、約数分。沈黙の時間、同様。

 悠李はようやく資料から目を離し顔をあげた。
 にこやかに、そして嬉しそうな表情。それを見た翠扇は一つ息を呑み、口を綻ばせた。悠李が発する言葉を期待するかのように。


「さすがですね水仙みなふささん、期待通りです」


 その瞬間、翠扇は自身の足を組み、背もたれにひじを乗せ、自身の靡く金色の髪を撫でながら口を開く。


「まぁ当然よね~、なんせこのアタシ水仙家長女にしてこの学園一の天才、水仙翠扇ちゃんですものっ」


 捲し立てるように得意げに、自信過剰なまでに饒舌に口上を述べる。
 ほんの数分前とは打って変わって、朗らかさや人懐っこさは消え、自己愛に満ち満ちた表情をしていた。


「会長直々に頼まれたから承諾してが、教師の中に知り合いがいたでパソコンを借りて資料をまとめることができたんですからくださいねっ」

「ええ、とてもありがたいです」


 まるで悠李に人脈がないかのように捲し立てる翠扇に一言言ってやろうと思ったが、その隙間もないほどに饒舌に語る彼女を、まるで意に介さないようにお礼を述べた悠李。
 

「会長は分からないでしょうけどアタシの日頃の行いがいい証拠ってことにも直結すると思うんですよね。なんたって授業は真面目に聞いてるし先生への受け答えはしっかりとしてるし多分こうやって」

「いわゆるエスカレータ式の学校で人と人とのつながりを大事にしてるって言うか親しき仲にも礼儀ありっていうか、そういうなぁなぁになる人間関係をしっかりするってとても大事だと思うんですよ」

「会長はこの学園初の外部入学生だから知らないかもですけどこの学園の生徒と教師はわりと知り合いや顔馴染みの人が多いんですよ」

「というのもーーー」


 相変わらず自分語りが多い後輩だ。
 人のことなど眼中にないのだろう。私が話始めにスマホをいじっていることにも気付いてないだろう。それくらい自分の世界にのめり込んでいるようだ。
 悠李はというと、先ほど受け取った資料に目を通しつつ翠扇の話に耳を傾けていた。私ならすぐ無視する勢いだというのに。
 

「一つお伺いしても?」


 饒舌に自分語りをする翠扇を遮るように口を開いた悠李。
 何ですか、と、さも物足りなさそうに会話(?)に急ブレーキをかけ悠李を見やる。


「この資料は水仙さんお一人で作ったのですか?」

「はい、もちろんですっ!先生方の手を煩わせるわけには行きませんし、それに会長は持ってるかわかりませんがアタシの家にはパソコンがあってたまに父の仕事を手伝うこともあるのでこう言った資料まとめは得意なんですよ。会長は知ってると思いますけどアタシは数字や計算は得意ですが表は苦手だったんで苦戦しましたが概ね完璧に仕上げたつもりです」


 特に聞いてもないことをよくもまぁすらすらと言えるものだ。
 将来はコメンテーターか落語家にでもなるといい。きっと成功するんじゃないかな。


「水仙さん、「しらべる」という字は調味料の「調」ですよ」

「「・・・・え?」」


 翠扇と私は悠李の言葉を受け入れられず思わず呆然とした。
 そこで隣にいた私は覗き込むように資料を見た。


「あぁ・・・・」


 私は苦笑いしか出てこなかった。
 「しらべた結果」「短かい時間で」「拘束第一情5校によると」等。
 指摘すればきりがないほどに、かつ一つ見つければ目立つほどに多い誤植。漢字の間違い。平仮名の数。
 悠李はあの捲し立てた自分語りの最中、誤字脱字を丁寧に判別し、全てに印をつけていた。


「高等部の、桜ノ小路生たるもの、きちんとした漢字を使っていきましょうね?」

「まぁ水仙さんはと思いますが私は心が広いので、の誤植でしたらこちらで修正してーーーー」

「か、会長のばかーーー!!」


 翠扇は悠李から資料を強引に奪い返すと、何ともベタな捨て台詞を言い残し教室を勢いよく抜け出した。そしてご丁寧に扉は閉めていった。その顔は羞恥によって真っ赤に染まっていたのを私は見逃さなかった。ご愁傷様。多分悪い子じゃないんだよ、、、きっと。




「・・・・性格わる」


 去りゆく後輩を尻目に、私は隣のにこやかな百合の花にジト目で見やる。何と嬉しそうな顔だこと。


「可愛い可愛い後輩に、人生勉強を施したまでですよ」

「可愛いねぇ・・・」

「可愛いでしょう?」






ところが」





 流し目で私を見た悠李はどこか妖しく、普段の優雅さは何処へやらと言わんばかりの雰囲気だった。でも翠扇と話す彼女はそこはかとなく楽しそうでもあった。

 そして。


「いい加減服を着ろバカ」

 
 悠李は私の言葉など聞く耳持たず、満足げな表情で窓際へ向かおうとする彼女を私は全力で止めた。
 

「あのさ、、、目のやり場に困るから辞めてくんない?」

「目のやり場に困るなら堂々と見ればいいのでは?」


 きめ細かく麗しいほどに白い肌と、芸術的とさえ思えてくる女性らしい曲線美を描く肢体。そして揺れる胸を張りながら彼女は至極真面目な顔つきで言った。


 この生徒会は変人ばかりだった。
 
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