現想世界のシアロジィ

十二支

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4.開幕

王子の帰還

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(まずいな、左腕がもう動きそうにない)

 正面から右目に切り傷のある巨躯の男がジリジリと迫ってきていた。

「王子、これ以上は……」

 審判をしている兵士が心配して声をかける。

「問題ない、俺はまだやれる!!」

 途中でやめさせまいと強い口調で返した恒星だったが、左肘はあらぬ方向に曲がり出血していた。

「恒星様、勝負はつきました。これにて終わりにしましょう」

(ふざっけるなよ、両親の仇であるお前に心配される筋合いなんてない。お前は俺がここでーー)

━━━ ━━━ ━━━ ━━━ ━━━ ━━━ ━━━

 ━━数時間前━━

 早朝、恒星の家の前で何やらガサゴソしている影が二つ。
 そして、
『ーースコン』
 と何かを郵便受けの中に入れると早速さと去っていった。
 その数分後、恒星は目を覚まし日課のランニングを終えて郵便受けを開けると一通の手紙が入っていた。
 家に持っていき手紙を見てみる。

(何だこれ?切手が貼ってないどころか住所も書いてないけど、一体誰が……)

 送り主について考えている間に
『ピンポーン』
 とチャイムが鳴った。
 玄関に向かい、近所に住む幼なじみの由宇奈ゆうなを家に上げる。
 由宇奈は家に入るとすぐに長い髪を纏めて家事をテキパキとこなしていった。
 一通り家事が終わり二人で朝食を食べている時に手紙について聞いた。

「うーん、私も特に心当たりはないかな。内容は確認してみたの?」
「いやいや、こんな誰から送られてきたかも分からない物怖いし開けたくないよ」
「はぁ……しょうがないなぁ、借してみ」

 由宇奈は手紙を取り上げ、中を確認する。

「えっと、なになに。『本日お迎えにあがります』だって」

 あまりにも身に覚えのない内容で恒星は余計に混乱した様子だった。

「まぁ、誰かのイタズラか唯の入れ間違いでしょ。それより今日は伯父さんと叔母さんの命日だけどお墓参りはいつ行く?」
「学校終わったらすぐに行こうと思う」
「りょうっかい。それじゃ、学校行こっか」

 学校に着き、授業が始まるとすぐに恒星は机に突っ伏して深い眠りへと入っていった。

━━━ ━━━ ━━━ ━━━ ━━━ ━━━ ━━━

「この家に星影ほしかげ 恒星っていう少年がいるはずなんだけど何か知らないかネー」

 大剣を持った右目に切り傷のある巨躯の男が夫婦に問いかける。

「恒星はうちの子供だが何のようだ」

 恒星の父親が男に怯む事なく問いに答えた。

「子供? まぁ、とりあえずここら辺にいれば恒星に会えるって事だよネー。それとお前らは邪魔だし死んでもらおうかネー」

 そう言うと男は夫婦を見るも無残な姿に惨殺し、恒星を探しにその場を去っていった。

━━━ ━━━ ━━━ ━━━ ━━━ ━━━ ━━━

『キーン、コーン、カーン、コーン』

放課後を告げるチャイムが鳴り、目が覚める。

(またあの夢。あの時、父さんに言われた通り隠れてたから俺は無事だったけど、もし出て行っていたら父さん達は……いや、考えるのはよそう)

「……最後に、今日の朝方から鎧を着た二人組の不審人物を見かけたという連絡が入っているから、みんな帰る時は気をつけるんだぞ」

 ちょうど先生の話が終わるタイミングだったらしく、生徒達は部活や帰宅の為に教室を出ていった。

「おはよう。よくお眠りだったようで」

 恒星が起きたのを見て怒った様子の由宇奈がやって来た。

「なんで敬語? というか、ちょっとキレ気味なのは何故でしょうか?」
「そりゃあ、一限目始まってから学校終わるまで寝てたら怒るでしょ、普通」

 教師達は恒星の事情を知っている為、学校生活について大分甘めにみている。
 その為、一限目からずっと寝ていたとしても怒られたりはしなかった。

「それはそれとして、私少し用事できちゃったからお墓参り先に行っててもらっていい?」
「分かった」

 墓地へと向かっている途中、正面から鎧を着た二人組が歩いてきた。
 二人は恒星の近くまで来て跪き、

「お迎えにあがりました。さあ帰りましょう、王子」

 と訳の分からない事を言ってきた。

(王子? 何を言ってるんだコイツらは。ていうか確か、先生が鎧を着た二人組がどうとかって)

「人違いじゃないですかね。すみませんが俺は用事があるのでーー」

(とにかく今はここから離れないと)

「人違い……いえ、そんなはずありません。手紙もお送りしたはずです」

(手紙って、今朝来てたアレのことかな)

「確かに手紙は届いてましたけど……そもそも何の話をしているのかが分からないのですが」

 恒星の反応を見て二人は少し困った顔でこそこそと何か相談をする。
 そして、話がまとまると恒星に近寄り、

「王子、王からは『力ずくでも連れて来い』と言われてますので、今からのご無礼をどうかお許し下さい」
「だから何を言ってーー」

 鳩尾を殴り気絶させ、倒れた恒星を連れてその場を立ち去った。

━━━ ━━━ ━━━ ━━━ ━━━ ━━━ ━━━

 目が覚めるとそこには知らない小綺麗な天井があった。

(どこだここは。確か、変な二人組に出会って……)

 微かに痛む腹部をさすりながら気絶する前の出来事を思い出していると、

「気がつかれましたか、恒星様」

 聞き覚えのある声に名前を呼ばれ、体を起こしその方向を向く。

「本日より恒星様の身の回りのお世話をさせて頂くことになりました、メイドの小鳥遊たかなし 由宇奈です。よろしくお願い致します」

 見知ったの顔のメイドが、まるで初対面かのように挨拶してきた。

「えっと、由宇奈…だよな?」
「そうですが、どうかなさいましたか?」
「いや……」

(どういうことだ? 見た目は由宇奈の筈なのに喋り方や雰囲気がまるで違う)

「そうでした。私、恒人つねひと様に恒星様がお目覚めになったら伝えに来なさいと言われてますので、行って参りますね」

 由宇奈は部屋を出て行くのを見送った恒星は、現状把握のため辺りを見回す。
 部屋の中は綺麗に掃除されていて、何やら高そうな物が至る所に置いてあった。
 そうしてしばらくすると、

「恒星様、恒人様をお連れしました」

 由宇奈が軍服の上にマントを羽織り腰に剣を携えた男を連れてきた。
 その男ーー恒人は、部屋に入るなり恒星に駆け寄り力強く抱きしめる。

「よく来てくれた恒星! 早速で悪いが皆に顔を見せに行くぞ」
「えっ、ちょっ……!!」

 何か言いたげな恒星を連れ、大きな扉の前までやって来る。
 扉の向こうは広いホールのような空間になっていた。
 中央にはレッドカーペットが敷かれていて、その先には玉座と思しき物が置かれている。
 そして、レッドカーペットの両脇には、メイド服や鎧、白衣を着た人達や恒星と同い年くらいの少年の姿があった。

「おぉ! 恒星様だ!」
「随分と逞しくなられた」
「アイツが…」

 観衆の間を恒人に連れられるがまま進み、玉座の前に辿り着く。
 恒人は観衆に向き直り、大きな声で語り始めた。

「今日、我が国の王子はここに戻ってきた! 捜索に協力してくれた者たちには本当に感謝している。ひいらぎお前は特にな」
「勿体なきお言葉」

 恒人に対して跪き、感謝の言葉を述べた巨躯の男が顔を上げる。
 その男━━柊の顔を見た瞬間、恒星は自分の心臓が大きく跳ねるのを感じた。

(この声色、あの右目の切り傷。忘れるわけがない、コイツが……)

 傍にいた恒人の剣を奪い、湧き上がる怒りに身を任せて柊に斬りかかる。
 完璧な急襲であったにも関わらず、柊は難なく自身の剣で受け止めた。

「何をしておるのだ恒星!」

 急襲に失敗した恒星は周りにいた兵士達に取り押さえられる。

「離せ!!  俺はコイツを……」
「恒人様。今のをご覧になられましたか? 昔とは比べ物にならない程の身のこなし。どうやら、あちらで相当経験を積まれたご様子です」
「……ほう、それで?」

 柊の話を聞いて少しだけ冷静さを取り戻した恒人は続きを話すように促した。

「今の恒星様の力をみるために私と手合わせするのはいかがでしょうか」
「……よいだろう」
「ありがとうございます。では、玉座の前では出来ませんので中庭で手合わせいたしましょう。昔のように」

 今にも暴れ出しそうな恒星を兵士が数人がかりで押さえながらギャラリーと共に中庭まで移動する。

「恒星様。私に何か言いたい事があるみたいですが、今は押さえて流れに身を任せて下さい。あまり自分勝手をなさると恒人様に怒らせてしまいます」

(確かに、これだけ人がいるところで事を起こせば後が大変になるな。まぁ、コイツは手合わせの最中にやればいいか)

 決闘の準備をしていると木で出来た模擬剣を渡された。

(手合わせって話だしさすがに真剣は渡されないか。まぁ、これでも……)

「それではこれより王子と軍隊長殿の手合わせを始めます」

 審判が開始の合図としてコイントスをする。

「恒星様」
「あっ?」
「手合わせとはいえ、手加減は致しませんよ」

 〝キィン〟
 コインが落ちた瞬間、柊の姿が視界から消えた。
 それとほぼ同タイミングで背後に殺気を感じ、咄嗟に身を捻ると眼前を剣が通過していった。

(あっぶな!!  俺が言えた事じゃないけど、手合わせなのに殺す勢いでくるとか頭おかしいだろ)

 『手加減はしない』の言葉通り、柊は紙一重で躱した恒星に間髪を入れずに撃ち込んでいく。
 一振り一振りが重い柊の攻撃を何とか受け流す。

(手が痺れて痛い。一旦距離を取らないと)

 体勢を立て直すために無理やり距離を取ろうした恒星に柊が追い討ちを仕掛ける。
 左腕を犠牲に防ぐが攻撃の勢いでふっ飛ばされた後、よろけながらも何とか立ち上がった。

(まずいな、左腕がもう動きそうにない)

 正面から右目に切り傷のある巨躯の男がジリジリと迫ってきていた。

「王子、これ以上は……」

 審判をしている兵士が心配して声をかける。

「問題ない、俺はまだやれる!!」

 途中でやめさせまいと強い口調で返した恒星だったが、左肘はあらぬ方向に曲がり出血していた。

「恒星様、勝負はつきました。これにて終わりにしましょう」

(ふざっけるなよ、両親の仇であるお前に心配される筋合いなんてない。お前は俺がここで殺す!!)

 息を深く吸い込み、神経を研ぎ澄ます。

(見せてやるよ。お前に復讐する為に積み重ねてきた2年間の成果をーー)
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