ダレカノセカイ

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episode.20

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 ニコルが看板娘として働く酒場『今夜はココット』に到着後、ニコルの親父であるニヒルが俺に何度も頭を下げて、「坊主お前さんには悪い事をした。本当にすまなかった!」と謝られた。
 [称号:熱烈な謝罪受けし者 獲得]
「もう終わった事だから、気にしないでくれ」と伝えるとニヒルは申し訳なさそうに「せめてもの罪滅ぼしにこれだけは作らせてくれ」と言って、「坊主お前さんが美味しいと言ってくれたオムラースだ」とオムライスとほぼ同じ料理と言っても過言じゃない。オムラースを奢りで作ってくれたのだ。
 俺は「罪滅ぼしで作ってくれたんなら食べないといけないな。罪滅ぼしって言われなくても、腹が減ってしょうがない俺は普通に食べたと思うけどな。ニヒル、ありがとう。オムラース頂きます」と手を合わせ、目の前の食べ物に感謝してオムラースを堪能して食べ始める。
 一口目を口に入れて、口の中にオムラースを人気メニューとする極上の味が押し寄せる。
 空腹に襲われていた俺の腹の中にオムラースの一部が流れ込み、グ~~!と腹が鳴る。
 [称号:腹ペコくん 獲得]
 俺は目から涙が一滴流れ落ち、オムラースを作ったニヒルに感謝の念を込めて「美味い!」と叫ぶ。
 [称号:オムラース魅了されし者 獲得]
「たんと召し上がりな」
 凄く凄く野菜を全面的に活かした味の風味、玉子に包み込まれた混ぜご飯が俺に語りかける。
 さぁー召し上がれ。腹ペコなんだろ?そう語りかけてくる。これは空腹がもたらした幻聴かもしれない。それでも、俺は語りかけてくるオムラースにスプーンを向けて握った手が止まらない。
 [称号:オムラース精霊の囁きを受けし者 獲得]
「美味い美味い!」
 オムラースに感謝して、俺は最後の一口をパクリと食べる。口の中で噛み締め、しっかり飲み込む。
 オムラース、完食!
「ごちそうさまでした!」
「おう!」
 ものの数分で食べ終えた俺に「お待たせ」とニコルがカウンターから出てくるなり、独特なドス黒い色をした飲み物ジュースをジョッキに入れて運んできた。
「特製ジュースだよ」
「待ってました!」
 俺はジョッキの持ち手を握り、
「ニコル、頂くな」
 ジョッキに入った特製ジュースを豪快に飲む。
 ゴクゴク。
 口の中に味のオンパレードの波が押し寄せる。味が波を打つ毎に変化し、全てが初めて同様の味で同じ味は一切ない。
 喉が渇いていたのもあって、ゴクゴクっと一気に飲み干す。
「ぷはっ!」
 ゴトン。
 俺はジョッキを机に置き、爽やかな気分で、「美味い!」と言った。
「だよね。そう言うと思って、たくさん作ってきたよ。沢山お代わりしてね」
 空になったジョッキを取り下げ、新たなジョッキを机に置く。そのジョッキには特製ジュースが入ってる。
 ゴクリ。
 俺は喉を鳴らし、
「2杯目頂くな」
 特製ジュースをゴクゴクと飲む。
「坊主お前さんがあまりにも美味しく食べるもんだから、オムラースまた作ってるから待ってな」
 ニヒルが額に汗を流しながら、オムラースを手際良く作っていく。
「料理人だけあって、動きが違うな」
 ゴトン。
 俺は2杯目を飲み干す。
「坊主お前さんも修行を積めば、作れるようになるさ。どうだ?うちに嫁ぐ気はあるか?あるなら、ニコルと結婚してみるか?」
「え?」
「はぁ?」
 俺とニコルは同時に声を上げた。
 ニヒル、何言ってんだ?
 俺とニコルは顔を見合わせる。
 ニコルは花の冠を今も乗せてる。
 まるで、天使だ。
 じーっとニコルを見て、ハッとなる。ニヒルの方へ即座に顔を向けた。
「声を出すタイミングも、顔を合わせるタイミングも一緒とはな」
「ちょっと何言ってんの⁉︎パパ!冗談でも言っていいことと悪い事があるんだからね!」
「そう、そうだよな。冗談でも、さすがにそれは言っちゃダメなやつ」
 俺はニヒルに左手を向ける。
「俺は本気で言ったつもりなんだが……坊主お前さんはどうなんだい?ニコルと結婚する気はあるか?まんざらな感じでも、ないだろ?」
 カウンターの先から、ボッと火が吹く。今現在進行形で、ニヒルはオムラースをひっくり返す。
 オムラースは宙を舞い、綺麗に裏返った。
「……いきなり過ぎてコメントのしようがないんだけどさ、言わせてくれ」
 ニコルとニヒルの視線が、俺に向く。
「なんだ?」
「なになに?」
 2人は何も知らない。
 知らないから、しょうがないんだ。
 言わなくちゃいけない。
「俺はこの世界の人間じゃない。まして、俺はずっとこの世界に残るわけじゃない。ニコルと結婚したいか?って聞かれても、俺はニコルをそんなに知らないしな。ニコルとは最初の出会い方から色々あり過ぎて、色々な感情は目まぐるしくあった。ニコルは俺の中では友達の分類に入るし、好きでもない相手と結婚させられる立場のニコルはたまったもんじゃないだろうし、さすがに傷つくよな」
 ニヒルは汗を顔から首に流し、右手で顔を拭う。
「坊主お前さん……元の世界に帰るつもりか?」
 ニヒルは真っ直ぐ俺の左眼を真剣な眼で見る。
 そんな眼で見られたら、ハッキリ言わなくちゃいけないよな。
「今いる仲間と全員で帰る。これは最初っから決めてる事だから覆せない」
 ニヒルは睨み合いとは行かないが、俺との目線を合わせるのに根負けする。
「そうか。帰るのか。てっきり、このままここにいるものとばかり……早合点してしまってた。すまない。坊主お前さん、ニコルの気持ちまで考えてくれるとは良い男だな。本当に結婚させたいくらいだ」
 ニヒル、どんだけだよ。
 そう言ってくれるのは、俺としては嬉しい話なんだけどな。
 俺には待ってる家族や友達がいる。俺以外の仲間も、俺と同じだ。訳の分からない世界から元の世界に戻る為には、俺の力が必要なんだ。ここで足踏みして、足を止めるわけにはいかない。
「おいおい。ニヒル……ニコル、なんとか言ってやってくれよ」
 俺は机に肘を置き、左手を顔に当てる。隣に立つニコルに今思ってる言葉を言ってほしくて、話を振る。
「……そ、そうだね。私はシンドウセンと結婚するの、まんざらでもないよ。どっちかというと結婚しても良いくらい、私はシンドウセンあなたが好きだよ」
 [称号:告白受けし者 獲得]
「……え?」
 今なんて言った?
 好きって言ったのか?
 それって……。
「パパが本気で言ってるのは《嘘発見》で分かってるし、あなたが本気で言ってくれたのも分かってる。でも私はシンドウセンが好き!あなたが城塞都市の人達を助けてくれたあの時から、私はあなたの事が気になってるの。多分これは恋よ。出来れば、これからずっとここにいてほしい。でもそれが叶わない事も分かってる。だから元の世界に帰るまで、私と――」
「ニコル、ごめん。それは出来ない」
 [称号:告白NO返答者 獲得]
 俺は机から肘を離し、ニコルの方向へ椅子を回して体を向ける。
 ニコルは顔を俯かせる。
「なんでなの?好きじゃなくても――」
「それ以上は言っちゃダメだ。好きじゃなくても、なんて絶対に言っちゃダメだ。ニヒルも悲しむし、ニコル本人も傷つく事だからな。そんな事をしても、誰も報われないし、誰も喜ばない」
 [称号:相手想うが故の返答者 獲得]
「……坊主お前さん、本当に心底優しい男だな。ニコルの為を思って言ってくれてるのが、よく伝わってくる。ニコルには悪いが、坊主の気持ちも坊主が言った事全て正論だ」
「……だよね。そうだよね。うん。分かった!ほら、シンドウセンに沢山作ってるんだから特製ジュース飲んで飲んで」
 ニコルは笑った。
 その笑顔が作り笑いってことは、すぐに気付いた。
 ニコルは無理に笑って、俺に特製ジュースが入ったジョッキを山盛り渡し、そのままカウンターの奥に走っていった。
 ニコルはカウンターを通り過ぎると同時に笑った顔は崩れ、泣いてた。
 涙を頬に流してた。
 口に手を当て、必死に走る後ろ姿。
 俺はそれを見ても、手を差し伸べる事も、追いかける事も、どうしようも出来ない。
 ここで何かをしたところで、俺はこの世界からいなくなる存在だ。そんな俺が出来る事は、今よりも悲しませない為に断る事以外しかない。
「……なんでこうなるんだろうな」
「すまん!坊主お前さんには酷な事をさせたな。お詫びと言っちゃなんだが、オムラース4人前作ったからよ。召し上がってくれな」
「ニヒル、ありがとう」
 俺はオムラースをゆっくり噛みしめるように食べ、ニコルの作った特製ジュースを飲みながら、ニヒルに俺が眠ってる間に起きた事を色々と聞いた。

 俺は12日間眠っていたらしい。
 初日、今いる城塞都市に住んでいる人々の中で、獣人を敵と認識してる人は全員出て行った。俺がアンダーグラウンドでの戦いで気絶させていた沙門達も、ラドラ達に拘束されて城塞都市に初日まで居たそうなんだが、全員が出て行く際に共に出て行きたいと名乗り出て、『僧侶様は生きてる』と信じてる沙門全員出て行ったようだ。ラドラ達は殺すべきだと訴えたそうだが、俺が命まで取らずに気絶させていたという関係もあって、最終的に殺さなかったらしい。そもそも殺戮仏を所有していない今の沙門達はラドラ達にとって、ほぼ脅威もなければ、無害に等しいと判断した為かもしれないな。
 俺は初日から眠っていた為、全く知らなかった。遠山が見覚えのない白銀の鎧をその身から解除した後、昏睡状態で眠り、10日間眠っていたこと。遠山達が殺戮仏【混合獣】と戦い、遠山が左腕を失い、体中の血を大量に失っていたこと。そのせいで、昏睡状態から目を覚まさずに日に日に体は衰退して危険な状態であったこと。俺はそれを聞き、右手を強く握りしめた。
 だけと、危険な状態にあった遠山は自分自身との戦いに打ち勝つと同時に目を覚ました。覚醒後、失った血を補うように大量の料理を摂取し、痩せ細ってしまった肉体も、ボロボロに近い精神面も鍛えられ、今では元通りに近い状態になってるらしい。だけど、実際にどうなのか?動けるかどうかは見かける回数が少ないせいもあり、ニヒルには分からないとのこと。
 遠山の次に戸倉さんも遠山よりはマシだが、混合獣に踏み潰されて一時は体の隅々まで凹まされ、骨は修復不可能に近いほどだったそうだ。千葉さんの回復で元通りに戻っても、体力も精神も限界に近く。回復の反動で、5日間眠ってた。その後、目を覚まし、遠山がやばい状況と聞いたらすぐに飛び起きて、一瞬で遠山の元へ走って向かったと聞いた時は俺は心底驚いた。
 仁さんも血を失い、2日間眠ってたそうだが、今ではラドラ達と共に他の都市に奴隷として捕まっている獣人の解放に同行中。
 俺が来た頃の名ばかりだったレジスタンスはもういない。今では自分達の力で、レジスタンスとして本格活動真っ最中とのことだ。
 そんな感じで、俺たちが動けない間にラドラ達は活発にレジスタンスの行動を開始し、数多くの奴隷にさせられた獣人を解放して助け出している。守山や天音も同行してるらしく、今この城塞都市にいる俺の仲間は遠山、千葉さん、戸倉さん、夏奈華ちゃんだけみたいだ。
 守山さんと天音はただ黙ってここで待ってるより一緒に行くと自分から名乗り出て、ラドラ達と同行してるそうで、敵である人間に攻撃を加えさせないために同行したのかもしれないな。そう俺は聞いて思った。
 12日間で、城塞都市には奴隷解放された獣人が多く住まい、今では獣人の数が人よりも多い。それを聞き、俺はラドラ達がかなり頑張ってるんだろうなって思ったし、俺も力になりたい。そう思い、俺はニヒルから12日間の出来事を聞いて酒場を後にした。
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